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ゾンビの欲しいもの


「前田さん! ちょっとお時間よろしいですか?!」


 帰宅途中の俺の目の前には、本日有給休暇を取得して一日蟹麿祭りを開催している筈の乙成がいた。乙成の鬼気迫る覇気の力で、周りの人が無意識に避けて歩く。腹を括った様な乙成の気迫に、俺もついかしこまってしまった。


「ちょっと行った所に公園がある。そこで話そう」


 俺達は会社の近くにある小さい公園にやって来た。遊具も滑り台と小さなブランコがあるだけの、本当に小さな公園だ。11月のじんわりと近づく寒さが堪えるのか、幸いにも夕方だというのに遊んでいる子供はおろか、大人の姿も無い。俺達は滑り台の近くにあるベンチに並んで腰掛けた。


「…………」


「…………」


 さっきまでの勢いは何処へ行ったのやら、乙成はベンチに座るなり黙りこくってしまった。何かあるからわざわざ休みの日にこうやって会社まで来たのだろうに……かく言う俺も、座らせたはいいが次の言葉が見つからない。依然乙成は、両手を膝の上でギュッと握りしめたまま足元を見ている。


「あの、さ……乙成、昨日の事だけど……」


「最悪です」


「え?」


 足元を見つめたまま、乙成は言った。微かに震える声を抑えて、毅然とした態度を作っている様に見えた。風はないけど冷えた空気が俺の頬をかすめて鼻先を冷たくさせると、俺は次に続く乙成の言葉を待っていた。


「今日はまろ様の誕生日……この日の為に色々準備して、本気で楽しもうって思ったんです。なのに全然楽しくなくて……それで私、思ったんです。あぁ、またやっちゃったんだなって」

 

「え? やっちゃったってどういう事?」


 要領を得ない乙成の発言に、思わず聞き返す。するといきなり立ち上がった乙成は、俺の方を向き直って深々と頭を下げた。


「ごめんなさい!!!」


 突然の事で言葉が出なかった。俺はてっきり乙成を怒らせてしまったとばかり思っていた。なのに、なんで今、こんなにも絞り出す様な声で謝っているんだ?


「私、前田さんの気持ちも知らないで勝手に自分の都合に巻き込んじゃって……嫌でしたよね? 私なんかの為に、毎日毎日声を聞かせないといけないなんて」


「あ……いや……」


「私って本当に昔からダメで……」


 頭を下げたまま話す乙成の声が震えている。顔は髪の毛で見えないけれど、地面に大粒の涙がポタポタを落ちるのが見えた。訂正しようにも話す機会を与えてもらえず、乙成の声はどんどん震えて涙声になっていく。


「昔からそうなんです……人との距離が分からなくて、仲良くなれたと思っていたのは……ひっく、自分だけだった……って……だから……学校でも……どこでも人と仲良くなれなくて……みんな……離れて行っちゃって……」


「乙成……」


 いつしか乙成は地面にへたり込んでしまっていた。顔をくしゃくしゃにしながら、玉の様な大粒の涙を流して……


「一人でもいいやって思えていたんです……顔を合わせなくても、ネットには知り合いもいるから……でも……こうやって……ひっく、前田さん達と……一緒におしゃべりして……うぅ、笑っ……たりして……それ……が、楽しく……て」


「いや……乙成! だから……」


 俺の声は泣きじゃくる乙成の声に掻き消されて聞こえていない。


「前田さんとも……友達に……なれ……たと……思ってて……」


「ひっく……やっぱり……」


 乙成のしゃくり上げる声が一層強くなる。そして、一呼吸おいて乙成が口にしたのは、


「やっぱり……私、居なくなっちゃえばよかった」

 


 


 

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