8.杖を使う落ちこぼれ
本日一話目の投稿です。
よろしくお願いします。
ゾストール学院は成績順にクラス分けがされているが、各学年で一番上に君臨しているのが、特別クラスだ。身分を問わず学業や能力の高い者が選ばれるが、それはあくまでも建前だ。クラスの多くを占めるのは、高位貴族の子供達なのだから身分がものを言うと指摘されても仕方がない。
入学試験が首席だったソアセラナはもちろん特別クラスだ。各科の共通授業を一緒に受けるクラスなので、同じ魔法科のナディエールはもちろん騎士科のグレイソンも一緒だ。そして、ヒロインであるデリシアも。
シナリオ通りなら首席入学のはずのデリシアは、ソアセラナ、グレイソン、ナディエールに次ぐ四番目の成績だった。だが、魔力が大きく癒しの力に長けている点は、シナリオ通りだ。
逆ハーに持って行くために、デリシアと四人の攻略対象との仲を取り持つ必要がある。そのためには、まずヒロインであるデリシアと仲良くなり、さりげない誘導が必要だ。
と言う訳で、今日のソアセラナの任務は、デリシアと言葉を交わすこと。入学二日目なので、とりあえず多少はお近づきになりたい。
同じクラスだが今のところデリシアとは接点がなく、彼女の性格は不明だ。シナリオ通りだと、何事にも一生懸命で分け隔てなく人と接する心優しい女性らしい。とても好感度が高いではないか!
後ろからデリシアに近づくと、声をかける前にクルリと振り向かれた。おまけに理由は分からないが、ソアセラナは物凄く睨まれている。
「ちょっと貴方、たまたま入学試験が首席だったくらいで随分と偉そうね?」
(えっ? 私のこと、だよね……? 嘘、偉そうだった? クラスの人から「魔力なし」って見下されて、遠巻きにされているけど?)
予想外の反応にソアセラナが呆然としているとデリシアは、まだまだ殺傷力強く噛み付いてくる。
「貴方は魔力がないのでしょう? 学院にいること自体あり得ないのに、特別クラスにいるなんて絶対におかしいわ! 貴族だからってズルしないでよ! どうせ首席だって、お金で買ったに決まっているわ!」
デリシアのヒステリックな声は、クラス中の注目を集めるには十分だ。魔力のないソアセラナを否定するクラスメイト達が、ニヤニヤと嘲笑を浮かべながら二人の会話の行方を追っている。ソアセラナが貶められるのが楽しくて仕方がないのだ。
しかし、教師が入って来たため、二人の会話はそこで中断した。教師は何も言わないが、ソアセラナを見る目で、他の生徒達と同じ考えなのが分かる。
魔力のない者が、自分達より成績が上なのが気に入らない。魔力の大きさで人の善し悪しを量るスペンサイド国らしい態度だ。
(まぁ、こうなるのは分かっていたけど……。私がロードレーヌ家の庇護の下いると思われているのは、本当に苦痛)
クラスのほとんどがソアセラナという異端な存在を認めず、魔力の高いデリシアを中心に結束していた。
ソアセラナ|(魔力なし)とナディエール|(黒い噂しかない悪役令嬢)とグレイソン|(魔法騎士だが可愛い顔立ち)は、クラスで浮いた存在となってしまった。
「困ったわね。なぜか物凄く敵視されていて、全然ヒロインに近づけない」
ソアセラナがそう言うと、ナディエールは申し訳なさそうに眉をひそめる。
「下手にわたくしが近づくと、『虐めた』と言われ断罪から斬首刑になる理由を与えることになるから……。ヒロインに関することは、ラナに任せるしかなくてごめんなさい」
「それは絶対に避けたいことだから、ナディには絶対に近づいて欲しくないの。でも、困ったことに私も、側に寄れば睨まれ拒絶されて。いつだって一方的に文句を言われるだけなんだよね……」
入学式の翌日にデリシアに罵られて以来、二人の間に会話らしい会話はない。
何とか現状を打開しないと、逆ハーなんて到底無理な話だ……。
会話が成立しないのはデリシアだけではない。クラスのほとんどの生徒がソアセラナを敵視している。
グレイソンが騎士科の授業に出て二人だけになると、クラスの目は余計に厳しくなる。
理由は魔力がないソアセラナが魔法科にいて、特別クラスに在籍しているからだけではない。
ナディエールが第二王子に擦り寄ろうとする令嬢を痛めつけるのが趣味な、悪役令嬢だと思われているからだけではない。
ロードレーヌ家が第一王子派で、ハーディンソン家が第二王子派だからだ。派閥の違う二人が仲良くしている光景が、クラスメイトには異様に映る。
貴族は家を重んじる。家が決めたことは、絶対だ。それが今後の自分の将来だけてはなく、一族の未来に影を落とすとなれば、尚更逆らうような真似はしない。
それなのに二人は、家の政治的な方針を無視して行動を共にしている。
いずれ第一王子か第二王子のどちらかが即位すれば、どちらかの家は衰退する。優位に立つ者と落ちぶれる者同士が笑い合っているのが気味が悪く、クラスメイトには全く理解できない。
それはまぁ、そうだろう。二人は斬首刑を逃れるためと魔力を得るために行動を共にしている。ゲームのシナリオの存在を知らないクラスメイト達の理解が及ばなくて当然だ。
スペンサイド国民は身体に魔力を供えているので、念じたり唱えるだけで魔法が使える。だが、ソアセラナの場合は、杖に向かって唱える必要がある。杖から魔法が発動される様子は、生徒達からすると不思議な光景に映るらしい。
魔法実戦の時間になると、クラスメイト達の視線がソアセラナに集まる。いや、ソアセラナが持つ三十センチ程の杖に、視線が集まる。杖は木でできていて、柄の部分の一番下に青い魔石がはめ込まれている。
魔石とは、魔獣の魔力の源である核のことだ。魔獣が死ぬと身体は塵となって消えて魔石だけが残るため、ダンジョンにはゴロゴロしている。
魔力の高い魔獣ほど、魔石の透明度が高く、魔石に多くの魔力が残っている。
澄んだ青空のような魔石は、グレイソンとダンジョンに潜った時に採取したもので、ソアセラナのお気に入りだ。
実はダンジョンにはもっと透明度の高い魔石があったのだが、ソアセラナはそちらには目もくれず、一緒にいたグレイソンを呆れさせた。
杖の原理としては、魔石が魔力の代わりをしている。魔石に込められた魔力が杖を伝って、ソアセラナが命じた魔法を具現化しているのだ。
杖があれば、魔力のない人でも誰もが魔法を使えるか? と言えば、答えは否だ。
かつて魔法を自由自在に操つり高度な魔法の知識を持つソアセラナだからこそ、魔石を魔力の代わりに使いこなせるし、魔法を発動させられる。
そのソアセラナだって、杖を使いこなすには相当苦労したのだ。試行錯誤を繰り返して杖を使った魔法を研究した。いざ実践となれば、血の滲む特訓を積んで今に至るのだ。何度エルを相手に涙と不満をこぼしたから分からない。
クラスメイトから冷えた好奇の視線を受けながら、ソアセラナは今日も杖を使って魔法の課題をそつなくこなす。
初めの頃はソアセラナの失敗を待つ視線に緊張したが、今はもう慣れたものだ。何をしたってしなくたって文句を言われるのだから、気にしたところで意味がないナディエールに言われ胸が軽くなった。
今日もソアセラナがミスすることなく授業終了のチャイムが鳴り、クラスメイトが不満で顔を歪める。いつもの展開だが、ここまで自分の存在が許せないのかと思うと、ソアセラナは呆れを通り越して感心してしまう。
そんなソアセラナの前に、隣の教室で授業を受けていた第一王子がいつの間にか立っていた。
(できるだけ関わりたくないのに、どうして……?)
「杖がないと魔法が使えないのか……」
第一王子のこの一言に、教室中でがクスクスと笑いが起こる。たった一人、殺気立ったナディエールを除いて。
ナディエールが得意なのは炎を扱う魔法だ。下手したら教室のそこかしこで発火しかねない! ソアセラナは隣に座るナディエールの手を強く握って、早まった行動をしないように止める。
二人が一緒にいる所を一度も目にしたことはないが、ナディエールは一応第二王子の婚約者だ。第二王子の婚約者と第一王子がやり合ったとなれば、大問題に発展する。斬首刑が頭をよぎったソアセラナは、必死に目で「駄目だ!」と訴える。
ソアセラナが国を揺るがす大事件を未然に防いでいるというのに、空気を読まない貴族の子息が第一王子を味方につけたと思い調子に乗った。
「魔力なしが杖なんかを使って調子に乗るから、貴族が優遇されていると言われてしまうのだ!」
教室の至る所で、ソアセラナを嘲笑う声が沸き起こる。
「どういうことだ?」
第一王子の固く冷たい声が、下卑た教室内に静かに響いた。だが、気の緩んでしまった生徒達は第一王子の顔色など見ず、自分達の味方だと信じて疑っていない。
「魔力のない者が学院に存在すること自体があり得ないのに、この特別クラスに在籍しているなんて、もっとあり得ないってことです!」
クラスメイトが自分の意見を支持していることに気を良くしたデリシアもまた叫ぶ。
「貴族だからって優遇されているんだわ! 魔力のない者など、この国ではゴミクズ同然なのに!」
笑い声とソアセラナへの中傷が飛び交う。ソアセラナは慣れたもので、顔色一つ変えないし、何を言っても無駄だと分かっているので反論もしない。
ナディエールから怒りで燃える目を向けられてやっと第一王子は、ソアセラナにこんな思いをさせているのが自分だと気づいた。
「ソアセラナは首席だぞ?」
そう言った第一王子の声には、真っ黒な闇がたなびいている。全てを凍てつかせる青い瞳で生徒達を一人ずつ見回すと、生徒達の心に黒い不安が植え付けられた。
「ソアセラナの成績は、お前達の誰もが遠く及ばないものだと知っているだろう?」
教室がしんと静まり返り、誰もが顔を上げられずうつむいたままだ。
そんな中、流石ヒロイン! と言うべきか……。デリシアはめげずに第一王子に訴える。
「ですが、魔力がありません!」
第一王子の切れ長の青い瞳が細められ、背筋が凍り付くような冷たい視線がデリシアに向けられた。
「自分の意思で的確な魔法を発動させるだけでも難しいのに、ソアセラナは自分の意思と魔法の間に杖を置いた状態で、あれだけ正確に魔法を発動させるのだぞ? それもこの特別クラスの中でも劣らない魔法をだ。どうして特別クラスに相応しくないなどと言える? 理由を教えて欲しいくらいだ」
第一王子は無表情だが不機嫌さは隠せていない。
自分に賛同してもらえると思っていたデリシアは、予想外の展開に言葉を失っている。それ以外の生徒達も選択を誤ったことに気づいて、震え上がっていた。
第一王子の感情のこもらない怒りに凍てついた教室内、恐怖に血も凍りついた生徒達。
この惨状を前に、第一王子も冷静さを取り戻したようだ。王族として、誰かを贔屓するなんてあってはならない。
「ゾストール学院は身分もなく平等だ。クラスだってその者の能力に合わせて割り振られている。下らないことを言って、自分の品位を落とすものではない」
そう言うと、何事もなかったように教室を後にした。
第一王子が去ると、他の生徒達もソアセラナと目を合わせないように無言のまま教室を出て行った。
「何なの? 第一王子? ラナを侮辱されて切れるぐらいなら、最初からあんなことを言わなければいいのに!」
「私を笑い者にしたかったのだから、人前で言わないと意味ないんじゃない?」
ソアセラナの顰め面に、ナディエールはキョトンとした顔を向けた。
「うーん? 笑いものにしたいのだったら、ラナを擁護する発言するかしら?」
「確かに庇ってもらったよ? でもさ、最初から私に関わらなければ良くない? 第一王子が『杖を使わないと魔法を使えないのか』なんて言うから、みんなが喜んで食いついたんだよ」
第一王子が余計なことを言ったせいで、ソアセラナが不快な思いをしたのは間違いない。それにはナディエールも異存はないのだが、気になる様子も目にしてしまった。
「ラナが杖を使っているところを、初めて見たんじゃないかな? 第一王子は自分がラナの魔力を奪ったことを再確認したのよ。聞いているのと、実際に目で見るのじゃ罪悪感だって大違いでしょ? その証拠に、手なんて少し震えていたもの」
(罪悪感? 第一王子が? 勝手に魔力を失った私に呆れ返っているのに……? あり得ない!)
読んでいただき、ありがとうございました。
まだ続きますので、よろしくお願いします。