なんか打ち切りみたいな締め方しちゃったけど、まだ終わってないよ
「ここが会場かぁ〜〜〜〜〜〜! やっぱり芸能人が出るイベントだけあって、会場も大っきいね! ね、兄貴!」
九月初旬。まだまだ暑いこの時期に、ついにやって来たイベント当日。見事関係者チケットを手に入れる事が出来てご満悦のリンは、相変わらずのミニスカートへそ出しルックで興奮しながら飛び跳ねている。
「リンあんまり飛び跳ねるなよ? なんか色々と出てる」
「マジで?! 兄貴ったらもう! 見ないでよ!」
テンション高めのリンは俺の注意も聞かずに楽しそうだ。まぁ、楽しいのなら良いんだけどね? でも色々と見えてるのは単純に俺が見たくないから少し抑えて欲しいものだ。
「てかさ兄貴、今日いよいよ水瀬カイトに会うんだよ? ちゃんと対策した?」
「……え? 対策って?」
「もう! 前に話した事忘れたの? 水瀬カイトはあいりんの憧れの人! 超絶イケメンで、あの蟹麿の中の人だよ?!」
リンに詰め寄られて、なんか以前話した記憶がおぼろげだけど蘇ってきた。確かあれは、リンに好感度の上げ方を聞きに行った時の話だ。結局大して役に立たないアドバイスだけ聞いてその日は終わったんだけど、もしイベント当日に本物の水瀬カイトに遭遇したら、乙成はどうにかなってしまうのではないか、そしてそれをなんとしてでも阻止しなければ――確かそんな話になっていた筈だ。
正直、乙成が水瀬カイトに会ったくらいでそんな事になったりなんかしないと思うけど、リンはやたらにそこを気にしている。
「安心してね? いざとなったら、俺が水瀬カイトの注意を逸らすから!」
「お、おう……頼んだよ」
両手をギュッと掴まれ真剣な眼差しを向けられるとたじろいでしまう。パッと見は女の子にしか見えないからな。前は金髪でちょっと近寄りがたい雰囲気を出していたリンだったが、最近は暗髪ボブスタイルだ。へそは出てるけど傍目からみたらだいぶ可愛い子に見える筈だ。兄弟とは言え、なんとなく人目を気にしてしまう。
「あ! リンちゃん! もう着いてたんだね?」
「あいり〜ん! 久しぶりっっ!」
会うなり熱い抱擁を交わすリンと乙成。中身は完全に男だからちょっと複雑ではある。俺とベタつく時は女の子に向ける遠慮の様なものが生まれ、乙成との時は複雑な気持ちになる。色んな矛盾をはらむ存在、それがリンなのだ。
「そのスタッフ用のTシャツいいなあ! それがあれば裏側とか全部見れるんだよね?!」
リンが指差したのは、俺や乙成が着ているTシャツだ。今日のイベントスタッフは全員着用している。一応、他の派遣スタッフと区別する為に、俺や乙成ら社員は腕章を付けている。本来なら俺達は現場に出る必要もないんだけど、今回の様な大きなイベントだとアルバイトの派遣スタッフの人数も多く、休憩の管理やらサボってる人がいないか目を光らせていないといけないのだ。
「欲しがったってあげないからな?」
リンの悪い癖。すーぐ人の物を欲しがるんだから! 今回のこれは渡したくても渡せない。なんせ仕事なんだからな!
「いいよお~兄貴が貸してくれなくても! ちょっと俺、トイレのついでに色々見てくる!」
そう言って走り去っていくリン。全く慌ただしい事この上ないが、何か嫌な予感がする……気のせいだといいが……。
「前田さんっ! いよいよですね! 私、こんな大きなイベントのスタッフやるなんて初めてなのでもうドッキドキで!」
リンが走り去った後、こちらも興奮状態の乙成がニッコニコの笑顔で言ってきた。確かに俺達は今回初めてだ。以前町の小さなイベントで手伝いはした事があるが、その時はこんな管理業務はしなかった。今回は派遣スタッフがいるんだ、俺達がちゃんとしないとだな……。
「前田、北見部長どこいったか知ってる? さっきから朝霧さんと探してるんだけどさ、全然見つかんねえの!」
俺達がワキャワキャやっている所に滝口さんがやって来た。随分探し回ったのか既に汗だくである。持っているバインダーで自身をあおぎながら、辺りをキョロキョロしている。
「部長ですか? 見てないっすけど……」
「マジであのおっさんどこ行ったんだよ?! あのハゲ手伝うとか言ってまたサボってるな?!」
暑くてイライラするのか、それとも仕事が予定通りいかなくて焦っているのか。後者だった場合はかなり珍しいな、滝口さんが仕事の事でこんなに必死になるなんて。
「私達も部長を見つけたらすぐに持ち場に戻る様に言いますね!」
「頼むよ。朝霧さんがめちゃくちゃ張り切ってんの。部長がちゃんと仕事してくれないと、オレに当たりがくるんだよ! それだけはマジで面倒くさいから阻止しないと……知ってるか? 朝霧さん、仕事で嫌な事があると私生活にモロに出んの。次の週末を無事に過ごせるかどうか、今日にかかってんだよ!」
なるほど。滝口さんは朝霧さんを恐れるあまり、あんなに必死になって部長を探してるのか。そうだよな、滝口さんなんかが仕事を真面目にやるわけがない。もしかしたら改心したのかな? なんて考えた俺がバカだったわ。
「それは大変! なんとしてでも部長を見つけてみせます! 前田さん! 頑張りましょう!!」
「あ、あぁそうだな! って言っても滝口さん達がそんなに探したのにいないって事は、そもそも来てないんじゃ……」
「あ! あそこ!!!」
「ん?」
乙成の指差す先、順路用のフェンスの設営をしている派遣の女の子に混ざっていたのは、この暑さでさらに磨きのかかったツルッツルのハゲ頭の姿だった。