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女子会

「こんな気持ち初めてなのよ。正直、年甲斐もなくって思われるかもしれないけれど。綺麗だなんて、百万回は言われてる筈なのにね……でもあいつに、滝口に言われた言葉は、そんな過去の言葉達を軽く凌駕する程の威力だったわ」


「朝霧さん……! 滝口さんの事、本当に好きなんですね……! 素敵です!」


 遠い目をしながら、グラスを片手に頬杖をつく朝霧さん。その横で目を輝かせて感動する乙成。百万回の下りは敢えてスルーさせてもらうが、ちょっと良い女風に振る舞う癖は、この人の元からの素質なのか、はたまたこのお洒落なバルのせいなのか。とにかく俺は、この完全に雰囲気に酔っている人達を、半ば呆れ気味に眺めていた。


「前田、あんたを今日ここに呼んだのは、この事を話し合う為だったのよ」


「この事とは?」


「決まってるじゃない、滝口と私の仲を取り持ってもらう為よ」


 朝霧さんはいきなり俺の隣にやって来たかと思えば、リンを追い払ってグッと距離を詰めて来た。女性に近づかれても何一つドキッともしなかったのは、多分今、身震いする程の恐怖を感じているからだろう。


「と、取り持つ……?」


 俺の反応に、朝霧さんの口元が妖しく歪む。これはもしかしなくても俺が二人の間に巻き込まれるという事を意味している。


「いやぁ……でもお二人とも、もう大人ですよね……? そんな俺が仲を取り持つなんてしなくても……」


「前田、あんた私に言ったわよね? 滝口の言葉は本心だったろうって。今更この件から手を引こうだなんて言わせないわよ? あんた滝口と仲良いんだし、協力しなさい。いい? これは命令よ」


 息がかかる程の距離で、朝霧さんに詰められる。隅っこに追いやられた俺には逃げ場がない。向かいの席では、乙成とリンが仲良くお喋りしている。しかし、今はそんな事を気にする余裕もない程、朝霧さんの気迫に圧倒されてしまった。


 こ、これがアラサーの本気という事なのか……滝口さんを手に入れる為に、先ずは外堀を埋めようという魂胆だな……。流石としか言い様がないが、ここまで来るとマジで怖い。今すぐ滝口さんに逃げてと連絡してあげたいくらいだが、それをやったら俺の命が危ない。

 滝口さんには犠牲になってもらう事にはなるが、俺はまだ命が惜しいので朝霧さんの言う事に従う他なかった。


「わ、分かりました……でも一体何をしたら?」


 朝霧さんは俺の言葉を聞いて、いつの間にか持っていた鋭利な金属製の串をそっとテーブルに戻した。グリルされた肉と野菜に使われていたやつだ。

 俺の返事次第では、本当に葬るつもりでいた様だ。こんなお洒落なバルが、惨劇の舞台にならなくて本当に良かった。


「前田、よく言ってくれたわ。あんたなら協力してくれると思ってた。時間はゆっくりあるわ、今から作戦を練りましょう」


「はい……」


 それから三十分。目の前の美味しい料理達に舌鼓を打ちながら、俺は朝霧さんの計画を延々と聞かされていた。


 とりあえず決まった事で言うと、先ずは滝口さんの捕獲と、俺が幹事となって飲み会を開催する事。そこでいいタイミングで二人っきりにさせて、その時に告白をするのだと言う。あくまでスマートに、自然な流れで捌けろとの事だ。


 正直、そんな事はどうだって良かった。朝霧さんが延々と話をするのを聞きながら、俺の目線はテーブルを挟んだ向かい側に注がれていた。


 乙成とリン。最初こそ二人も朝霧さんの話を聞いていたが、いつの間にかそっちはそっちで話をしだしてしまった。会話はごく普通の世間話。ゲームの事や、リンが買った服の話、最近のメイク事情に大学の友達の事。その全てを、うんうんと相づちを打ちながら聞く乙成。そして乙成の手をさり気なくずっと触っているリン。その手つきが妙になまめかしく感じるのは、俺の気の所為だと信じたい。


「ちょっと前田、聞いてるの?」


「聞いてる聞いてる……って、すみません! なんでしょう?」


「もぉ! ちゃんと聞いててよね! あんたに話してるんだから!」


 俺の態度にへそを曲げる朝霧さん。俺はヘラヘラしながら謝りつつ、横目では、乙成の小さな手を覆うリンの手を見つめていた。


 ******


「すみません朝霧さん、奢ってもらっちゃって……」


 なんと今回の費用は全て朝霧さんが持ってくれた。結構飲み食いしたのにだ。


「いいのよ、これでも一応、あんた達の上司だもんね? それよりあんた」


「え? え、なんすか?」

 

 店を出て歩いている所で、朝霧さんに勢いよく腕を引っ張られる。耳元まで顔を近づけると、小声で俺に耳打ちした。


()()()どうにかした方がいいわよ」


「あ、あの子?」


「リンちゃんよ……! あの子、乙成に気がある。あんたも男なら、取られない様に気をつけなさい」


 それだけ言うと、朝霧さんは数歩先を歩く乙成達に駆け寄って行った。


 残された俺は、腹の内に秘めていた不安の種が、また芽吹いてしまったのを静かに感じていた。

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