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海月のベール

 美作さん達を置いて、次に俺達がやって来たのはクラゲのコーナーだ。クラゲって「海月」って書くんだな。小学生で習う漢字なのにこれでクラゲと読むなんて知らなかった。みんな知ってた?


 ここのコーナーはひと際薄暗く、それぞれの水槽にはライトアップがされている。何処からともなくBGMまで流れてきた。ヒーリング系の、海をイメージした様な深い音だ。先程までのファミリー向けの明るい水族館はすっかり鳴りを潜め、今はグッと大人っぽい雰囲気を醸し出している。


「前田さん、どうしたんですか? そんなに急いで……」


 俺にグイグイ押されてここまでやって来た乙成は、少し怪訝そうな表情を浮かべながら俺に聞いてきた。


「いや、ちょっと美作さんから逃げ出したくって……」


「ふふ、光太郎さん変わってますもんね? でも光太郎さん、今日はなんだか凄く楽しそうでしたよ? きっと前田さんが一緒で嬉しいんですよ!」


 クラゲコーナーの入口で、俺達は立ち止まって顔を見合わせ笑った。束の間の二人っきりだ。嬉しい様な、気恥ずかしい様なでソワソワする。


「俺は……ちょっと嫌だったけどさ。でもようやく二人になれたから」


「え……そうですね。ここからは二人で、楽しみましょう!!」


 少し間を置いて、乙成がいつもの笑顔で言った。いつものニコニコ顔だ。俺は、いつもの調子が戻って来たようで心底嬉しかった。


 

 

「ミズクラゲだって」


 入ってすぐの大きな水槽。その中には丸いカサを持つミズクラゲという海月がたくさん漂っていた。カサの真ん中に花の様な模様があって可愛らしい。深い海の様な濃い青のライトアップに照らされたミズクラゲは、見ているだけで幻想的だ。


「なんか、ずっと見ていられますね」


 水の中をたゆたう海月達。半透明のからだはとても繊細で、すぐに壊れてしまいそう。


 隣に目を向けると、乙成の大きな瞳に水槽の明かりが反射してキラキラしている。昼間なのに夜をイメージした館内は、俺の想像の中で何度も思い描いていた、幻想的でロマンチックな初デートの姿と重なった。


「ああ、そうだな」


 気が付いたら、俺達の周りはカップルだらけになっていた。子供もそれなりにいるが、この幻想的な雰囲気に足を止めるのは圧倒的にデート中のカップルが多い。


 俺達も、傍から見ればカップルに見えるのだろうか。


 今更と言えば今更だけど、そんな事を急に考えてしまった。これまで何度も一緒に出かけて来たし、職場でも常に一緒にいる。それなりに楽しいと思っていたし、現状に不満なんてなかった。


 でも今は


 乙成への気持ちを意識した今は、それだけじゃ物足りないなんて思ってる。おふざけ無しで、この子ともっと一緒にいたいなんて欲も出てくる。


 出来ればもう少し


 もう少しだけ前に進みたい……なんて、わがままなのだろうか?


 ほんの少しでいいから、欲張ってみたい。


  


 指先に触れるか触れないかの距離に乙成の手があった。俺は、ほんの少しだけ勇気を出して、その小さくて柔らかい手に触れた。


 驚いた様にピクリと強ばる指先。しかしすぐに力が抜けて俺の手を受け入れる。そして俺達は、互いの指をしっかりと絡めて手を繋いだ。


 繋いだ手のひらにはぬくもりとはまた別の熱がこもる。二人して言葉を発さずに目だけで笑い合うと、また目の前の水槽をたゆたう海月の織りなすベールを眺めていた。



「やっぱり、来てよかったな」



 心で呟いたつもりが声に出していた事に気が付いてハッとしたが、今はただ左手に伝わるぬくもりと、じんわりと熱くなる頬の熱に、一抹のむず痒さを感じていた。



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