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イメージ商売って大変よな

「すみません、みっともない姿をお見せして……。改めまして声優の水瀬カイトです」


 少し落ち着いた所で、水瀬さんは俺達に平謝りしながら自己紹介をしてくれた。びっくりする程腰が低い人だ。本当に本人なのかと疑ってしまいそうになるが、漫画のイケメンキャラしか許されない様な明るくて長めの毛足の髪型にツルッツルのお肌、幼さも少し残る顔立ちは、世の女性達の憧れの存在……こんな男が、世界に何人もいちゃいけないのだ。


 そしてなりよりの証拠は「声」である。話し方に違いはあれど、自分でも気味の悪い程に俺の声とそっくりだ。これは本人で間違いないだろう。


「まっさか本当に会えるなんてね! でも、テレビで見るイメージと全然違うよね?? カイトくんって、そんな気弱そうな感じじゃなかったよね?」


「おいリン! 失礼だろ?」


「あ、いいんですいいんです! 所謂事務所の方針というやつで……世間では聖人とかキラキラ完璧人間とかって言われているみたいですけど、普段の僕は全然そんな感じじゃなくって……服や髪型もイメージを損なわない様に明るい雰囲気の物を選んでいるんですけど、本当はシンプルで地味な色の方が好みなんです……」


 指先をモジモジしながらポツリポツリと言葉を発する水瀬さん。俺はそこまで声優水瀬カイトに詳しい方ではないが、そんな俺でも違和感を覚えるくらいには、大分イメージとかけ離れている。

 

「ふーん……でもなんか意外! 芸能人って、みんな普段からキラキラしてるのかと思ってたのに!」


 リンがまたしても失礼な発言を水瀬さんにぶつける。確かにそうだけどさ……俺も今だに水瀬さんのこの感じに馴れないよ。だってさ、以前乙成に見せてもらった配信ではAMSRとかやってたんたぜこの人。その時のシチュエーションは、たしか眠りにおちる前の彼氏との会話……だったかな? ちゃんと枕を抱きながら、布の擦れる音までバッチリ入ったマイクで甘々なセリフを呟いていたんだぜ? 今のこの人にはそんな甘々な雰囲気は一切ない。そんなセリフを言おうもんなら、恥ずかしくて鼻血を出しちゃいそうな感じだ。

 

「そんな人もいるとは思いますけど少なくとも僕は違いますね……元々はもっさり眼鏡の大学生でしたし……その過去も尾ひれがついて、少女漫画のヒーローの様に、素性を隠す為にわざとカッコ悪い人物と偽っていた……みたいな話になってますしね……本当は今だに童貞なのに……」


「ふんふんなるほど……ってえぇ?! どどど童貞?!」


「? そうですよ? そんな! 女の人といかがわしい行為をするなんて、恥ずかしくてとても出来ません!!」


 なんてこった……水瀬さんって童貞なの? こんなイケメンなのに……? 乙成が前に言っていた声優界の良心というのは、あながち間違いではないのかもしれない。希少種じゃん。


 何故だか分からないが、俺は水瀬さんに妙な親近感を感じてしまった。顔や身長こそ似ても似つかないが、俺とそっくりな声に童貞ときたら、嫌でも親近感を覚えてしまう。もう一人の俺なんじゃない?


「なんか普通」


「へ? リン何を言い出すんだ?」


 突如としてリンが退屈そうな表情を浮かべて毒づいてきた。両手を腰にあて、やれやれといった感じで首を左右に振っている。


「だってさ、あれだけラスボス感を出しておいてこれだよ? 女性が苦手な童貞男! こちとら、ここに来るまでに散々変人ばっか見てきてんの! 今更普通の人出されてもなんも面白くないって!!」


 そう言って憤慨するリン。急に何を言い出すのかと思えば、とんだメタ発言である。いや、確かに弱いって思ったよ? 思ったけどしょうがないじゃん。むしろこれが普通なのよ? 今までが変なんだって!


「あの……なんか期待外れだったみたいですみません……」


「水瀬さん良いんですって! リンが失礼な事を言ってるだけで気にしないでください!! ほら、リンも謝って!」


「えー、だって……」


 ブツクサ言うリンにお兄ちゃんの必殺技「ひと睨み」を効かせると、リンは納得がいかないながらもおずおずと水瀬さんの前にやって来た。そうそう、これよ。わがままな末っ子をちゃんと正しい道に戻してあげる……これが出来る兄というやつよね。


「ご、ごめんなさい……初対面で失礼な事言って……」


「そんな! 良いんですよ、僕の方こそ騒いだりしてごめんなさい。てっきり過激な女性ファンだと思ったので……」


 言いにくそうに言葉を発するリンに向かって、水瀬さんは朗らかな笑顔を向ける。男子トイレ内に張り詰めていた空気は一転して和やかなものへと姿を変えた。


「そんなに女の子が苦手なの?」


「まぁ……全員ではないけれど過激な人もいますので……リンさんが男の人って聞いて安心しました。多分女の人だったら、緊張して話せないと思うので……」


「緊張って?」


「はい。こんなに可愛い子と話せるなんて、夢みたいなので」


 ?! か、可愛い……?! 水瀬さん、今確かにそう言ったよな?! リンの事可愛い?!


「な、ななな何言っちゃってんの?! 可愛いとか……!」


 明らかに動揺した様子のリン。可愛いだなんて言われ慣れている筈なのに、水瀬さんの言葉に真っ赤になっている。


「前田さーん? トイレにいるんですかぁー? 朝霧さんが呼んでますよぉー!」


「乙成の声だ。しまった! 朝霧さんが段取りを説明するとか言ってたんだっけ、行かないと……」


「あ、じゃあ僕ももう出ます。マネージャーが待ってると思いますので」


 俺の言葉に水瀬さんも続く。俺は、今だ顔を赤く染めたリンの肩をポンと叩いた。


「おい、どうしたんだよ? 顔真っ赤だけど?」


「! ふ、ふん! 別に照れてなんかないから! ちょっと兄貴の声に似てたから、なんか嬉しかったとかじゃないから!!!」


 そう言ってトイレから勢いよく出て行くリン。その姿を笑顔で見ている水瀬さん。俺の声が〜とかなんとか言ってたけど、不意打ちで可愛いなんて言われて恥ずかしくなったんじゃないの?!



 これは……何かが始まる予感? いや、それよりも外には乙成がいる。このまま水瀬さんと鉢合わせしちゃって大丈夫なんだろうか……???

 


 



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