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絡斬 ─からきり─  作者: 凪奈多
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第四話 「少し話しておきたいと思っただけだ」

 「…………きなさい、起きなさい、絡奇くん」


 鈴の音のような耳触りの良い声と共に、身体を揺らされ、薄く瞳を開く。

 そこに映るのは黒髪の美女。男なら誰もが夢見るシチュエーション。可愛い美女に起こされるなんて、なんていい夢なのだろうか。

 僕の目蓋が開いたことに気がついたのか、彼女は新たな言葉を紡いだ。


 「おはよう、絡奇くん。私はお腹がすいたわ」


 ああ、本当に──夢なら良かったのに。


 「ふぁあ、十分待って。色々準備するから」


 僕はあくび混じりに椿さんにそう告げると洗面台へと向かった。

 顔を洗ってキッチンへと向かう。フライパンに油をしいて、卵を二つ割った。そして、昨晩炊いておいたご飯をお茶碗にいれ電子レンジで温める。

 目玉焼きに塩コショウを振り、インスタント味噌汁を作って、食卓へと運んだ。


 「いただくわ」


 「どうぞ」


 そう言って二人で食事に手を付けると、僕は思い出したように口を開く。


 「そういえば僕今日バイトあるから、夜はどっかで食べてきて」


 「あら、それは明日も私をここに置いてくれると、私と共に戦ってくれるということかしら?」


 「いや、それに関しては全然まだ考えがまとまってないんだけど……。約束守れてないのは僕の方だし、まぁ、今日も泊まっていったらいいよ」


 「なら、お言葉に甘えさせていただくわ」


 その言葉を最後に黙々と食事を進めていると、食べ終わったのか箸を置いた椿さんが口を開いた。


 「絡奇くん、あなたのバイト先はどこかしら?」


 「──? 駅前のファミレスだけど。なんで?」


 「私、晩御飯はそこで食べようかしら」


 「本当になんでっ!?」


 「できるだけ二人が近くに居れるようにしたいのよ。私たちは敵に顔が割れているから。あなたに戦う意思がなくても相手はそうではないし、一人になった私の方を狙ってくる可能性もある。いえ、確実に私の方を狙ってくるわね」


 「確実に……? それはなんで?」


 「私な方が戦闘能力は低いし、私か死ねばあなたも死ぬもの。逆にあなたは殺されたところで私が居れば治せる。だから私たちは二人で居た方が、いえ、私を一人にしない方が安全なのよ」


 なるほど。僕なら殺されてもなんとかなるけど、椿さんが殺されると俺も同時に死ぬ、と。それなら確かに一緒に居た方がいいんだろうけど……。


 「でもなー……。休日のディナーの時間だからかなり店混むんだよ。だから何時間も居座られるの結構困るんだよね」


 「バイトの時間はどれくらいなのかしら?」


 「十八時から二十一時だよ」


 「そう、なら食べ終わったら駅前をうろうろしておくわ。周りに人が居たらそうそう手をだしてこないと思うから」


 「椿さんがそれでいいなら」


 ここで会話が途切れたので、僕は残り少しの朝食を口の中に掻き込んで手を合わせた。


◇◆◇


 あっという間に半日が過ぎ、僕と椿さんはバイト先のファミレスの前まできていた。駅前は電車から降りてきたたくさんの人々で溢れかえっていた。


 「私まだお腹空いていないからこのあたりを歩いているわ」


 「そう。じゃあ、また後で」


 「ええ」


 そう言って椿さんは人混みに身を乗り出した。それを見送った後、僕は店へと入った。


◆◇◆


 時間にして十七時半。私は絡奇くんのバイト先のファミレスに入った。

 案内に来たのは制服に身を包んだ少女。


 「何名様でしょうか?」


 「ひと──」


 「三で」


 身体の芯に響くような低音で、私の言葉は遮られた。振り返ると、そこには二人の男女。


 「三名様ですね。こちらにどうぞ」


 店員に案内され、私たちは席についた。


 「久しぶりだな、椿 蘭菊」


 男がそう私に言い放つ。少女の方は置物のようにメニュー表を眺めている。


 「そうね、今まで量産型でちょっかいかけてきていただけだったのに、今日は随分大胆じゃない。なにか用なの? あかね しき


 茜 織。椿家分家の一つである茜家の次期当主であり、倶利伽羅戦争に参加している絡繰師の一人だ。そして、少女の方は──。


 「あなたも久しぶりじゃない、倉橋くらはし 莉音りおん。随分と雰囲気が変わったようだけれど」


 倉橋 莉音。彼女はかつては絡繰師と共に京の街を守り、今は既に廃れた陰陽師の末裔、土御門家の分家である倉橋家の末娘。どうやら織とは幼馴染みであるようで、定期的に行われていた分家と本家の会合で織が連れてきていたのを何度か目にした。

 あの時はとても良く笑顔を見せていたが、今は見る影もなく無表情だ。


 「いや、少し話しておきたいと思っただけだ。殺す前に」


 「そう。そんなことだろうと思っていたわ。まぁ、私は殺されないけれど」


 「そんなことより早く注文しましょうよ。私お腹が空きました」


 莉音がメニュー表を見ながらそう呟く。それに対し、「そうだな」と、織が頷く。


 「何を注文するの? 椿 蘭菊。織も」


 「俺はこのステーキだな」


 「私はコーンスープと、マルゲリータピザにしようかしら」


 「じゃあ、呼ぶね」


 そう言って莉音が机の上に置いてあるボタンを押すと、店内にベルが鳴り響く。しばらくして店員が、いや、店員の格好をした絡奇くんが現れた。


 「ご注文を…………、誰? 友達?」


 絡奇くんは、しばらくの間を開けて素朴な疑問を口にした。


 「そんな風に見えるならあなたの目は節穴ね」


 私は嫌味ったらしく絡奇くんに言い放つ。


 「え、いやでも、椿さん一人で来るものだと思っていたから」


 「私もそのつもりだったわよ」


 「昨日ぶりだな絡繰。といってもお前は俺のことを見たことはないだろうが」


 「昨日……? もしかして絡繰の……」


 「ああ、随分と勘がいいな」


 「そんな人がなんで椿さんと?」


 「端的に言えば私たちに宣戦布告に来たのよ、絡奇くん」


 「宣戦布──」


 『ぐーーーー』


 絡奇くんの言葉を遮って、腹の虫が鳴る。全員の視線がその腹の虫をならした少女、莉音に向く。


 「注文いいかな、店員さん」


 当人は全く恥ずかしがる素振りもなくたんたんと口を開いた。


 「え、あ、はい。どうぞ」


 そう言って絡奇くんは、ハンディを準備した。


 「カルボナーラを一つ、マルゲリータを一つ、ステーキを一つ、コーンスープを二つ、サラダを一つ、食後にティラミスを一つで、お願いします」


 「ご注文は以上でよろしかったですか」


 「はい」


 「ご注文を繰り返します。カルボナーラがお一つ、マルゲリータがお一つ、ステーキがお一つ、コーンスープがお二つ、サラダがお一つ、そして食後にティラミスがお一つでよろしかったでしょうか」


 「はい」


 「少々お待ちください」


 その言葉のあとに絡奇くんはこちらに目を向けた。


 『後で詳しく』


 口の動き的に恐らくこういったのだろう。絡奇くんは小さな声でそれだけ言い残し、振り返り厨房の方へ戻っていった。


 それからは特に何事もなく私たちは食事を食べ終えた。時計を見ると時間はおおよそ二十時三十分。絡奇くんのバイトが終わるまで後三十分もある。

 同席している二人の顔を見る。この二人が居る以上、この店を出たら何をされるか分からない。幸い、客も減ってきており、少し長居してもあまりおかしくないように感じる。どうにかして二十一時までここに居残りたいが……。


 「んじゃあ、会計に行くか」


 物事はそう上手くは行かない。ここで拒否するのもおかしな話なので私も席を立った。


 「ああ、安心してくれよ、椿 蘭菊。あの絡繰が戻ってくるまで俺たちはお前に手をださない。そんな不意打ちみたいにお前を殺しても俺たちが勝ったことにはならんからな」


 「そう……」


 私はそう小さく呟き、会計に向かう。私は自分の分を支払い背後にいる二人に視線を向ける。二人も自分の食べた分のお金を支払い、店を出た。

 店を出ると二人は立ち止まる。どうやら織が莉音に耳打ちをしているようだ。


 「分かりました」


 莉音がそう言うと二人の距離は離れる。


 「椿 蘭菊、俺についてこい」


 「は? 何急に」


 「人気(ひとけ)の何ところに行く。お前の絡繰が戻ってきたときにすぐに戦えるように、な」


 「そう……いうことね。あの子は?」


 「案内するやつが必要だろ、お前の絡繰を」


 「そういうことなら、行きましょうか」


 「随分素直じゃねぇか」


 「断っても連れていくんでしょう?」


 初めから私に選択権などない。下手に断って彼らの気が変わり、殺される方が最悪だ。


 「俺はお前のことを見くびっていたかもしれないな、椿 蘭菊。ただの意気地無しの落ちこぼれだとばかり思っていたが、度胸だけはあるじゃねぇか。なかなかどうして、嫌いじゃあない」


 「そう、ありがとう。そんなことよりはやくいきましょう」


 私のこの言葉に、織は「そうだな」と頷き、歩きだした。私はそれについていった。

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