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5.六年前

本日二話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 六年前、ソアセラナは第一王子が暗殺されるのを未然に防いだ。

 その日、暗殺現場にソアセラナがいたのは、偶然ではない。

 前日に暗殺計画を聞いてしまったのだ……。


「殿下の馬車を引くのは、軍馬の生産で有名な国から献上された選び抜かれた黒馬だ。二頭立ての馬車でも、六頭立てと変わらない馬力で走る。一般的な馬とは見た目も異なり、見間違えることは絶対にない。その上、場所は黒の森だ。あそこには滅多なことでは人は入り込まない」


 父親が見知らぬ紳士と、そう話しているのをソアセラナは聞いてしまった。

 それを立ち聞きした時、ソアセラナは暗殺計画の話をしているだなんて思ってもいない。

 家に閉じ込められ魔法についての書物しか与えられないソアセラナは、その素晴らしい黒馬に心惹かれた。話を聞いて、どうしても見てみたくなったのだ。それに覚えたての転移魔法も使ってみたかった。滅多に人が来ない場所なら、試しに転移魔法を使ってもバレなくて丁度いいと思えた。







 黒の森を走る二頭の大きな黒馬の下へ、ソアセラナ初の遠距離転移魔法は成功した。

 転移魔法の成功で「これでいつでもあの牢獄のような家から抜け出せる!」と胸を躍らせていたソアセラナだったが、一気に心の熱が下がっていった。


 黒の森からやって来る大きな黒馬が、昨日父親達が話していた馬だとすぐに分かった。

 確かに速い、とても速い。それは異常な速さで、馬車に人を乗せているとは思えない荒れ馬っぷりだった。

 その異様な光景を見ていると、御者がいないことに気づいた。誰も手綱を握る人がいない状態で、馬は荒れ狂って跳ねるように走っている。

 これはおかしいと感じたソアセラナは、無意識の内に両手に魔力を貯めていた。何とかして馬車を止めないと、中に乗っている者も黒馬も怪我では済まないかもしれない。


 黒の森を抜けて広い平原に入る時に、馬車に大木の太い枝が引っかかった。それでも馬車のスピードは落ちることはなく、枝がバキリと折れると幹までメリメリと裂けていく。馬車の方からもバキバキバキンと扉が壊れる大きな音がはっきりと聞こえた。頑丈に作られているはずの王族専用馬車の扉が、木っ端微塵に弾け飛んだ。それでも二頭の黒馬のスピードが落ちることは無い。明らかに、異常な光景だ。


 馬車が走っているのは、黒の森と呼ばれる森や平原が広がる場所で民家など一つもない。おまけに馬車が向かう先は崖だ。崖の遥か下にはまた森が広がり、落ちれば絶対に助かりようがない。

 ソアセラナの前を馬車が駆け抜けていくと、パックリと開いた馬車の穴から血を流した少年が大人を抱きかかえているのが見えた。少年からもソアセラナが見えたのだろう、空のように青い瞳が見開かれた。


 その青い瞳を見た瞬間に、ソアセラナは「絶対に助けなくては!」そう確信して、弾かれるように飛び出した。

 ソアセラナは少年に向かって、力いっぱい叫んだ。叫んだのは、多分、生まれて初めてだ。

「止まって! その先は崖!」

 だが馬車は止まらない。止まらないのはソアセラナも分かっていた。

 ソアセラナの前を馬車が通った時に、黒馬から強い魔力を感じていた。術者によって、馬を自由に操る魔法がかけられている。

 使役の魔法は上級魔法だ。いくらソアセラナの魔力が大きくても、高度な使い手がかけた魔法を解けるだろうか?


(悩んでいる暇はない。とりあえず、やれることをやらないと!)


 ソアセラナは必死に「止まれ!」と念じた。

 九歳のソアセラナでは、細かい解呪の魔法は使えない。自分の膨大な魔力をフル稼働させて、力技で止めるしかできない。

 柔らかい金色の光に包まれた馬車は、眼下に深い緑の森が広がる状態で止まった。

 このまま落下させようとする術者と、崖の上に戻そうとするソアセラナで魔法による綱引きが繰り広げられた。


 馬車が宙に浮いていることに呆然とする第一王子の瞳に、祈るように手を組んで崖に立っているソアセラナが見えた。

 馬車の光より眩い金色の光に包まれて、プラチナブロンドの髪も輝いている。閉じられていたソアセラナの目が、ゆっくりと開く。蜂蜜色が濃くなり、遠目にも金色に輝いて見える。

 その優しく癒される金色の光のおかげで、宙吊りになっているにも関わらず第一王子は恐怖を感じずにいられた。

 

 馬車が少し揺れ出した。ソアセラナの力の方が勝り、馬車が徐々に地上に近づいているからだ。

 ソアセラナの身体が強張り、全身に力が込められている。金色に近い目が見開かれ、小さな口は一直線になっていて、歯を噛みしめているのが見て取れる。

 こんな状況にもかかわらず、第一王子は「何て美しい少女だろう」と見とれてしまった。


 二頭の黒馬に魔法をかけている術者と、その魔法を解除しようとするソアセラナの綱引きはまだ続いている。ソアセラナが咄嗟に手に貯めた魔力では追い付かず、全身から魔力を呼び出す総力戦だ。

 少しずつ、少しずつ、少女に近づいて来ていた馬車が、急に大きく跳ねるように揺れた。二頭の黒馬が暴れ出した。

 術者が黒馬を酷く苦しませているに違いない。元々力が強い馬なだけに、馬車の揺れが激しい。ましてや馬車の扉は破れ、穴が空いている。このままではソアセラナの魔法では押えつけられず、馬車の中にいる二人が崖下に真っ逆さまだ。


(もう魔力が持たない。黒馬を切り離さないと、中にいる二人を助けることができない……。操られ苦しめられる黒馬を、私が殺すの……? でも、もう悩んでいる余裕はない)


 ソアセラナの瞳から涙がこぼれ落ちると、悲しくいななく声と共に二頭の黒馬が崖下へと消えていった……。代わりに二人が乗る馬車が、平原に降ろされた。それと同時に、ソアセラナと馬車を覆っていた金色の光がバチンと弾けると消えた。

 それを見ていた第一王子は嫌な予感を感じながら、慌てて壊れた馬車から外に飛び出した。青白い顔のソアセラナが地面に崩れ落ちたからだ。

 抱き空き上げたソアセラナからは生命力を感じられ、第一王子は安堵した。だが、さっきまでは溢れていた魔力が感じられなかった……。







「第一王子を助けるために、ラナは自分の魔力を使い切ったのね……」

「そうみたい。その日を境に、一人で水を出すことさえもできなくなっていたから」

 スペンサイド国の魔道具は、自分の魔力を通すことで発動する。生活する上で必要なことは全て魔道具を使うのに、ソアセラナは魔道具のスイッチと動力となる魔力を失ってしまったのだ。それは一人では生活できないことを意味する。

 今のソアセラナは杖を使って魔道具に魔力を流せるので、同室で暮らしていても魔力がないとは思えないほどだ。だが、魔力を失った直後は魔道具が使えず生活するのも困っただろうし、生きるのも大変だっただろうと苦い気持ちがナディエールの口の中に広がる。


「九歳で転移魔法が仕えたなんて、ラナは本当に天才ね。宮廷魔道士が十人集まって一人を近場に転移させるのがやっとなのに」

 ナディエールの驚きに、ソアセラナは「昔の話だよ……」と困ったように顔を歪ませた。

 ソアセラナが自分の魔力で魔法を使えたのは、その日までの話だ。


 努力の結果ソアセラナは杖を媒介に魔法を使えるようになったが、杖では昔のような高度な魔法は使えない。転移魔法のような多くの魔力を消費する上級魔法なんて絶対に無理で、中級魔法のいくつかがやっと使える程度の力しかない。


 魔力を失ったソアセラナを思うと、助けてもらった第一王子の今日の態度はあまりに酷い!

 思い出しただけで、ナディエールは腹の虫がおさまらない。もっと文句を言っておけばよかった!

「全魔力をかけて第一王子を救ったのに、あの男からラナに対する感謝の気持ちは感じられなかったわよね?」

「第一王子にとって、私のしたことは不要だったんだ……」


(できればあの日のことは惨めで思い出したくないけど、事情を説明するには必要なんだよね……)

読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、よろしくお願いします。

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