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4.旅に出るわ! それが最良の選択




結局昨夜の一件の後にオペラを見る事は出来なかった。

苦虫を噛み潰したような表情のローランドに「ダメに決まっているだろう」と一蹴されて、伯爵家の馬車でラルーの邸宅まで送られた。

ローランドは私に腹を立てていてもオペラ会場に私を置き去りにしたりしなかったが、向かい合って座った馬車の中では一言も会話が無かった。

あの時ほど気まずい時間が過去にあっただろうか?



そして私は今、自分の部屋を行きつ戻りつうろうろと動き回っている。

ベッドの上に置かれた鞄の中に必要な物は全て詰めたけれど、ローランドから贈られた本や装飾品は置いていった方が良いのだろうか?

私としてはローランドとの思い出の品だし、すごく気に入っていたので手放したくないのだけれど。



そうして悩んでいた時部屋のドアをノックする音が響き、返事を返す間もなく弟アラステアが部屋に入って来た。

アラステアは私より一つ年下の18歳。

ラルー家の跡取りである彼は学ぶべく今は外国へ留学しているが、私の婚約を期に一度帰国して結婚式が終わるまで屋敷に居る予定だった。

淡いブロンドの巻き毛も琥珀色の瞳も私のものとよく似ているが、アラステアは私よりもだいぶ背が高くて顔つきも体格も男らしい。


「姉上。昨夜のオペラは楽しめましたか?

‥‥‥旅に出るのかと勘違いする量の荷物だけど、何をしているの?」


「そうなの、旅に出る事にしたのよ。

昨夜ローランドに婚約破棄されたから」


「‥‥はぁ!? 昨夜は二人でオペラを見に行った筈では? どうして婚約破棄なんて話になったんです?」


「アル、声が大きいわ。誰かに聞かれたら大変な事なのよ。

‥‥ちょっとした不運があったのよ。 理由は話す程の事ではないけれど、とにかく少しの事件が。

それでローランドを怒らせてしまったの」


「恐ろしくて"ちょっとした不運"の詳細は聞く勇気はありませんが、姉上の勘違いではないですか? ただの喧嘩でしょう。

婚約破棄なんてライサム伯爵がするとは思えませんが」


「でもはっきりと婚約破棄を申し渡されたわ」


「‥‥‥仮に本当に婚約破棄されたとして、どうして姉上が旅に出る必要があるんです? まったく関係ないように思えますが」



関係はある。 両親はローランドと私の婚約をとても喜んでいたのだから。何と言っても彼は伯爵だし、私の衝動的な性質を目にしてもその後会った際に私の事を無視したりしなかった。

昨夜の彼を見るに、心が広い訳では無いようだが。


それなのに今更ローランドとの婚約は破棄された等と言ったら両親は酷く腹を立てるに決まっている。

事態が落ち着くまで元凶である私は身を隠しているべきだと思った。



「まだお父様とお母様はこの事を知らないの。 でも私が言わなくても二人が婚約の件を知るのは時間の問題だわ。 二人共私とローランドの婚約を喜んでいたから、私のせいでがっかりさせたくないのよ」


「確かに二人は卒倒するでしょうね。でもそれだけです。

父上は姉上に苦言を呈したら、また次の結婚相手を見つけるだけ。

幸い僕達ラルーの家は資産があるし、姉上程の美しさがあれば婚約破棄を聞き付けた紳士達が挙ってこの屋敷に訪問しに来ますよ。

今度こそ姉上の婚約者になる機会を得ようと考えてね」



問題はそこなのだ。こうなっては両親達は今度こそ娘と貴族の紳士を結婚させようと躍起になるだろう。


けれど困った事に、私はローランド以上に夫になって欲しいと思う人は永久に現れないだろうとわかっている。

ずっと見つめて、見つめられていたいと思うのは彼の珍しい淡紫色の瞳だけなのだ。他の紳士ではだめ、ローランドでないと。



此方の様子を伺うように見つめていたアラステアは私の言わんとしている事を理解したらしく一つため息をつく。


「わかりました、僕が伯爵に確認してみます。 でも先ずは落ち着いた方が良いでしょうね。 温かいお茶と軽食を持ってこさせます。 姉上はここで待っていてください」



それだけ言うと体の向きを変えて部屋を出ていこうとし、そして警戒するような面持ちでもう一度振り返れば眉を吊り上げながら釘を刺すように言い足す。



「いいですか、ここに居てくださいね。絶対ですよ。 おかしな考えは止めて此処でお茶を飲んで、僕が戻るのを待っていてください」


「アル、そんなに何度も言わなくてもわかっているわ」



部屋を出ていくアラステアの背中を見送って心の中でゆっくり十秒数えた後、ベッドの上にあった鞄を出来る限り静かに窓の外の地面へと放り投げた。

気遣ってくれたアラステアには悪いけれど、ローランドに会ってもう一度はっきりと婚約を破棄されるなんて耐えられない。

あのような酷い体験は一度で十分だ。



三階から落ちた鞄は大きな音を立ててしまったけれど屋敷は広いから弟に聞かれる事は無いだろう、その為に十秒も待ったのだから。

窓から下を覗いて見ると何故か何時もより高く感じる。

一瞬だけアラステアの言う通りにしようかと悩むが、今は纏めてある大きくて頑丈そうなカーテンを目にして再び決意が固まった。

カーテンを外側に垂らせば近くの木に移れそうだと判断するなり早速決行してみる。



結果的に言うと、カーテンをとめている金具が幾つか外れて驚いたせで、近くの木に移る前に手を滑らせて落ちてしまった。

けれど運が良い事に下にあった葉の生い茂った生け垣と、動きやすさで選んだ生地のしっかりしたドレスのお陰で大した怪我は無かった。



ドレスに付いた葉を手で払いのけ、鞄と一緒に窓から落とした外套を着る。

そして落ちている鞄を拾い上げると屋敷の裏口へ向かって駆け出した。




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