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江戸怪奇譚集

煙管の番頭

作者: 大野 錦

 せっかくシリーズ物を作ったのだから、これは充実させて行こうと思っています。

煙管(キセル)の番頭



 文政の終わり頃の話である。

 京橋にある大商家で、十歳の頃より、奉公に出て、遂に三十歳前に番頭にまでになった、男が居た。

 番頭ともなると、住み込みでは無く、自宅を構え、其処より職場の商家へ通い、多くの使用人や奉公人にあれこれと指図をする。


 又、自宅を構えたので、彼は結婚をし、其の生活は羽振りが良い、とまではいかなくても、大江戸八百八町の住民の大多数と比べると、十分に余裕のある暮らしだった。


 番頭とも為れば、上等な羽織を着こみ、そして彼は常に煙管を手にしていた。

 この煙管、大部分が鉄で出来ている。

 そして、鉄で出来た物である刀を持ち歩く事が許されているのは、謂うまでも無く武士だ。

 つまり、成功した商人などは、この様に刀に代わる鉄をぶら下げ、宛ら武士の様に気取る物なのである。


 さて、この番頭。単に気取りから煙管を持ち歩いていた訳では無い。

 今で謂う、チェーンスモーカーで、仕事中でも、家でも煙管が手放せなかった。

 商家の旦那は、この仕事が良く出来る番頭を可愛がり、彼の喫煙を許していたが、彼の妻は大の煙草嫌いで、何とか夫に喫煙を辞めさせ様としていた。



 既に江戸時代の初期から、人体に対する喫煙の害や、更には受動喫煙の害を警鐘する医師などがいた。

 だが、因り深刻なのは、火災であろう。

 「火事と喧嘩は江戸の華」と謂っても、実際に火災が起こったら大事だ。

 妻はこの番頭に何度も喫煙を辞める様にと懇請した。


「お前さん。お煙草は程々にしておくれよ。若し火の不始末で、火事になったら如何すると謂うんですか」

「莫迦やろうめ。俺ぁ、そんなドジはふまねぇよ。大酒呑みでもねぇんだからな」

 そう、この番頭、煙草は大好きだが、酒は嗜む程度。酔って火の不始末を起こす事は、先ず無いのであった。


「でも、聞いたかい、お前さん。最近じゃ、金目の物を狙う盗人が、多いと謂うじゃありませんか?私も最近それを聞いて、銀の(かんざし)も付けず、大事な処に仕舞ってあるんですよ。その煙管も相当なもんなんでしょ」

「成程、お前ぇが、あまり着飾らねぇでいたのは、その盗人を怖れてのことかい。てやんでぃ、盗りに来るなら、来いってんだ」

「滅多な事を言うもんじゃありませんよ。高価な物なんだから、使用は止めて、大事な処に控えて下さいな」


 然し、番頭は相変わらず、朝起きてから、夜寝るまで、煙管を手放す事は無かった。



 ある日、番頭が商家から自宅に戻ると、妻がおいおいと泣いていた。

 理由を問うと、大事にしていた銀の簪が盗まれていた、と謂うのだ。

「夜中じゃあなく、お前ぇが昼間出かけていた時に、盗まれったって訳かい」

「そうだよ。憎たらしいたら、ありゃしませんよ」


 実は、この女房。一計を案じてこの簪を、とある草地の中に、自身で隠していたのだ。

 恰も、貴重品が盗まれる不穏なご時世だと、夫の番頭に注意する為に。

 そして、ある日、番頭は煙管を持って行かず、商家へと出勤した。

 時折、お偉い武家や、御贔屓にしている富豪相手の取引には、流石に番頭、煙管は持って行かない。

 女房は家の夫の部屋から、例の煙管を見つけ出し、自分が隠した簪と同じ草地の場所に埋め、又も盗賊に盗まれた、と一芝居をうったのだ。

 これで、煙草の煙から解放されると、女房は御満悦だった。



 何時まで経っても、夫の番頭は帰ってこない。

 女房は、勤め先の商家へ、夫の所在を尋ねたが、商家の旦那は、きちんと昨日の夕に帰宅して行った、と述べるだけ。


 怪しんだ女房は、夫が煙管を探しに行ったのだと思い、先ず自宅で煙管を仕舞った箇所を確認したが、仰天する。

 取り出して、隠したはずの煙管が在るではないか。


 急いで、埋めた筈の草地に赴く女房。

 其処には人だかりが出来ていた。

 何でも三十過ぎの男の死体と、銀の簪が出て来て、一体誰がこの死体遺棄事件を起こしたのか、と岡っ引き共が不審がっている。

 男の死体は、例の番頭。簪はその女房の物だ。


 当然、女房は取り調べを受けたが、証拠不十分で、程無く釈放された。

 この文政の終わりごろには、色々と盗賊騒ぎが起こったが、その中でもこの一件は、極めて奇妙な事件として、奉行所にて長く語り継がれていた。


 オチらしいのオチがないのは、初回の高祖父さんの原稿のせいなのです。

 これじゃあ、ボツはくらいますよね。


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