結婚式
「「おめでとう〜〜〜!」」
これがフラワーシャワーというやつか。綺麗で清潔なチャペルに響き渡る祝福の声と黄色と白の薔薇の花びら。今回が人生二回目の結婚式だという麗香さんは、とても成人済みの娘がいるようにはとても思えないくらいキラッキラの笑顔をしていた。
「綺麗だな……」
遠い昔、親戚の結婚式に参加した以来の結婚式である。当時は披露宴で出される食事の事くらいしか印象に残っていないが、大人になってから見ると世の女の子が憧れるのもなんか分かるな。
「んー♪ やっぱり何度来ても結婚式っていいわね〜! 私の時は白無垢もいいなぁ〜。ねぇ滝口、あんたどう思う?」
「え?! 朝霧さん白無垢ってイメージなくないっすか?! 無垢じゃないじゃ……」
言いかけた所で、恐らく滝口さんが殴られた。俺と乙成はチャペルの階段をゆっくり降りる美作さんと麗香さんを見ていて、背後で起こっているごちゃごちゃには目を向けない事とした。
「あ! 前田さん、母に見惚れてますね?! 駄目ですよ! 母はもう光太郎さんのものなんですから!」
「ち、違うよ! 見惚れてたんじゃなくって、どんな感じなんだろうって想像してて……!」
「どんなって?」
麗香さんに見惚れていた事を咎められて、咄嗟に言い訳をする俺。意味が分からず首を傾げる乙成の横で、俺は口をついて出た言い訳の意味を言うべきかちょっと悩んだ。だって……
「乙成の時は、どんなだろうって考えてたんだ……多分、綺麗なんだろうなって……」
「前田さん……! もう! 恥ずかしいじゃないですか!!」
真っ赤(?)になりながらも何処か嬉しそうな乙成。先程までのゴタゴタを感じさせないくらい、穏やかで幸せな時間が流れている。
つい一時間程前。俺がロビーで無様に土下座をかました後。アカツキさんからちゃんと説明があった。
まず、今日ここへ来たのは乙成を連れ出しに来た訳じゃなく、あくまで建設的に乙成の意志を確認しに来たとの事だった。俺達には脅しとも取れるくらいの勢いで乙成をハイチへ連れて行くと豪語していたのに、その事はすっかり忘れていたらしい。全く、本当に人騒がせなおっさんである。
結局俺の土下座も虚しく、乙成の「行かない」という意志の一言で、あっさりとアカツキさんは引いた。俺の一世一代の土下座……美作さんも殺鼠剤まで用意して、アカツキさんからの攻撃に備えていたというのに……あ、そういえばあの時のお金まだ貰ってないな。後で請求せねば。
あと、アカツキさんがあっさりと引いたのにはもう一つ理由がある。それは美作さんに一服盛られそうになった時に気が付いたそうだ。
それはあの一家の毒への耐性。麗香さんは乙成を妊娠している時も変わらずあのドブ茶を飲み続けていたらしいし、アカツキさんはアカツキさんで、若い頃から狂った様にあのドブ茶を飲み続けて今に至るらしい。そんな二人から生まれた乙成にも、少なからず毒への耐性があるのではないか。或いは、その副作用的な何かでこんな姿になったのではないかという事だった。
正直、その辺りの事はよく分からない。ただ一つ言える事は、そんな毒を盛られたのにも拘わらず、乙成は見た目こそゾンビになっているが他はめっちゃ元気だと言う事だ。きっとそれも、乙成の持つ生まれながらの耐性なのだとアカツキさんは結論付けた。これからは別の角度から、ゾンビ化を解く為の鍵を探すらしい。一応自分のせいでこんな事になってしまった責任があるのだろう。
「でも前田さん、今日カッコ良かったですよ?」
「どこが?! 土下座なんて生まれて初めてやったよ……全然カッコ良くないって……」
少しからかう様な笑みを浮かべながらも、乙成は俺の顔を嬉しそうに覗き込んでいる。たまに見せる、そのニヒヒと笑う笑顔に内心ドキッとしたが、そうとは悟られない様にすぐに目を逸らした。
「カッコ悪くなんかないですよ! 一生懸命父を説得してくれて、嬉しかったです!」
「それなら良いんだけど……なぁ、乙成?」
「? なんでしょう??」
「ハイチ行きがなくなったの、本当に良かったって思ってるよ。まだどうなるか分からないけど、俺達が出来る最善策を考えていけたらなって思っているんだ」
そう。アカツキさんの登場により、ごちゃごちゃした今回の一件。アカツキさんが全ての元凶とはいえ、本来は俺達で解決させなきゃいけない問題なんだ。
「前田さん……! きっと私達なら見つけられますよね!」
乙成のゾンビ化を解く――
出来るかも分かんないし、どうすればいいのかも今だに分かっていない。でも絶対に見つけてみせる。
この子は俺の、大切な女の子なんだから。