6.雑魚キャラ第一王子
よろしくお願いします。
第一王子を助けた数日後、父親に引きずられたソアセラナは無理矢理王城に連れて行かれることになった……。
魔力を失ったショックや、黒馬を殺してしまった罪悪感から全く回復できておらず、ソアセラナはまともに話ができる状態ではない。親の後ろに隠れて、涙を堪えているのがやっとという状態だ。
父親な後ろでうつむくソアセラナに対して、苛立ったように自分の髪を握り締めた第一王子は「別にお前が助けてくれなくても、自分で何とかできた」と言い放った……。
その言葉は、控え目に言っても、身体に雷が落ちたくらいの衝撃だった。
(第一王子も魔力が大きい。きっと私より勉強もして訓練を受けているから、自分のことも黒馬のことも守れたんだ……。なら、私のしたことは? 黒馬を殺して、勝手に魔力を失って、第一王子に迷惑をかけただけ。私の助けが必要だと思うなんて、勝手な自己満足だった。国で一番魔力が大きいと言われ、私は自惚れていたんだ……恥ずかしい。もう、消えたい……)
「ふざけんな! クソ王子! あいつはクズね! ゲームにいない理由がよぉく分かったわ!」
怒りに震えるナディエール右拳が、ピンクのクッションに突き刺さる。
「いい、よく聞いてね。私の知るシナリオでは、六年前に黒馬の暴走で第一王子は死ぬの。自分で何とか出来たなんて妄想もいいとこよ。何もできずに死んでいく雑魚キャラなのよ! だからラナが気に病むことなんてない。ラナが助けなかったら、確実に死んでいたんだから! それが分からずにのうのうと生きているなんて、許せないわ!」
ナディエールは「あの野郎、どうしてやろうか!」と復讐案を練り始めている。
「私のしたことは、無意味なことじゃなかったんだね」
「当たり前よ! 人二人の命を救ったのよ! 王家に関わる陰謀を阻止したのよ? もっと褒め称えられるべきよ!」
「でも、私を恨んだ人も多くいた」
その言葉にナディエールは息を呑む。ソアセラナの言う通りだからだ。
第一王子の暗殺未遂事件は王城に衝撃を及ぼした。
誰がやったかなんて、利害関係から一目瞭然だ。もちろん、側妃とその生家であるヘイル侯爵家を筆頭とした第二王子派だ。だが、罰するに足る証拠がなかった。そんな状態で、第一王子派が下手に騒ぎ立てれば一触即発だ。穏健的な王妃がそれを望むはずがない。
だから、暗殺未遂事件は伏せられ、無かったことにされた。
建国以来の魔力を持った未来の大魔法使いは、人知れずひっそりと表舞台から消えるしかなかった……。
「確かに殿下には酷いことを言われたけど、それは私の父親のせいでもあると思う」
ソアセラナの両親は、気が小さく魔力も小さく能力も政治力もない人達だった。そのくせ、出世欲は人一倍あり、権力を欲する思いは人の何十倍もある。
そんな自分は何も持たないロードレーヌ侯爵には、とっておきの飛び道具があった。ソアセラナだ。国に必要な魔力を持った娘を武器に、大きな権力を得ようと画策していたのだ。
当時のロードレーヌ侯爵は第二王子派に属しており、暗殺計画にも加担していた。にもかかわらず娘が暗殺計画をぶっ潰し、第一王子を救ってしまった。
第二王子派の誰もが、ロードレーヌ家が第一王子派に寝返ったと怒りを露わにしている。小心者のロードレーヌ侯爵は、周囲の目を恐れ全く上手く立ち回れずに追い詰められていた。
そんな時に第一王子からの呼び出しを受け、安易に第一王子派への寝返りを決めてしまったのだから、やっぱり考えなしだ。
恐ろしいことに、どうせ寝返るのなら今回の件を利用してのし上がってやろうと侯爵は考えた。
「国に大きく貢献できる魔力を持った娘が、命よりも大事な魔力を賭して守ったのだから、第一王子殿下の妃にしてもらいたい」
臣下が王子にそう要求するつもりだったと言うのだから、本当に手に負えない。
だが、第一王子に娘の行動は不要だったと出鼻を挫かれてしまえば、小心者のロードレーヌ侯爵は何も言えない。
結果として第一王子に「ロードレーヌ家長男のオスカーを側近にする」と言わたのだが、断れるものなら断りたかった。息子が側近の一人になったくらいでは、第一王子派の中で中程度の力しか手に入れられない。それでは命懸けで第二王子派から寝返った意味がないではないか!
不満で震えそうな父親は、自分の後ろで声もなく涙を流す娘など全く見えてない。
誰も気にも留めていないソアセラナを見つめていたのは、第一王子だ。
ソアセラナが泣いているのは、明らかに自分のせいだ。だが、自分の発言を訂正する気はない。困った第一王子は、空色の瞳をソアセラナに向けると一つ約束をした。
「お前が魔力を失ったのは残念だ。魔力のないお前でも暮らせる国に変えてみせる。約束するから、安心しろ」
そう言ってくれた第一王子の瞳は優しくて、ソアセラナの心が温かくなる。だが、幼いソアセラナでも、第一王子の約束が決して守られないものだと分かっていた。
魔力がないと生きていけない国が、スペンサイド国だ。
魔力のない者が暮らせるようになるなんて、そんな国を根底から覆さなといけない真似ができるはずがない。
そんなことは、例え王族だって、できるはずがないのだ。
それでも、気安めだと分かっていても、ソアセラには嬉しい言葉だった。
「とにかく、第一王子はクズね。いくらロードレーヌ侯爵を牽制する必要があったとはいえ、命の恩人を傷つける必要がある? 挙句の果てに、守れない約束でフォローを入れるなんて……。クズ以下だわ」
第一王子に対して怒りを露わにするナディエールが、ソアセラナには不思議でならない。
「ナディは何で怒っているの?」
「えっ? 何でって? ソアセラナは魔力を失ってまで第一王子を助けたのに、恩を仇で返す酷い仕打ちを受けたのよ。腹が立つでしょう?」
(家族は魔力を失った私に怒りをぶちまけ、魔力がないなら価値がないと国から追い出した。魔力のない私は、どこに行っても拒否された、らいまわしにされたのに……。魔力を失った無力な私のために怒ってくれる人が、この国にもいたなんて以外だわ……)
「私がこの国に存在する理由は魔力が大きいからだった。それがなくなったのだから、興味が失せてゴミ以下の扱いを受けるなんて、スペンサイド国では当然のことなんだと思ってた」
ナディエールは言葉を失った。
ソアセラナは自分の言葉が当たり前だと信じて疑っていない。そして、残念ながらスペンサイド国は、魔力至上主義でソアセラナの言った通りの風潮がある。
九歳で国に捨てられたソアセラナを思うと、ナディエールは息ができなくなるほど苦しい。
何もないところから這い上がる苦労はナディエールも知っている。知っているからこそ、ソアセラナの人の良さや穏やかさは驚きでしかない。
底辺を這いずったら、もっと殺伐として、もっと狡猾な交友術を身に付けるものじゃないの? そう思えてならないのだ。
前世の記憶があるナディエールは、魔力が全てという考え方は持っていない。だが、今まで何も考えていなかったのだと、ソアセラナの話で気づかされた。この国の偏った思想を平然と受け入れていた自分が許せない。何を持っているかで人を判断したりしない。今世では絶対にそうであろうと思っていたはずなのに……。
この国から捨てられ、この国の人間を恨んでいてもおかしくないソアセラナ。それなのに、腐ったこの国の人間であるナディエールの話を受け入れ、協力してくれると言う。
絶対にソアセラナの味方でいて、絶対に魔力を取り戻させるとナディエールは強く誓った。
「魔力がないからってゴミ以下だなんて考え方自体が、おかしいのよ。ラナをそういう扱いした全ての奴等が、ゴミ以下だと思うわ!」
でも、どうしようもなく腐ったどうしようもない奴が、のうのうと生きているのもナディエールは知ってる。そういう奴は絶対にろくな人生送れないし、後悔して死ぬことになるのも知っている。
「明らかに怪しいわたくしに協力してくれるお人好しのラナに、感謝しているわ。地獄を経験しても心を堕とさなかったラナを尊敬する。とにかく、わたくしにとって魔力なんて関係ないわ! ラナはラナよ!」
ポカンと呆気にとられた顔をしていたソアセラナの顔に、笑顔が広がった。
「ありがとう。この国で、そんなことを言ってくれる人がいるなんて思わなかった。嬉しい!」
お互いに笑い合う二人に、エルが「ニャー」と鳴いた。「話の続きはどうなったんだ?」と言われているようで、二人は顔を見合わせて「これからの計画を話し合わないとね」とエルに向かって微笑んだ。
何度も深呼吸を繰り返したナディエールは、何とか平静に戻ろうと必死だ。
ソアセラナといられるならシナリオなんてどうでもよい気がしたが、一緒にいられるのがあと一年では困るのだ! ずっと笑い合っていられるためにも、何とか斬首刑を回避し、ソアセラナにも魔力を戻さないといけない。
「とにかくシナリオ上では死んでいる第一王子が生きているのが、大きな齟齬を生んでいるのよね。第一と第二で王位継承争いしているのが、全ての根底にあると思う。シナリオでは第二王子が王太子で、第一王子派は失脚してるのよ。その影響なのか、第二王子も性格が全く違うわ」
前世のナディエールにとって、ゲームはあくまでも暇つぶしだった。だから、どの攻略対象がお気に入りという感情もない。でも、ゲームのメインヒーローである第二王子は一番最初にプレイした相手で、何となく思い入れはあった。
「シナリオでは『死んだ兄には勝てねぇ』っていじけるけど、立派な王になって見返してやるという根性はあるの。不貞腐れながらも、勉強や帝王学にはしっかり取り組むのよ。傲慢だけど最低限のヒーローとしての要素は持ち合わせていたわ。でも、今はねぇ……見る影なしよ。私は別人だと思ってる」
ナディエールのため息が、第二王子を物語っている。
第二王子の評判は「平凡王子」だ。勉強も魔力も剣術もやる気も平凡。
見た目は金髪にグレーの瞳で背が高く、王子様らしい優男だ。だが、金髪に青い瞳で鍛え抜いた身体の第一王子には何を取っ到底敵わないどころか、もはや戦う土俵が違うと言っても過言ではない。
「あれは、母親の差が大きいと思う!」
ナディエールは、確信した表情で言い切った
故郷が滅んだとはいえ王女として誇りをもって育った王妃と比べ、側妃は我が儘放題に育てられた。側妃としての仕事はできないのに、生家の力が強いため王妃の権力は手にしている。
そんな甘ったれた母親に甘やかされたせいで、第二王子は立派な利かん坊に育ってしまった……。兄である第一王子に対抗意識は燃やすも、勉強も剣術も何をしても敵わない。魔力も平凡で、兄には遠く及ばない。
なのに、自分が本気を出せばいつでも追い抜けると思っている……。側妃が常に「貴方が王太子になるの」と言っているので、もちろんそうだと信じて疑っていない。
「わたくしだって何とか婚約を回避しようとして必死に足掻いたのよ? でもまぁ、ハーディンソン家は国で一番勢いのある家だから、第二王子派は何としても我が家を取り込みたくてしつこかった。だから諦めていたけど、婚約を言い渡された日はショックで寝込んだわ。死なないのであれば、一日でも早く婚約破棄したいわ!」
「ナディは魔力も身分も高いけど、第二王子に婚約破棄をされたら、さすがに次の結婚は難しくなるんじゃない?」
第二王子との婚約破棄は賛成だが、ナディエール自身への傷は最小限に抑えたいところだ。
「ハーディンソン家はね、本当はわたくしを第二王子妃になんてしたくないの。我が家にはわたくししか子供がいないから、直系の血を受け継いでるわたくしに婿を取って継がせたいのよ。可愛い娘であるわたくしを、自分の手元に置いておきたい気持ちも強いの」
「……言いにくいけど、最悪の場合、第二王子がハーディンソン家に婿入りする可能性もあるよね?」
ナディエールの赤い瞳が色を失い、天井を仰いだ。婚約破棄ありきだったので、婿入りは考えていなかったようだ。
「それは……絶対に阻止したいわ!」
「絶対に阻止しよう!」
二人は強い決意で見つめ合うと、固く手を握り合った。
「グレイソンも大分皮肉屋に成長しているわよね? シナリオでのグレイソンは、幼少期は身体が弱くて隣国で静養していたはず。スペンサイド国の守護神と呼ばれ優秀な騎士を輩出するベルスマン家は、騎士らしい険しい強面ばかりの家系。それなのにグレイソンは、真ん丸の琥珀色の瞳が可愛いあの童顔。それを四つ年上の兄に揶揄われて、毎回泣いて立ち向かうけど返り討ちにされてしまうの」
令嬢なら目があったら逃げ出してしまう、そんな強面家系のベルスマン家。そこに突然、天使のような愛らしい子供が産まれた。それがグレイソンだ。
身体が弱いせいで成長も遅く、ベルスマン家特有の屈強な身体も手にできない。剣筋は良いが、圧倒的に力が足りない。そんなグレイソンは兄のストレス発散のいいおもちゃだった。現実のグレイソンもそうであったことを、ソアセラナは何度も目にした。
「ヒロインに『私はその顔が好きよ。剣の腕は顔じゃないでしょう?』と言われ、持ち前の大きな魔力と剣の腕を磨いて最強の魔法騎士を目指し、自分を馬鹿にしていた兄や父を見返すんだけど……」
ナディエールが言葉を濁したのは、グレイソンは兄や父を見返すどころか、既に一目を置かれる存在になっていることだろう。グレイソンの強さは騎士団でも五本の指に入ると言われていて、まともに戦えるのは第一王子と騎士団の上位実力者だけだ。童顔をいくら揶揄われようと、負け犬の遠吠えに過ぎない。
「グレイが静養していた屋敷は私が住んでいた村のそばだったから、偶然出会ったの。童顔なんて気にすることないって話をしたかも……」
かもではない、ソアセラナは確実に話をした。
魔獣の中には可愛らしい容姿に擬態している者がいる。そうやって周りを騙し、相手を油断させておいた後に獰猛な本体となって襲い掛かるのだ。「見た目が相手を油断させるなら、そこに付け込んでやればいい!」と励ました? 記憶がソアセラナにはある。
やってしまったという顔をしているソアセラナに、「だと思った」とナディエールは呟いた。
「こうやってシナリオと変わっていることもあれば、何をどう頑張ったところで変わらないこともあるのよね」
ナディエールは憂鬱な顔で、そう呟いた。
「わたくしは誰も虐めたこともないし、店に嫌がらせをしたこともないの。なのに、ナディエール・ハーディンソンと言えば、悪役令嬢に相応しい悪い噂しか聞かない。わたくしはシナリオ通りの人間にしかなれない。そういう場合もあるのよ。婚約も回避できなかったし、不公平だわ……」
確かにナディエールにまつわる噂は、第二王子の婚約者なことを鼻にかけた我が儘で傲慢な公爵令嬢だ。実際のナディエールは全く違うのに、不思議なくらい噂が独り歩きしている。ナディエールはそれを「シナリオの強制力が働いているのよ」と断言した。
読んでいただき、ありがとうございました。
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