第2話 崩壊
この作品は残酷描写を含みます。苦手な方はブラウザバックをおすすめします。
第2話「崩壊」
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ピピピピピ……。
「ふあ……朝か………」
耳障りなアラーム音。窓から射す不愉快な日光。
今日という日が、また始まったのだ。
「………まだ寝てようかな」
きっと今日も俺の分の朝食は用意されていないに決まっている。ベッドに潜り込み、アラーム音を無視したが、花音のことを思い出した俺はゆっくりと顔を出した。
「…………起きるか」
――――
「おーはーよー!!」
バシン!!と背中に強い衝撃を受けた俺はよろめき、振り返る。睨みつけた先にいたのは、寝癖まみれの愛菜だった。
「愛菜、その頭はなんだ」
「あー?これぇ?朝時間なくてさー」
「そうだとしても酷すぎるだろ」
愛菜は顔がいいのに、その他がズボラ過ぎる。鞄の中身も部屋もぐちゃぐちゃで靴下は時々、片方ずつ違うものを履いてきたりする。
その癖、男にはモテるから勝手に清楚系女子だと勘違いされて趣味はハーブ作りだとか、週末は美術館で優雅に過ごしているだとかいう噂を流されている。
「……せめて身だしなみくらいどうにかしろよ」
俺はぐっちゃぐちゃの愛菜の寝癖を整えながらため息をついた。髪の毛の整え方は花音にしているから慣れている。毛先が綺麗にまとまっていく様子を見た愛菜が、手鏡を見ながら感嘆の声をあげた。
「おぉー!さっすが史乃。そのスキル、もっと活かしたらどーよ?美容師になれるんじゃないの?」
「馬鹿言え。美容師は主にカラーリングやカッティングだろ。毛先整えるくらい誰にでもできる」
「えー?またまたぁ、謙遜しちゃってー」
俺が髪の毛を完全に整え直すと、愛菜は軽く前髪を手で漉いた。そして、満足そうに頷いて「完璧!」と言う。誰にやってもらったと思ってるんだ、こいつは。
「…ったく、今度からは時間に余裕を持って行動しろよ」
「分かってますって!旦那ぁ〜」
これは完全にわかっていない返事だ。俺がまた大きなため息をつくと、背後から駆け寄ってくる音がした。
「よっ!史乃アンド愛菜」
「璃斗!何よその呼び方ー」
「史乃と愛菜って呼ぶよりもクールだろ?」
「意味分かんないしー!」
ガハハと豪快に笑いながら愛菜に追い回される璃斗。愛菜も楽しそうに追いかけ回している。
「おい、お前ら……朝から元気すぎだろ」
俺がゲンナリしながらそう言うと、愛菜が足を止めて俺にビッと指を出した。
「甘いわね、史乃!朝からこれくらい元気じゃないと、社会人になってからやっていけないわよ!」
「お前に説教されたくねーよ」
……と言いつつも、なんだかんだでこのやり取りには安心している。家庭での重苦しい空気も、お金のことも、勉強のことも、こいつらと騒いでいる時だけは忘れられるんだ。
俺は走り回る愛菜と璃斗の背中を苦笑しながら眺めた。
――――
私は選択した。
どちらを選択した未来でも、きっと希望なんてなかった。
じゃあ、何にもしなければ幸せなままでいられたの?
それは試した。
でも、ダメだった。
私はやらなければならない。
何度でも、何度でも。
彼自身に選ばさせなければならない。
もし、その未来でさえ救われないのなら……。
今度は私が選ぶだけ。
――――
「あーしたのー かーぜーにはー わーたしはー いーなーいわーー」
最近流行りのJPOPを踊りながら歌い狂う愛菜。
俺はそれを横目で見ながらコーラを飲み干した。
「これなんだっけ、ないと…あ…?」
「night・memory!ちょっと、史乃知らないのー?」
知らん…。
そもそも流行りものが分からない。
ドラマの主題歌に抜擢されて一発屋的な人気を持っているだけのバンドグループだろう。
俺は歌選択のタッチパネルをスライドしながら、テーブルに置かれたポテトを摘んだ。
「あーいをしーらないー そーれーでもー!わーたしはー きーみをー おーもいたーーい!」
なんだその歌詞。
愛を知らないのに想いたい人がいるのか。
なんてツッコミを心の中でしながら、誰でも知っているような音楽グループの曲を選択した。
「ほんと史乃はmikan、好きだよな」
「まあ……歌も難しくないし、歌詞も万人受けする丁度いい感じだし…」
タッチパネルを覗き込む璃斗に曖昧な返事をしながら、俺はマイクを手に取る。
「うし、じゃあ俺も歌おうかな」
「お、デュエットか?」
「そーゆこと」
歌い終わった愛菜からマイクを受け取った璃斗はニヤリと笑って、勢いよく立ち上がった。片手にはタンバリンを握りしめている。
「ノリノリじゃねーか」
「いいだろ、たまにはこーゆーのも!」
シャンシャンとタンバリンを鳴らす璃斗を、愛菜が爆笑しながら引っぱたく。
「何してんのよ、璃斗!あっははは!」
俺もつられて吹き出すと、璃斗が嬉しそうにタンバリンを頭上でシャカシャカ振り始めた。その動きにツボったのか、愛菜がヒーヒー言いながらのたうち回る。
「ほんっと、馬鹿かよ」
俺も目に涙を浮かべながら笑った。めちゃくちゃに爆笑して、なんだか久しぶりに心から笑った気がした。
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「こんな時間まで遊び呆けてたのね」
時計の針が鳴り響くリビングで、静かに優花さんが告げた。門限は守っている。帰ってきたら課題と予習もきちんとやっている。
だからこれは、ただの嫌味だ。
俺のことが気に入らないから、こちらの行動にいちいち口を挟んで説教めいたことを言ってくる。
「………あの、幼なじみと少しカラオケに行ってただけですよ。悪い友達でもないし、門限も守っています」
「あなたの幼なじみなんて知りません。……もしかして、私への嫌味かしら?何も知らない部外者だって言いたいの?」
鋭く睨む優花さんは眉間に皺を寄せ、醜い顔で唇を噛む。優花さんが俺にきつく当たるようになったのは、ここに来て一ヶ月くらいのこと。
部屋の整理をしていた俺が、前妻の……俺の実母の写真を見せた時だ。
俺の顔と実母の顔が似ている、と。
優花さんはそう言って俺にアルバムを投げ返した。
「………俺は…優花さんのこと、家族だって……そう思ってますよ」
「優花さんって呼ばないで!!」
優花さんは叫び、持っていたグラスを俺に向かって投げつける。中身の水が制服を汚し、足元にグラスが落ちて砕け散った。
「………お母さんって呼びなさい。私が許可しているんだから、そう呼びなさいよ」
「…………」
俺の中の母親はただ一人。
目の前にいるこの人は形だけ、見せかけの母親だ。
そんな人を母親だなんて呼びたくない。
俺の母親を上書きなんて、したくない。
「ちょっと、史乃さん?聞いてるの?」
「………っ、うるさい!」
「………!?」
俺は肩を掴んだ優花さんの腕を力一杯、跳ね除けた。
そして次の瞬間、大きな音がして椅子が倒れる。
「………ぅあ…っ、あ……」
鈍い音と共に、苦しそうな優花さんの声がして俺は顔をあげた。そこには、床に倒れ込んだ優花さんが腕をおさえて蹲っていた。
「優花さん……?」
俺は慌てて倒れる優花さんを抱き起こす。
「痛い…っ!!」
「うわ、っ!?」
しかし、優花さんは俺のことを突き飛ばし、再度床へ転がった。腕を庇うようにして苦しむ優花さんの様子がおかしい。普通の痛がり方じゃない。
俺は立ち上がり、廊下に置いてある固定電話で救急車を呼んだ。焦る俺を宥める電話口からの声と、リビングから聞こえる優花さんの呻き声で、頭がおかしくなりそうだった。
数分後、救急車が到着して、優花さんは運ばれた。
俺は部屋で寝ていた花音を背負って救急車に乗り込む。
「ママ、どちたの?」
不思議そうに首を傾げる花音に、俺はなんて説明したらいいのか分からず、何も言えなかった。
なんとなくで書き出した「魔法少女の夜」ですが、まだまだ魔法少女要素はございませんね。
これから史乃の物語が大きく展開されていくので、どうぞご期待ください。
…………いえ、やっぱりあまり期待しすぎないでください。荷が重くなります。