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金属バットのリンちゃん


「誰って何よ? あんたの弟のリンじゃないの!」

 

 母さんが俺の肩をバシバシ叩きながら言った。俺は振り向いた状態のまましばらく動けず固まっている。


「いや、マジで誰……? だってリンは……」


 そう。リンはバチクソヤンキーだったんだ。金髪なのは一緒だけど、いつも前髪をオールバックにして、母さんのコーム型の黒いカチューシャで前髪を固定していた。眉毛なんかもなかったし、手にはいつもボコボコの金属バットを持って徘徊している様な奴だった。その姿を、人は「金属バットのリンちゃん」と呼び、子供は恐怖で蜘蛛の子を散らす勢いで逃げて行った。


 それがなんで……


「なんで女の恰好してんの?」


 今俺の目の前にいるのは、金具がたくさん付いたオーバーサイズのパーカーに、短いスカート。太ももにはベルトみたいなのまで巻いてるし、パーカーの中に着ている黒い服に至っては短過ぎてヘソが出ている始末だ。


「これ? 兄貴こういうの好き? 可愛いよねっ」


 ブワッ


 全身から変な汗が出た。声まで変わってしまっている。前は名前を呼んだら「あぁ?!」ってドスの効いた声で返事してきたのに。


「こらっ! リンちゃん、兄貴じゃなくてお兄ちゃん、でしょ?」


「あ、そっかぁ! ごめんママ!」


「ママァ?!?!」


 リンがママだとぉ?! 俺の知ってるリンは「おふくろ」と呼んでいた筈だが?! おふくろって呼び方もなんか寒いからやめた方がいいとは思っていたが、ママときたか……


「廉太郎。驚く気持ちは分かるが、そういう事だ。さぁ、寒いから車に乗ろう」


「いや親父! そういう事って何?! あ! 待ってよ!」


 俺は全然状況が読み込めないまま、親父の運転する車に乗り込んだ。両親二人とも、驚くどころかリンを歓迎している節まである。どうなっているんだ?


「あのぉ、ちゃんと説明してくれません?」


 後部座席で縮こまりながら、俺はみんなに尋ねた。俺の買ってきた東京ばな奈を早速開封しながら、母さんとリンはキャッキャしている。


「説明って言ってもねぇ、お父さん?」


「うん。お前はリンに会うのが三年ぶりか。約三年前、父さん達はリンを県外の全寮制の男子校に転校させた。そこまでは知っているな?」


「う、うん。それは知ってる」


 当時、リンの暴力行為に手を焼いた親父達は、県外にある、半矯正施設とも言うべき全寮制の男子校にリンを転校させた。そこに入った事で、リンの暴力行為はだいぶ落ち着いたとは聞いていたが……


「その学校に転校してから半年……冬休みに帰ってきたリンは女の子になって父さん達の元へ帰ってきたんだ」


「いや半年間で一体何があったんだよ?! 大丈夫その学校?!」


 なんて事だ……たった半年間で……男子校で一体何があったんだよリン……


「正確には男の娘だよっ☆」


 リンが俺の方を見ながら、笑顔でピースをしてきた。無駄に可愛い顔なのが腹立つ。


「お母さんね、昔から女の子が欲しかったの! だからリンちゃんが女の子になって帰ってきてくれたのが嬉しいっ」


「まぁ確かに……母さんリンが小さい頃に女の子の服ばっかり着せてたもんな……」


 そのせいで、リンはカッコ良さを求めてヤンキーになってしまったとばかり思っていたが……


「廉太郎、あのままリンが大人になっていたら、暴力団の幹部となって、取るか取られるかの跡目争いに巻き込まれたり、そうまでならんでも特殊詐欺グループのヘッドになって、大勢の受け子を従えていたんだぞ。父さん達は、あの学校に入れて良かったと思っている」


「なんでちょっと裏社会で出世してる前提で話してるんだよ」


「父さんは、やるからには一番になって欲しいと常に思っている」


 いつになくキリッとした顔で親父は言った。てかむしろそれなら裏社会ルートでも良かったんじゃねぇか。


「親父って、声カッコいいのに変な人だよね」


「それにな、廉太郎……」


 親父は両手でハンドルを握りながら、真剣な眼差しでバックミラー越しに俺の顔を見た。な、何を言い出すんだ今度は……




「リンちゃんは可愛いんだから、もうそれで良いだろう」


 

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