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ゾンビより先にこっちとくっつきそう

 飄々と言ってのける美作さん。やっぱりこいつは腹の中真っ黒のサイコパスだ。ちょっとでも良い感じに受け止めた、俺のピュアな気持ちを返して欲しい。


「そんな事より前田くん」


 俺がさっきの美作さんの発言に、今だ面食らっていると、不意に美作さんが立ち止まって俺の方を真っ直ぐと見つめてきた。


「そろそろ疲れたでしょう? 休憩していきませんか」


「はい? 何言って……」


 目の前にあったのは、何故か住宅街の真ん中に突如として現れるラブホテル。家族連れも多いこの街で、唯一異彩を放つ存在だ。たまにこういうのあるけど、なんでこんな場所に作ろうと思ったの? もしくは後から民家が建ち並んだの?


 そんな事はこの際どうでもいいのだ。今直面しているこの状況は、とにかくヤバいという事だけ。多分これは冗談なんかじゃない。俺は、身体目当ての男が女の子を酔わせてホテルに誘うという、そんな事本当にあるのかと耳を疑いたくなる様な常套句を今まさに言われた。先に言っておくが、酔わせてホテルに誘うなんてこのご時世にやったら間違いなく訴えられるから、間違ってもそんな事するなよ!


「いやいやいや! 無理!! 本っっっ当に無理!!! なんでそうなるんです?! こっち来ないで!」


「安心してください。ホテルに入ったという既成事実だけが欲しいだけなので。()()()()手を出すつもりはないです。前田くんがその気になれば話は別ですが……」


「だ! か! ら! なんで俺がその気になる前提で話すんの?! どんだけ自己肯定感高いの?! 天井知らずのポジティブさが怖いんだけど!」


 ヤバい……このままホテルに連れ込まれたりなんかしたら、例え何もなかったとしても既成事実が出来てしまう……。このサイコパスの考える事だ。俺がどれだけ何もなかったなんて言っても周りに信じてもらえない様な策を持っているに違いない! 踏ん張れ! 絶対に俺はここから動かんぞ!! 誰か俺の足をセメントかなんかで固めて! 二度とこの場から動けないように!!


「前田……さん?」


 俺が必死の抵抗を繰り広げている中、聞き馴染みのある声が聞こえた。


 乙成である。なんとまぁ、タイミング良くとんでもない場面を見られてしまった。今の俺と美作さんの様子は、ホテルの目の前で俺の手を強引に引っ張って中に連れ込もうとする美作さんに、腕が千切れんばかりに仰け反る俺。しかし、乙成の急な呼びかけに一瞬力が抜けたタイミングで、俺の身体は美作さんの腕の中にすっぽり収まる形で止まってしまった。そう、つまり抱き締められている状態である。


「あの……乙成、これは……!」


 ショックを隠しきれない乙成。両手に持っていた食材の入った買い物袋を地面にドサリと落とし、俺達とラブホテルの看板を交互に見ている。あれは俺の誕生日用の食材だろうか……こんな勘違いされる事必至の状況を見られたのにもかかわらず、俺の頭は能天気にもそんな事を考えていた。


「ま、前田さんの……」


「乙成?」


 乙成の手がふるふると震えている。心なしか髪の毛も逆立っているような?

 この感じには見覚えがある……乙成レイジモードだ!


「前田さんの! 浮気者ーーーーーー!」


「ゴフッッッ?!」


 怒りに身を任せてこちらへと向かってくる乙成。俺は、乙成の持っていた買い物袋で思いっきり殴られた。美作さんはといえば、さっきまで俺の身体をガッチリホールドしてくせに、俺が殴られる事を察してか、スッと俺から離れて自分だけ難を逃れていやがった。本当に……本当にあんたは悪い男だよ、色んな意味で。


 24歳最後の日。俺は、買い物袋を引っ提げたゾンビの襲撃を受けて、ラブホテルの前で大の字になってしばし気を失ってしまった。


 

 

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