表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

10/78

5.病室(2)

ぶんっ

バッグの中から、着信を知らせる振動がした。


座った膝の上に乗せていたから、すぐに気づいた。

ここは個室だ。他の患者に気兼ねする必要はない。取り出して、応答する。


「はい?」

「ああ、加羅からさんでいらっしゃいますか。西センターの警備室です」


それを聞いて、ちょっと眉を曇らせた。

いまさら、何の用なのか。


それでも、反射的にこう述べる。

「はい、加羅でございます。そのせつは、大変お世話になりました」


恐らく、あの時の警備員だろう。

声に聞き覚えがあった。


「実は、娘さんの落とし物なんじゃないかって。この前、休日診療所から届けられましてね。こちらで預かっておりまして。ご連絡が遅くなって申し訳ありません」


落とし物?

全く心当たりがない。


「なんでしょうか?」

いぶかしげな声を出す。


「なんというか……、その、高そうなお面なんですよ。外国の物っぽい。白と青の顔をした」


はあ?

なに、それ?

と思っても、ストレートに口に出したりはしない。よりマイルドな否定を、上品に述べる。


「はあ……、そうですか。それはわざわざ、どうも有難う存じます。ですが、うちにはそういった物はありませんので、違うかと」


「えっ、そうですか? 休日診療所の待合室に、転がっていたそうなんですよ。担当医の先生が、加羅先生のとこのお嬢さんのだろうって」


もちろん、そこでぶっ倒れていたことを知っているわけだ。

思った以上に、噂にのぼっている。

ここでも思い知らされて、げんなりした。


「娘さんに見てもらいますか? センターがやってるときに、カウンターに寄ってもらえれば」


この警備員は、人の話をちゃんと聞いていない。

母親が、明確に否定しているというのに。

届けてきた医者の、「これは加羅先生のお嬢さんの物だ」という推測の方を、すっぽり信じ込んでしまっている。


かーっと、熱くなった言葉が、奔流となって口から飛び出そうになった。


「娘さん」は、今、気軽に西センターに寄ったりできないのよ!

あれから寝たっきりなの!

簡単に言わないで!


だが、一呼吸置いて、抑えた。

ここで感情をぶちまけるべきではない。

マイナスになることが、多すぎる。


「でも、娘もしばらくそちらに行く用事はありませんし」

せめて、この言葉の節々に込めた嫌味を酌んでほしい。

ありがた迷惑でございます。


だが、思い込むタイプの人間に、通じるわけはなかった。

通じないどころか、いきなり、弾んだ声が流れてきた。


「ああ! 分かった、こりゃピエロなんだな。ピエロのお面だ」

誰もそんなこと聞いていない。


お面を試す眺めつしていたのだろう。

こっちの言っている言葉は、右耳から左耳に抜けているのだ。


しかたがない。ここは、同じことを繰り返すしかなさそうだ。


「そうですか。やはり、娘の物ではありませんので」

「え?! じゃあ、どうしますか?」


そんな意外そうに言われても。

思わず失笑した。それは、そっちで決めることだ。

もう、相手にしている必要はない。


「わざわざ、ご連絡ありがとうございました。ごめん下さいませ」

丁重に、だが一方的に、通話を終わらせた。

とんだ時間の無駄だ。


まあ、やることも、そんなにないのだけれど。


そろそろ帰って、夕飯の支度をしよう。

最近は、夫も真っすぐ帰ってくる。

娘がいなくても、つい普段通りのボリュームで料理してしまうから、ちょうどいい。


「また来るわね、みかげ」

眠る娘に声をかけて、椅子から立ち上がった。


返事はない。それでも、毎回、話しかけずにはいられないのだ。


みかげ、お母さんよ。

また来るわね、みかげ。


早く、目を覚まして。

読んで頂いて、有難うございます。

感想を頂けたら嬉しいです。

ブックマーク・評価などして頂けたら本当に嬉しいです。とっても励みになりますので、ぜひよろしくお願いします。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ