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絡斬 ─からきり─  作者: 凪奈多
2/6

第一話 「あなたは私の絡繰ということよ」

 ここは、僕の部屋か……。やはり、昨晩の出来事は夢だったということだ。

 なにせ僕は生きている。

 そう思いながら首に触れた。

 ほら、繋がっている。


 「首なら繋がってないわよ」


 鈴の音のように凛とした声が耳元に響く。声のした方向に顔を傾けると、そこには彼女がいた。僕を殺した、彼女が。


 「ああ、いや。首は繋がっているわね、一応。でももうあなたは死んでいるわ。絡奇からき 繰介そうすけくん。ふふ、まるで絡繰からくりになるためにつけられた名前ね」


 「椿つばきさん、どうして」


 椿 蘭菊らんぎく。それが彼女の名前。どうして名前を知っているのかって? 同級生だからさ。しかも同じクラスの。

 ただ学校での雰囲気とかなり違う。学校ではよく笑い、周りにはたくさんの人が集まっている。男子からしたら憧れの高嶺の花のような存在だ。

 けれど、今目の前にいる彼女は、不気味なまでに無表情だ。


 「どうしてって、忘れちゃったの? 死んだあなたをここまで運んであげたのに」


 「死んだって……。君が殺したんじゃないか、僕のことを」


 「なーんだ、覚えてるんじゃない。そうよ、私があなたのことを殺したの。でも、仕方ないでしょう? あなたが見ちゃったのが悪いのよ」


 「…………、それにしても、死んでいるっていうのはどういうことかな、椿さん。僕は生きているじゃないか。こうして君と話してる」


 椿さんは、「そうね」と、そう言って椅子から立ち上がった。


 「私の足元に首を差し出してちょうだい」


 「は? なにを言って……?」


 「まぁ、あなたの意思は関係ないけれど」


 「──!! 何で……身体が勝手に……ッ!」


 僕の身体が勝手に動き出す。膝が畳まれ、土下座をするように、彼女の足元に頭が差し出された。


 「ふふっ、なんだかその格好、変態みたいじゃない?」


 椿さんはそう言って、右足を僕の顔に擦り付けながらけらけら笑う。

 そして、しばらくすると電源が落ちたように「まぁ、そんなことはどうでもいいのだけれど」と言って、先程までの無表情に戻った。


 「えいっ」


 頭に強い衝撃が走った。

 視界が回る、回る、回る────。

 再び頭に強い衝撃が二、三度響き、落ち着いた。

 ──何が起こったんだ……。いいや、現実から目を逸らすな、絡奇 繰介。本当は分かっているはずだ。

 椿さんが蹴ったのは、僕の頭で、そしてさっきの視界の回転。


 つまり──《《僕は今、生首でそして生きているということを》》。


 「そう、あなたは私の絡繰ということよ、絡奇 操介くん」


 「いやいやいやいや……。意味分かんないから。てか、絡繰ってなに? 僕の身体どうなってんの? 僕、今生首ってことでしょ!?」


 ていうか、よく見たら僕の体すごいグロいことになってるんですけど!? 血が部屋中に飛び散ってるんですけど!?


 「ええ、これで分かったでしょう? あなたはもう死んでいるってことを」


 「まぁ、この現状を見たら認めざるを得ないけれど……。それで僕は君のせいで絡繰とやらになったと」


 椿さんは僕の頭をつかみ、首と繋げながら言葉を紡ぎだした。


 「殺した理由はあなたが見た通りよ。私のことを殺しにきた絡繰を返り討ちにしたところを見られたから」


 そう、彼女は襲われていたのだ。少なくとも僕にはそう見えた。


 「結局さ、絡繰ってなんなの?」


 首と頭が繋がり、しっかり動かせることに心底驚きながら僕は尋ねた。


 「椿家に千年前から伝わる術よ。死んだ生物に力を与えて、使役することができるの」


 「力って?」


 「…………、身体能力が高くなるの」


 少しの間を置き、俯きながら彼女は小さく呟いた。少し顔が暗くなったようにも見える。

 僕は触れられたくないのだろうと思い、他に気になっていることを尋ねた。


 「じゃあ、何でさっき僕の頭を蹴ったの?」


 「さっきサッカーの試合を見ていてね。私もやりたくなったのよ」


 椿さんは、暗かった表情などなかったかのように、真顔でそう言い放つ。


 「はぁ!? そんな理由で!? ──ってか、ちょっと待って。今、サッカーって言った? もう試合終わったの!? 僕どれくらい寝てた!?」


 「二十時間くらいかしら。よかったわね、休日で。それにしても、さっきのシュートなかなかよかったんじゃないかしら。きっと生首サッカーがあれば私は日本代表ね」


 「どっちが勝ったの!?」


 椿さんの冗談を聞く余裕もなく僕は食いぎみに試合の勝敗について尋ねる。


 「あら、そんなに気になるの。どうしようかしら。教えてあげてもいいけれど」


 「じゃあいいよ、自分で調べるから!」


 そう言って僕は、枕元においてあったスマートフォンを手にとり、試合の結果を検索した。


 「って、勝ってんじゃん!! 日本が!? スペインに!? うわー、リアタイで見たかった~」


 「ええ、そうよ。勝ったのよ、実は。素人目に見ても、彼らなかなか良くやったと思うわ」


 椿さんは、どや顔を僕に向けて、偉そうにそう言った。


 「なんでそんなに上から目線なの……」


 「それにしてもあなた、サッカー好きなのね。何だか意外だわ」


 「見るのが好きなだけだよ。中学の時まではやってたけど、向いてなかったし。今は帰宅部だよ」


 「そう、よかった。部活に入ってたらやめさせないといけないところだったわ」


 「なんでそんなことまで君に決められないといけないのさ。ただでさえ君に殺されたっていうのに」


 「さっき言ったでしょう? 絡繰の身体能力は人間よりも遥かに高いの。その身体で試合にでも出てみなさい。相手を何人か殺しかねないわ。それに部活なんてしてる時間、私たちにはないも────」


 彼女は台詞の途中で、『ピンポーン』とベルが家中に響いた。


 「誰だろう。ごめん、僕ちょっと出てくる」


 そう言って僕は玄関へと向かい、扉を空けた。

 途端。


 「うわっ!?」


 空けた扉の隙間から伸びた拳が、僕の頬を掠めた。僕は思わず尻餅をつく。

 その拳がゆっくりと閉まり始めていた扉の隙間に手を差し込み、勢いよく開く。

 そこに立つのは一人の少女。その少女が無表情にたんたんと僕に言葉を投げ掛ける。


 「椿 蘭菊を出せ」


 「椿さんの知り合い……?」


 「椿 蘭菊を出せ」


 少女は機械的にただ繰り返す。そんな少女に僕は恐怖を覚えた。


 「君は誰さ」


 「…………」


 少女は尻餅ついた僕の横を、無言で通り抜けようとする。


 「音がしたから来てみれば。それは絡繰よ、絡奇くん。それも量産型のね。許可するからやってしまいなさい」


 背後から響く凛とした声に少女が動きを止めた。椿さんだ。椿さんの声が後ろから聞こえた。振り返ると椿さんは手に持っている刀を僕に投げつけてきた。

 慌てながらも僕は思わずその刀を受けとる。


 「やるってなにをさ!?」


 「もちろんあの絡繰を倒すのよ。安心しなさい。身体は私が操るから」


 彼女がそう言うと、僕の身体は意思に反して受け取った刀を鞘から引き抜いた。

 声を出そうにも、口が動かない。

 身体も自由に動かない。さっきと同じだ。椿さんに頭を蹴られた時と。

 『身体は私が操るから』。彼女はさっきそう言った。『あなたは私の絡繰ということよ』、とも言っていた。絡繰つまり人形。僕は椿さんの操り人形というわけか……。

 椿さん曰く、目の前の少女も絡繰と言っていた。ならこの子も誰かに操られていると言うことだろう。


 「ここじゃ狭いわね」


 そんな僕の口から思ってもいない言葉が小さく放たれた。僕の身体は左横に立つ少女に向けて、左手に持つ刀の鞘を少女の服に引っ掛け扉から外に投げるように放り出した。投げられた少女の後を追うように、僕の身体も外へ駆け出す。


 「これがお前の絡繰か? 椿 蘭菊」


 アパートの三階から飛び出し、近くの建物の屋根に着地した少女が尋ねるようにそう言うと、僕の口は意思に反して動いた。


 「ええ」


 この事から合点がいった。少女は見た目に反して随分乱暴な物言いだと思っていたが、おそらくこの子のことを操っている人の言葉だろう。 

 さっきの小さな呟きや今の頷きなど、僕の口から椿さんの言葉が出たのと同じように。


 この短いやりとりのすぐ後に、僕の身体は再び動き出す。


 刀を構え、少女の絡繰に向かい屋根の上を駆ける。対する少女は素手だ。

 僕の身体は、少女の目の前までたどり着き刀を振り下ろそうとすると、少女は一歩踏み出し、カウンターを仕掛ける。

 僕の身体は刀の構えを変え、少女のけんと僕のけんが交わる。


 なるほど、確かに椿さんの言った通りこんな身体でスポーツでもしようものなら人を何人か殺すことになってもおかしくない。

 それほどまでに、僕と少女の動きは人間のそれとはかけ離れていた。

 そんな攻防もわりとすぐに終わりへと向かった。刀が少女の左腕を肩から切り飛ばし、そのままの流れで時計回りに円を描くように首も切り飛ばした。

 左腕と生首が周囲に血を撒き散らして、屋根の上に転がる。身体も少し遅れて膝をつき、そして倒れた。

 足元まで転がってきた少女の生首がにやっと不気味な笑みを浮かべると、僕の身体はそんな少女の頭蓋に刀を突き刺した。

 そして、頭蓋から刀を引き抜き振り返ると、そのまま僕の家に向けて駆けた。


◆◇◆


 そんな二体の絡繰の攻防を、離れた建物の屋根から眺める二人の影が眺めていた。

 一人は少女で、一人は少年。どちらも大人びた風貌をしているが制服を身に付けている辺り、高校生だろう。


 「追わなくて良いんですか? 蘭菊様の絡繰、やっぱり受勲スカラ使えませんよ」


 少女が少年に問う。


 「問題ない。どうせ居場所は分かってんだ。いつでも殺れる。それと、お前はいつまで落ちこぼれ相手に様付けでよんでんだ」


 「すみません、癖で。なんせ椿家本家のご子息様ですし」


 少年の威圧的な言葉に少女は薄く笑い、そう呟いた。

 そんな少女の言葉に少年は口角をぐっと吊り上げ、叫ぶ。


 「だが、今は本家も分家も関係ねぇ!! 倶利伽羅くりから戦争において俺とあいつの立場は平等だ!!」


 「ええ、そして私たちの方が彼女たちより圧倒的に強い。いつでも命令を下されば殺しに行きますよ。あなたの第一絡繰ファーストとして」


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