第三話 「やっぱり分からない」
「出来…………、何してんの……?」
キッチンへと向かった僕は、冷凍の唐揚げと、昨日のあまりのタッパーに入った米を電子レンジで温めた。なにもしたくない時によくする超簡易的な夕食だ。
そして、出来上がったものを机に並べて、椿さんを呼びに来たんだけど……その椿さんは、僕の部屋を改造していた。カーテンやカーペット、ベッドのシーツや布団がピンク色となり、何て言うかすごいメルヘンな感じに。てか、その荷物どこから出したの……?
「あら、絡奇くん。何って、この部屋があまりに何もないから可愛くしているのよ。あまりになにも無さすぎてエッチな本を探す気すら起きなかったわ」
「え、何で?」
意味の分からないボケは無視。ていうか、デジタル化が進むなかでエロ本を紙で買う人はもうそんなにいないと思うが。例に漏れず僕も紙では勝っていないので探したところで見つからない。
「これからは私も住むもの」
「いや、まだ君と一緒に戦うって決めた訳じゃないし、それにここ僕の部屋なんだから普通僕になんか言わない?」
「あなたの部屋を可愛くしたわ」
「いや、事後報告が欲しい訳じゃないんだけど……はぁ、まぁいいや。ご飯、出来たよ」
というか椿さん、こういうのが趣味なのか。意外だな……。
「あら、もう? 早いのね」
「冷凍だからね。嫌だった?」
僕がそう尋ねると彼女は首をふった。
「いえ、そんなことないわ」
「そう、ならいいけど」
そう言って、僕たちの足はリビングへと向かっていった。
◇◆◇
食事を終えた食卓に沈黙が流れた。このタイミングでテレビをつけるのもこの沈黙を気にしているようでいやなので、僕は沈黙をまぎらわせることもできなかった。僕はこの沈黙に耐えられず、ふと、気になっていたことを椿さんに尋ねた。
「そういえばさ、なんで椿さんは僕の家を知っていたの?」
「生徒手帳を見させてもらったわ」
鞄の中を漁られたのかー、と少し嫌な気分になったけれど、まぁ、仕方ないかと開き直る。何せ彼女がこの部屋まで運んでくれたのだから。それにしても……。
「生徒手帳に住所なんか書いてあったっけ?」
「配られた日に書かされたわよ」
「あれ、そうだったっけ」
そんな僕の呟きに椿さんは、「ええ」と頷き、「私も気になっていたことがあるのだけれど……」と、続けた。
「あなた、あんな時間に何をしていたの?」
あんな時間、というのは昨晩のことだろう。普通の高校生ならば二十三時に外を歩いていることなどない。僕は特に隠しているわけでもないので簡潔に告げた。
「バイトだよ」
「あら、うちの高校バイト禁止だったと思うのだけれど」
「ちゃんと許可貰ってるよ」
「それは今一人暮らしなのとなんか関係あるの?」
「……まぁ」
そう、僕はこのアパートで一人暮らしをしている。でもこのことはあまり人には話したくないなぁ、などと思っていたら、彼女はなにかを察したのか、話を切り上げ、手を合わせた。
「そう、まぁいいわ。ごちそうさま」
「お粗末様。先お風呂入っていいよ。僕お皿洗ってるから」
「あら、女子高生の残り湯でナニをするのかしら」
「なんもしねぇよ! 追い出すぞ!?」
こんなしょうもないボケに勢い余ってつっこんでしまった。
「冗談よ。先にいただくわ」
椿さんはそう言って脱衣所へ向かった。僕はそれを眺めながら皿を洗い始めた。
◇◆◇
「先に失礼したわね」
皿も洗い終え、リビングのソファーでくつろいでいると、背後からそう聞こえた。僕は振り返ると、そこには大きなTシャツをだぼっと着ただけの椿さんが立っていた。いや、多分ショートパンツとか履いているんだと思うけど、それにしてもさぁ──。
「なんちゅう格好で出てきてるんだよ!?」
「寝間着だけれど。何かおかしいかしら?」
「いや、おかしいっていうか……男子の前でその格好は色々まずいだろ……」
「興奮しているの?」
「は、はぁ!? してねぇよ!? あーもう、風呂入ってくる」
「興奮したからってナニもしないで頂戴ね」
「マジで追い出すぞ!!」
「冗談よ。ナニをしてもいいのよ。ここはあなたの家なのだから」
椿さんはそう言って妖艶に笑った。しかし、目の奥は笑っていない。いや、それどころかここに来てから彼女は一度たりとも本心から笑っていない。僕はそんな彼女を不気味に思いながらも風呂へと向かった。
◆◇◆
三十分ほど経ち風呂から上がって、リビングへ戻るとそこには誰もいない。僕の部屋に明かりが点いてることから椿さんはそこにいるのだろう。
時間は二十二時。正直寝るにはまだ早いが僕は部屋の明かりを消してソファーに横になった。そして考える。けれど全然考えがまとまらない。一晩で答えをだすとはいったものの、あまりに非現実的なことが起こりすぎて何が正しい選択なのかがわからない。
椿さんは言っていた。倶利伽羅戦争とやらを終わらせるには他の候補者全員を殺すしかない、と。そしてそれは僕が関わろうが関わらなかろうが行われていて、椿さんは候補者で……。僕の知らないところで彼女が誰かに殺されてしまうかもしれない。もっと言えば僕が戦わない選択をしたせいで殺されてしまう可能性もある。
──それは嫌だなぁ……。知ってる人が殺されるかもしれないのを知っておきながら、無視して生きていくことは自分を許せないし、けれどだからといって人を殺したくはない。
──ああ、やっぱり分からない。