3.頼みの綱は逆ハー
本日二話目の投稿です。
よろしくお願いします。
信じられないことだがナディエールの話によると、彼女には産まれた時から前世の記憶があるらしい。前世は日本という国で、寝てるか仕事をしているかという生活の三十八歳の女性だった。そんな彼女が病気になり入院した際に、無趣味で暇を持て余した。たまたま乙女ゲームを始めてハマった。そしてこの世界は、その乙女ゲームの一つ『愛しい君へ』の世界だと彼女は主張している。
「このゲームの人気ポイントは、ただの恋愛ゲームだけではないところなの。学んだり魔道具を手に入れたりすることで、魔力を上げていけるの。魔力が上がると、攻略対象と一緒に魔物を討伐したり、謎の解明をしたりできるのよ!」
とまぁナディエールの鼻息は荒いが、魔力のないソアセラナには全く心惹かれない設定だ。魔力がゼロであれば増えることはないし、通常の魔道具はソアセラナには使えない。
「普通の恋愛ゲームと違って謎解きや脱出なんかもあるから、一人一人の攻略も長いストーリーなの。だからなのか攻略対象は四人と少ないのよね!」
ナディエールは嬉々として説明してくれるが、ソアセラナには攻略対象が何なのかも四人が多いのか少ないのかも分からない。
従来のゲームのストーリーとしては、大きな魔力をもつヒロインが入学試験トップの成績でゾストール学院に入学してくるところから始まる。
攻略対象たちと共に学び戦いながら、お互いの背中を預けるほどに信頼し惹かれ合う二人。その信頼がいつしか愛に変わり……。ということです。
その四人の攻略対象は?
カークライル・スペンサイド、十七歳、第二王子。優秀で何をしても常に頭一つ出た状態だが、何かと六年前に死んだ腹違いの優秀だった兄と比べられる。必死に頑張っても完全に認められない苦しさから傲慢な性格になる。王太子妃を狙って自分に尻尾ばかり振る令嬢と違って、なかなか靡かずに自分の意見をはっきり言うヒロインに惹かれる。
グレイソン・ベルスマン、十五歳、公爵家次男。大きな身体だが顔立ちは童顔で、人懐っこくて社交的。いつもニコニコ笑っているが、剣術の稽古になると凛々しい顔で真剣に取り組む将来有望な魔法騎士。兄や実家との確執があり、笑顔の裏に隠された葛藤がある。その葛藤を優しく解きほぐしてくれたヒロインに惹かれる。
ヘンリー・オーベル、二十五歳、伯爵。国で二番目に大きい魔力を持ち、魔法に長けている国内最強の魔術師。次世代の若い力を育てるためにゾストール学院で魔法学の教鞭を振るっている。一見柔和な印象に見せているが、プライドが高く相手を困らせて楽しむ性格。伯爵だが実は国王の十五歳年下の弟で、前国王が平民に産ませた子供。本来であれば平民として生きていく所だが、とにかく魔力が大きかったため王位継承争いに発展する可能性がある。その大きな魔力を利用するのと動向を監視するため、王家に忠実な伯爵家へ養子に出された。そういう経緯があるから、身分や権力が大嫌い。平民であっても自分を曲げないヒロインに惹かれる。
オスカー・ロードレーヌ、十七歳、侯爵家嫡男。学業優秀で未来の宰相候補と言われる第二王子の側近。妹は国内でも最強の魔力を持って産まれた魔法の天才。大きな魔力を持つ妹に劣等感を感じながらも、クズな両親が妹を出世の駒として利用しようするのが許せない。自分しか頼る者がいない妹を両親からずっと守って生きてきたため、常に気を張っている。ヒロインの優しさに癒されて惹かれる。
この四人が攻略対象です!
ナディエールにそう説明されても、その性格や置かれた状況にソアセラナには疑問しか湧かない。
「第二王子殿下とオーベル伯爵はお会いしたことがないので分かりませんが、他の二人は現実と異なります! 何より、私は魔力ゼロですし! しかも入学試験が首席なのは、私ですよね?」
ソアセラナの意義を認めながらも、「第二王子もオーベル伯爵もゲームとは別人よ。その話は後で、今は結末まで話をさせて」とナディエールは言う。
「ゲームでもわたくしは第二王子の婚約者で、悪役令嬢なのよ」
ソアセラナが『悪役令嬢』にきょとんとしていると、「婚約者に近づく女を苛烈なまでに許さない悪者よ。ヒロインとヒーローからしたら、恋を盛り上げるスパイスね」と余計に分からなくしてくる。
ナディエールも自分で伝わっていないと気づき、具体例を挙げて教えてくれた。
「第二王子に近づくヒロインを、最初の内は牽制して注意するの。だけど第二王子がヒロインに惹かれ始めたのに気付くと、怒りと嫉妬を爆発させて虐め抜くのよ。取り巻きに命じて教科書を隠したり、中庭の泉に落としたりなんて可愛いものよ。得意の炎の魔法で顔に大やけどを負わせようとしたり、破落戸をけしかけてヒロインの純潔を奪おうとまでするの。それで、婚約破棄されて、断罪されて、斬首刑。そして何故か、他の三人の攻略対象にヒロインが擦り寄っても、悪役令嬢である私が立ちはだかり、第二王子の時と同じような状況になって斬首刑になるのよ!」
そう言ったナディエールは「全部わたくしに被せるなんて、このシナリオライターはちょっと手抜きよね?」と呟いた。
「でも、そんなわたくしが助かるルートが一つだけあるの!」
そんなに得意げな顔で見られても、ソアセラナはまだ状況が掴めていない。とりあえず、その場しのぎでうなずいてみせた。それはもちろん、機嫌を損ねたら何をするか分からない危うさを感じているからだ。
「逆ハールートよ!」
「はぁ……?」
ソアセラナが言葉の意味を全く理解していないのを思い出したナディエールは、「四人の攻略対象全員と恋人関係になったヒロイン達五人が、みんなで仲良く幸せになるってこと」と教えてくれた。
その意味の分からない関係と醜悪さに、ソアセラナが顔を顰めたのは言うまでもない。
(そのゲームとやらが何なのかは分からないけど、有り得ないよね? 四人と恋人? 第二王子と王弟と公爵家の次男と侯爵家の嫡男だよ? 物語の中でだってあり得ない! それが私が生きている現実世界で起こるというの? ないない、ないです! 世紀の大事件です! ナディエール様は、やっぱり夢の世界に逃避しているのかも……)
興奮気味に話しているナディエールは、ソアセラナの痛い人を見る視線に気づいていない。
「この逆ハールートに入ると、眠れる獅子を叩き起こしてしまうのよ。それが、貴方なの、ソアセラナ!」
興奮気味に人差し指を向けられて名前を呼ばれたが、引いているソアセラナは曖昧に微笑むので精いっぱいだ。
「ソアセラナのために自分の人生を犠牲にしてきた兄が、四人の中の一人としてしかヒロインに選ばれなかったことに腹を立てるの。その怒りをきっかけに、ソアセラナの身体の奥底に秘めていた魔力が覚醒する。怒り狂ったソアセラナは『みんな目を覚ませ!』と言わんばかりに学院や王城だけでなく、王都自体を壊滅させてしまうのよ。バッドエンドね。運営の人の逆ハーに対する悪意を託されたんだと思うわ、多分」
うんうんとうなずくナディエールを他所に、ソアセラナは考え込む。
(正直に言って、ナディエール様の妄想の可能性が高い。信じるに値しない。でも、でもですよ、もし、本当だったら? 私に六年前に失った以上の魔力が戻るのであれば? ドゥレイルさんからは、私が魔力を手に入れる具体的な方法は聞いていない。魔力を手にする手掛かりがないのであれば、降って湧いたこの話を妄想だと切り捨てる訳にはいかない。ちゃんと確認してから、切り捨てたって遅くないはず。魔力が戻るなら、何だってすると決めて村を出た。だって私はそのために学院にやってきたのだから……)
「さっき貴方も攻略対象の性格や状況が違うと言っていた理由なんだけど……。シナリオが狂っているのは、第一王子のせいだと思う」
第一王子の話をされると、ソアセラナの胸がギュッと縮こまってしまう。
「六年前に第一王子を救ったのは、貴方ね? そう考えると辻褄が合うのよ。六年前に死ぬはずだった第一王子が生きていて、その代わりに貴方の魔力が失われた。そんな神業的なことをしてシナリオをぶった切ってるから、てっきりソアセラナも転生者なんだと思ったのだけど……。違ったのね。『イトキミ』も前世も知らないなら、わたくしの話を信じろって言う方が無理よね……」
シュンとした顔でそう言われてしまうと、ナディエールの話も少しは信憑性が増す気がしてしまう。そんな風だから、ナディエールに付け込まれたのかもしれない。
「二週間後に控えた入学式での第二王子とヒロインであるデリシアとの出会いを、わたくしが今から教えるわ。もし、その話の通りになったのなら、わたくしの話を信じてもらえないかしら?」
どうしてそうしてしまったのかは、今でも分からない。
魔力が得られるかもしれない話に、藁にも縋る思いだったのか? ナディエールの必死さに負けたのか? 六年前の第一王子の話をされて動揺したのか?
ソアセラナは、この胡散臭い話に、思わずうなずいてしまったのだ……。
読んでいただき、ありがとうございました。
まだ続きますので、よろしくお願いします。