第二話 「あなたは人間に戻れるし、私は不老不死よ」
「おい、なんだよさっきの! それに女の子の死体もそのままだし」
自分の部屋に戻って、すっかり自分の意思通りに動くようになった口で、目の前でベッドに腰かけている椿さんにに問う。
「問題ないわ。負けた絡繰を処理するのは、その絡繰の主ってルールで決まっているもの」
「ルールってなんのさ」
「……、あなたには話しておくべきね。倶利伽羅戦争について」
「くり…………、何て?」
そんな僕の頓珍漢な質問を無視し、椿さんは話を続ける。僕はその話に耳を傾けた。
「今この街では、椿家の当主の座をめぐって本家と十一の分家から一人ずつ、合わせて十二人の候補者たちが絡繰を使って争う、倶利伽羅戦争というものが起きているの」
「僕、そういうの詳しくないんだけどさ、当主って本家の子供がなるものなんじゃないの?」
「普通はそうね。今までの椿家もそうだったのだけれど、今回は訳が違う。現当主の子息はたった一人しかいなくて、女で、そして落ちこぼれだった」
少し暗い表情で椿さんはそう呟く。
「今のご時世で女だからとかってあるんだね」
「重要なのはそっちではないのだけれど、まぁそうね。男であるに越したことはないわ」
「で、その倶利伽羅……だっけ? と僕になんの関係があるのさ」
「私も候補者の一人で、あなたは私の絡繰なのだから大いに関係あるわよ」
「僕、本当にただの巻き込まれ事故じゃないか。っていうか、さっき女は当主になれないみたいなこと言ってなかったっけ? 椿さん女の子なのに候補者になれたんだ」
「女が当主になれないなんて一言も言ってないわ。男に越したことはないとは言ったけれど。実力さえあれば女でも当主になれる。それに私が当主になれれば、あなたは人の身体に戻ることができるわ」
「そうなの!?」
「ええ、私が当主になればあなたは人間に戻れるし、私は不老不死よ」
そんな椿さんの言葉に僕の思考は数秒止まる。しばらくして脳内に情報が溢れるように流れ込んでくる。
不老不死ってあれだよな、死ななくて……年取らなくて……。そんなの今の技術でできるわけないじゃないか……。
「そんなのできるわけないって顔をしているわね」
「そりゃあ……まあ」
「でも、今のあなたってほとんど不老不死よ?」
確かに、首すっ飛ばされても生きてるし、もし年もとらないなら不老不死って言える……のか? でも僕もう死んでるんだよな……。
「まぁ、確かにそういえなくもないかもしれないけど……」
「この絡繰の技術を利用して平安時代、千年前から続く絡繰師の悲願である完全な不老不死を成功させたのが今から凡そ百年前、四代前の当主。それ以降全ての当主は不老不死、今も元気に生きているわ」
「仮にそれが本当だとして、ならなんで新しい当主を立てる必要があるのさ」
「外面の問題よ。いつまでも同じ人が当主だと不自然じゃない」
「確かに……」
「ここからが本題なのだけれど、この倶利伽羅戦争に勝って当主になるには他の候補者を全員殺す必要があるの。言うまでもなくあなたは既に巻き込まれているのだけれど、どうしたい? 私に命預けて戦って、候補者十一人全員殺して人間に戻るか。それとも私とは無関係に生きて一生その身体のままか」
これってつまり、僕が人間に戻るためには人を十一人……、いやその人に操られていた絡繰も含めるともっとすごい数を殺す必要があるってことか…………。それは嫌だな……。でも、僕だけ年をとれずに、簡単に人を殺せてしまうこの身体のままっていうのも嫌だ。
あー、っていうか一気にすごいいっぱい情報が流れ込んできたせいで考えがまとまらない。
「明日でいいかな? なんか考えがまとまらなくて、一晩だけ時間がほしい」
「ええ、もちろん」
「ありがとう。じゃあ、もう夜も遅いし送っていくよ」
「結構よ。私もここに住むから」
「そっか、じゃあ気をつ──何て言った、今!?」
「私もここに住むって言ったのよ」
「いや、何でだよ!?」
「私、家が無いもの。こんな時間に私みたいな美少女が一人でうろうろしてみなさい。性に飢えたおじさんたちにあんなことやこんなことをされてしまうわ。それでもいいなら追い出せばいいけど。まぁ、そんなことしたら学校中にあることないこと言いふらして全校生徒に絡奇くんは鬼畜って認識させてやるわ」
「鬼畜はどっちだよ!? てか、家がないってどういう意味さ。今までどうしてたの?」
「家が無いは言いすぎたかしら。行く当てがない、かしらね、どちらかと言えば。戦争が始まってから家を追い出されているのよ。今まではホテルに泊まっていたわ。それもエッチな」
「じゃあ今日もホテルに泊まれば良いじゃん」
彼女のボケなのかなんなのか分からない言葉をスルーして、僕は真顔でそう言い放った。そんな僕に彼女もなにも言わずにたんたんと口を開く。
「もうこの時間だと部屋空いてないと思うわ。それにそろそろ持ち金も尽きてきていたところだったからどこかに拠点が必要だと思っていたところだったのよ」
時計を見る。時刻は現在二十時を回ったところ。それに今日は休日だ。確かにホテルに部屋は空いていないかもしれない。
「それでその拠点ってのが僕の家な訳?」
「ええ」
「ああ、そう……。出ていくつもりはないんだよね?」
少し呆れたように僕がそう尋ねると、「ええ」と椿さんは頷く。
「分かったよ、とりあえず今日は泊ればいいさ。家から追い出されている女の子を外に追い出すほど僕も鬼じゃないし。明日以降のことはまた明日考える」
「安心して頂戴。あなたが私と共に戦わないという選択をしたなら、出ていくから」
「ああ、うん。それは当たり前なんだけど……。まぁ、そんなことより寝るときはこの部屋使ってもらって構わないから。僕はリビングで寝る」
僕が住むこのアパートは家賃がそこそこ高い代わりに、寝室とリビングの二部屋、広いキッチン、風呂トイレが別と、かなり住みやすい優良物件だ。
「あら、ありがとう。それはそうと絡奇くん、私、お腹が空いたのだけれど」
彼女は作ってもらえるのがさも当たり前だと思っているかのように、あっけらかんとそう言い放った。てか、本当に図々しいなこいつ……。
「……わかった、適当に作るからちょっと待ってて」
僕はそう言ってキッチンへと向かった。