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あの夜の事

 いつになく深刻な表情。何となく察しはついていたが、最近あまり出社していなかったのは、滝口さんが原因だったのか。


「どうって言われましても……あの人はちゃらんぽらんでどうしようもないってイメージしかないですが……」


「そうよね、私もそのイメージでいたわ。でも最近、あの男が何なのか分からないのよ。クリスマスマーケットの後から、あの男変なのよ」


 あぁ、そういえばそんな事あったなぁ。


 去年のクリスマスマーケット。朝霧さんに弄ばれたと思った滝口さんが、絶対に惚れさせてみせる!! みたいな事を言い出したんだっけ。正直、それ以降あんまりにもくだらなかったんで忘れていた。


「変ってどういう風に?」


「全部よ。仕事中もこっち見てくるし、お昼も一緒に行こうとか言い出すし、一番の問題はあの目。ただ懐かれただけじゃない、あれは完全に私をメスとして見てるわ」


「言い方……!」


 知らない間にそんな事になっていたとは……朝霧さんの様子を見るに、滝口さんの対応にほとほと困っている様だ。これが彼女を貶める罠だと分かったら、どうなってしまうのだろうか……俺は恐ろしくてとてもそんな事は言えない。


「なんでこんな事になっちゃったの……? 全くもって理解不能だわ」


「あ、でも前になんかあったっぽい感じじゃなかったですか? ほら、乙成の誕生日に」


 そう、こんな事になるきっかけは乙成の誕生日会の頃まで遡る。あの日めちゃくちゃ酔っ払って帰れなくなった朝霧さんは、滝口さんの家に泊まったんだ。詳しくは聞いていないが、その時に何かあったのだろう。


「……あんた、どこまで滝口に聞いてるの?」


 突然の鋭い視線に、俺はたじろいた。俺を見る朝霧さんの視線が怖い。机に両肘をついて、両手を顔の前で組んでいる。どっかの最高司令官みたいな姿勢を取りながら、横目で俺を睨みつける。余程触れられたくない事があるという事か?


「俺は別に……ただ朝霧さんが酔っ払って、滝口さんの部屋に泊めたというくらいまでしか……」


 ふぅっと、朝霧さんはホッとしたのか表情が少し和らぐ。この感じを見るに、やっぱり何かあったのだ。あの夜に。でも何が?


「何があったんですか? 滝口さんと」


 俺は朝霧さんに何があったのか尋ねた。もったいぶってないで早く言え。そんな事は死んでも言えないので、なるべく彼女を刺激しない様に、あくまで心配で聞いているんですよ的な姿勢で聞いてみた。


「あんたになら、話してもいいかもね。でも、いい事? これは誰にも言わないでよ? 乙成ちゃんにも、滝口本人にも」


 俺は無言でコクンと頷いた。俺の反応を待って、朝霧さんはポツポツとあの日の出来事を語りだした。


「あの日、乙成ちゃんの誕生日に、私は凄く酔っ払ってしまったわ。多分疲れていたのね、その頃はちょこちょこ残業も多かったし。とにかく、あの日滝口が持って来た缶チューハイでベロベロになってしまったの」


「あの……その辺りは俺も知ってる話なので、もうちょっと先の話からお願いしてもいいですか?」


 俺の言葉に一瞬、キッと睨みつけてきた朝霧さんだったが、軽い咳払いをして姿勢を正すと話を続けた。


「正直、滝口の家までの道のりは覚えて無いわ。タクシーに乗ったまでは覚えているけど、道中何があったのかは全然。ただ、タクシーのおじさんがめちゃくちゃ迷惑そうな顔をしてた事は覚えてる。おじさんの舌打ちに私がキレて文句を言った所で、滝口に止められた記憶があるわ」


「輩じゃないですか……何やってんすか……」


「それくらい無礼なおじさんだったのよ! あの時程、世の中のおじさんは皆消し炭になってしまえばいいと思った事は無いわ」


「一人のせいで、世の中の全てのおじさんを消さないでください」


 まだ核心的な出来事はない。というかここまでは、だいたいいつも通りだ。いつになったら()()()の出来事が始まるんだ……?


「そんなこんなでなんとか滝口の家に入る事が出来たの。意外と小綺麗にしている部屋だったわ。でもその時私は、手前で吐いたりタクシーのおじさんに絡んだりしていたから、だいぶ荒んだ状態だったのよね。とりあえず服を着替えたいって言って、服を脱いだの」


「えっ滝口さんがいるのにですか?」


「勘違いしないでよね、別に変な気を起こしてそんな行動を取った訳じゃないのよ! とにかく楽な恰好になりたかったし、正直滝口の事なんて、眼中になかったのよ、その時は」


 朝霧さんの顔がほんのり赤い。しきりに口元を隠す様に話している所を見るに、恥ずかしさを誤魔化しているのかもしれない。


「でも……それは間違っていた。だってあの時、あいつね……」


 ゴクリ……


「私の事、綺麗だって言ったのよ」



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