第五話 「絡繰の真骨頂さ!」
時刻は二十一時二十分。僕は、バイトの制服から着替え、店を出た。
賄いを食べていたため、少し遅くなってしまった。それにしても、椿さんと同席していたあの二人はなんだったんだろう。宣戦布告に来たって言っていたけど……。
「絡繰くん」
からくりくん…………? はじめての呼ばれかたなのにどこか耳に覚えのある声。声のした方に視線を向けると──。
「あ! 君はさっきの……」
さっき椿さんと一緒に食事をしていた女の子の方。腰の辺りまで伸ばされた真っ白な髪、不健康そうな青白い肌。その姿はさながら雪女だ。
彼女がいるということは椿さんも近くに……。そう思いながら周りをキョロキョロと見回しても見つからない。
そんな僕のことを少女の瞳はまっすぐ貫く。
「こっち来て」
「いや、え!? 椿さんは!?」
「そう。椿 蘭菊のところに行くからついてきて」
「え、なんでそんな回りくどいことを……」
「ぐちぐちぐちぐちうるさい」
「は、え、ちょ!?」
少しめんどくさそうな様子で彼女は僕のことを抱えあげた。いわゆるお姫様だっこの形だ。
「もう、めんどくさいからこれで連れてくよ。絡繰くんが遅いせいで私が織に怒られたんだから」
どうやら僕がぐだぐだ言って、全然ついてこなかったことが気に触ったらしい。それにしても彼女のことを怒ったという織という人はさっきまで一緒に居た男の方のことだろうか。
少女は僕を抱えたまま高く跳び、屋根の上を駆けた。
はっや──。それにすごい跳んでたし……。もしかしなくてもこの子絡繰だよね。
それからは本当にあっという間で、凡そ三分ほどで少女は目的地についたのか立ち止まった。そこは三階か四階建てくらいの建物の屋上。。僕は少女に無造作に放られる。
「いっ…………、あ、椿さん。これどういう状況なの」
そこには彼女と共に、さっき一緒に食事をしていた男もいる。おそらく絡繰であろう少女はその男に駆け寄っていった。椿さんはそんな少女に視線を向ける。
「彼女から聞いていないの? 絡奇くん」
「うん、全く聞いてない」
「そう、まぁ、そうね。状況で言えば私たちは今、とてもピンチよ」
「え!? ピンチってどういう──」
「さあ! 始めようか、お二人さん。戦争の時間だ!!」
僕の言葉を遮り、男が叫ぶ。戦争の時間? なんのことだ……。と、思考を巡らせていると椿さんの放ったある言葉が脳の中を駆け巡る。『端的に言えば私たちに宣戦布告に来たのよ』椿さんは確かにそう言った。そして、僕をここまで運んできた少女。おそらく彼女は絡繰。つまり男の言う戦争とは倶利伽羅戦争のことか。
いや、しかしこんなことが分かったとて僕にはどうすればいいのか分からない。僕は視線を椿さんに向けると、目があった。
「逃げるわよ、絡奇くん」
「え、なんでさ。前は結構あっさり勝ってたじゃん」
「あいつは格が違うわ。なんせ──」
「まさか逃げるなんて言わないよな? やはり意気地無しだったか、落ちこぼれ!」
椿さんの言葉を遮るように男が叫ぶ。ん? 椿さんが落ちこぼれ……? いやそれとも僕に言ったのか。そんなことを考えていると、途端に。
────眩しい。
眩しく光ったところに視線を向けると──。
「なんだ……あれ…………」
男のとなりに立っていた少女の背後には神々しいほどに光り輝くおよそ百本はあろう、槍が浮いていた。
「受勲。落ちこぼれには真似できない、絡繰の真骨頂さ!」
「私を抱えて走りなさい、絡奇くん。生きたければ」
なんで、抱えて……?
「あ、そうか。僕が走った方が速いからか」
「ええ、だから早く」
その言葉に僕は頷き、椿さんのことを抱えこむ。そして、その場から離れようとしていると。
「逃がすわけがないだろう。やれ、莉音」
「ええ、織。受勲【百面槍】」
莉音と呼ばれた絡繰の少女がそう呟くと、全ての槍が僕たちに狙いを定めるように切っ先をこちらに向けた。莉音が右の手のひらを空に掲げると、一本の槍が自我を持ったように莉音の手のひらの上まで動いた。
「火槍」
莉音がそう言うと同時に右手を振り下ろすと、その槍が僕たちに向けて一直線に放たれた。僕は、椿さんを抱えながら一心不乱に走る。しかし槍は追ってくる。
「どうすれば…………」
「そこを飛びなさい、絡奇くん」
なんで? とは思ったものの、とはいえ僕にはどうしたらいいのかは分からないので、椿さんの言う通りに今いる建物から飛んだ。
どうやら槍はまっすぐにしか追ってこないらしい。僕が降下し始めてもそのまままっすぐ突き進み、壁に突き刺さった。
刹那。
槍から火柱が起こる。
「熱ッ────!! なんで火が!?」
その火柱による熱波で僕たちは吹き飛ばされ、近くの路地裏まで落下した。
背中に強い衝撃が走る。抱え込んだ椿さんにはどうやら傷はない。安心して立ち上がると、僕は再び駆け出す。
「火槍。おそらくそういう槍ね。つまり、他の数十本全ての槍に異なる力が宿っているってことかしら」
「んなデタラメな!!」
「そう。それゆえ百面槍。百の槍全てに異なる表情が宿る」
空から響く透き通るような声。見上げるとそこには莉音がいた。
「もう追い付いたのかよ──ッ!!」
莉音は再び右手を空に掲げ、そこに一本の槍が収まる。
「次はこれ──樹槍」
右手を振り下ろし槍を放つ。しかし放たれた槍は僕たちを向いていない。槍は僕たちの進行方向の先の地面に突き刺さった。すると、今度は数本の木の枝が襲いかかってくる。
僕はいくつかの枝を紙一重でかわしながら、そのまままっすぐ駆け抜ける。
しかし。
「絡奇くん、後ろ!」
椿さんの声に後ろを振り返ると──。
「うお──ッ!? っぶな!!」
木の枝は、槍とは違いしっかりと追いかけてくるらしい。まじで危なかった……。あれ? でも……。一本だけ追いかけてきていない枝がある。良く見ると壁に突き刺さっているらしい。つまり、あの枝達はなにかに刺さると追いかけてこないってことか……?
なら……。
「うわっと! 以外と行けるな、これ」
僕は壁を駆けた。身体能力が上がっているからか案外ぶっつけでできた。
僕はそのまま壁面を駆け、地面に突き刺さった槍を追い越した。何本かの木の枝も僕を追いかけて壁に突き刺さり動かなくなっている。
「絡奇くん、大通りを目指しなさい。さすがに彼女達も大勢の人の前でこんなことはできないわ。そして、私たちは人混みに紛れてそのまま逃げる」
「なるほど、分かった!」
僕はそのまま壁面を駆け上がり、屋根の上から大通りを探す。
えっと、大通りは……っと、あ、あそこか。ここからおよそ六百メートル。この足なら一瞬だ。もちろんそんな簡単にいくわけがないのだが……。
「壊槍」
「なっ……!?」
槍が刺さった建物がまるで腐敗していたかのように、脆く崩れていく。足場をなくした僕は再び落下したものの、崩れた建物の瓦礫を利用し、大通りの方向にうまくに着地する。
そして、少し走ると僕たちは大通りに出ることができた。
◇◆◇
『ごめん、織。大通りの方に逃げられた』
織の脳内に莉音の声が響く。所謂テレパシーというやつだ。
それにしても、あれから逃げたのか。
「逃げ足だけは速いようだな」
『追いかけますか? それとも家に突撃でもします?』
「いや、いい。どうせなら次はもっと舞台を整えてやろう。あの時大人しく殺されておけば良かったと思うほどの」
「へぇー、何をするんです?」
「そうだな……」
そう呟き、織は不適に笑った。