27.ソアセラナの選択
本日三話目の投稿です。
最終話です。
よろしくお願いします。
慌ただしかった夏が過ぎ、青々とした葉が黄色や赤に色づき始めた。
数カ月ぶりなのに懐かしい赤茶色の壁に赤い屋根の家が見えると、黒猫はソアセラナの腕から飛び降りて走り出した。その後を追うようにソアセラナも我慢できずに駆け出した。
赤い屋根の下では、黒いワンピースの女性が立っている。ソアセラナはまるで九歳の子供に戻ったように、ドゥレイルに飛びついた。
「まぁ色々あって……。ドゥレイルさんの言う通り魔力を手に入れるチャンスはあったんだけど……」
ドゥレイルを前にソアセラナは、言葉を濁してしまう。
言い渋るソアセラナの代わりに、机の上に座ったエルがドゥレイルに事の顛末を伝える。
「ラナは馬鹿だから、せっかく手に入れた魔力を全部俺に送り込んできた」
それを聞いたドゥレイルはニヤリと笑って「その恩を返すために、お前はラナに魔力の提供を惜しまないんだろう?」と、エルに細い目を近づけた。
金色の目を逸らしたエルは、「元々、ラナの魔力だからな! 少し返してやるだけだ」と恥ずかしそうに言い訳をしている。
「何を今さら。この二年の間、ラナの杖に毎日せっせと魔力を継ぎ足していたくせに!」
ソアセラナも初耳だ。ソアセラナの杖に埋め込まれた魔石は、ずっと輝いているから相当強い魔獣の魔力が残っているんだろうと思っていたが……。エルが魔力を送り込んでくれていたおかげだったなんて、全く思ってもいなくて、ただただ驚きと感謝しかない。
エルドゥーラクラスの魔獣の核ならば、半永久的に魔力が残る。だが、その分魔獣としての生命力も強く滅多なことでは死なないし寿命も長いから、そう簡単には手に入らない。
ソアセラナが持っている魔石は、ケルベロスクラスの魔石だ。魔道具として使うには長い期間使えるが、ソアセラナのように日々魔法を使うとなればそうはいかない。だから、エルが魔力を補給していたのだ。
ドゥレイルの暴露話はそれでは終わらずまだ続く。
「ラナの魔道具のために、魔獣の王に『ダンジョンに散らばっている核をもらうからな!』と願い出たんそうじゃないか」
エルは机の上で飛び跳ねた。
「おい、一体誰から聞いたんだ!」
事実らしい。
ソアセラナが村のみんなに渡したい生活魔法の魔道具は、魔石を動力として使えるようになる。
ソアセラナはダンジョンの上層部にある魔力の弱い魔石に魔力を込めるつもりだった。けれど、深層部から魔石を集められるなら、エルに魔力を込めてもらわなくても問題なく魔道具が作れる。
「誰にって、魔獣の王に決まっているだろう? 『エルドゥーラは、暫く俺の下に帰って来る気はないな』と少し寂しそうだったぞ」
ソアセラナの寿命が尽きるまで離れるつもりはないのだから、エルに否定の言葉はない。
「まぁ、人間も面白いとラナに教えられたからな。暫くはラナに付き合ってやることにしたんだ!」
人間なら間違いなく真っ赤になっているのだろうが、黒猫なので顔色が変わらないのは幸いだ。
エルの言葉に、ソアセラナはホッとした。エルが実はエルドゥーラだと知ってから、「地底に帰ってしまうのでは?」と不安を感じていたのだ。
エルがこの先も自分と共にいてくれるなんて! 嬉しさのあまり涙目のラナがエルを抱きしめると、満更でもない声でエルが「ニャーン」と鳴いた。エルドゥーラの擬態も、大分板についてきた。
その様子に大笑いしていたドゥレイルは、スッと笑いを引っ込めると黒目が見える細い目でソアセラナを見た。
「で、ラナ、お前はどうする? 村に戻ってくるのかい?」
ソアセラナが答えるより先に、第一王子が自分の胸に引き寄せる。
「駄目だ!」
「あたしはラナに聞いているんだよ! ったく、なら聞くが、魔力のある者しか認めないあんたの国では、ラナに窮屈な思いをさせるだけとは思わないのか?」
ソアセラナが隣をチラリと見上げると、青い瞳を見開いて全身に力を込める第一王子が見えた。
ドゥレイルの言葉が図星過ぎて、苦しいのだ。自分達にとって辛い未来が分かっていてもソアセラナを離したくなくて、抱き寄せる腕に力が入る。
スペンサイド国は魔力の大きさで人を量る国だ。魔力なしのソアセラナでは存在自体が疎んじられ、王妃になることへの反発は大きい。だからこそ、ドゥレイルはソアセラナにその覚悟があるのか聞いている。
第一王子にとってもソアセラナにとっても険しい道だ。中途半端な覚悟なら、進むべき道ではない。
オーベルの事件後、二人共事件の後始末に追われる毎日で、これからのことをきちんと話し合っていない。
それどころか、この問題に触れるのが怖くて、お互いの気持ちの確認をソアセラナは避けてきた。
迷っているソアセラナはドゥレイラに相談したくて、無理を言って村に帰ってきたのだ。
一方、第一王子はソアセラナがこのまま帰ってこないのではと不安になり、執務をオスカーに押し付けてついてきた。
やっと訪れた話し合いのチャンスを、第一王子が逃す訳がない。
「俺と共に歩むことは、ソアセラナにとっては茨の道になる。幼き頃からずっとソアセラナを苦しめてきたスペンサイド国のために、共に苦労して欲しいと言うのが間違っているのも分かっている」
ソアセラナは大きな魔力を持っていた故に、産まれた時から国のために家のためにと、身を捧げさせられた。それなのに魔力を失えば、国外に放り出されても誰も助けてくれない。国に戻れば、国を脅かす存在として冷たい視線を送られた。スペンサイドという国を恨みこそすれ、恩を感じるはずがない。
それなのに第一王子は、「もう一度、国に身を捧げてくれ」とソアセラナに言っているのだ。
「それでも俺は、ソラセラナを離したくない。六年前に俺のために戦ってくれたソアセラナを見た時から、俺の心にはソアセラナしかいない。この国を変えなくてはいけないと気づけたのは、ソアセラナという大切な存在があったからだ。新しい国を一緒に作れるのは、俺と同じ考えを持ったソアセラナだけだ。俺の力の限り、苦労に負けないくらい幸せにする。どうか俺を選んで欲しい」
ドゥレイルが呆れたようにため息を漏らす。
「魔法に頼り過ぎるのはやめる。魔力至上主義もやめる。魔法や魔道具を他国に輸出し、新しい技術も取り入れて新しい国を作る。お前がやろうとしていること全てが、魔力のないラナのためだと思われる。ラナは全国民から憎悪の目を向けられる! その上、お前が恋に腑抜けた愚王だと嗤われる度に、ラナは自分を責めることになるんだぞ!」
(今の周りを見下した閉鎖的な国のままでは、スペンサイド国は他国から相手にされなくなるのは時間の問題だ。改革は急務だけど、魔力のない私が隣にいれば、殿下は国民の反感を買う。そうなれば殿下の改革も遅れて、国民にとっても殿下にとってもマイナスだ)
「根っこが腐った木に魔法で花を咲かせているのが、スペンサイド国の現状だ。本当に花が見たいなら、新しく種を蒔いて一から始めないといけないんだ。痛みは伴うが、国民はその現実を知る必要がある。俺のする改革がソアセラナのためではなく、スペンサイド国が生き残るためだと理解させることが、この国が変わる第一歩だ。道のりは長いが、幸いオーベルの件で目が覚めた者が協力してくれる。ラナを傷つける言葉を言う者は多いだろうが、そんなことを言わせない王に俺がなってみせる!」
口で言うのは簡単だが、長年凝り固まってきた国民の意識を変えるのは並大抵の覚悟ではできない。ソアセラナが第一王子の手を取れば、全国民を相手に戦う日々が待っている。
ドゥレイルの糸目が開き、黒い瞳が第一王子を捉える。
「なぜラナに固執する?」
(そう、それなのよ!)
「命を救ったのはお互い様です。私もエルの食べられるところを、殿下に助けてもらいました。以前もお伝えしましたが、私は魔力を失って良かったと思っています。殿下が私に罪悪感を持つ必要はありません。魔道具をに関しては、ハーディンソン家を通して国に還元できるようにします」
第一王子はソアセラナの両肩を掴んで目線を合わせる。空色の瞳が、悲しそうに揺れている。
「命を救ってもらったから特別な存在な訳でも、魔力を奪った責任を取ろうとも思っていない。ましてや、魔道具の作り手として我が手に取り込もうとしている訳でもない! ソアセラナに固執するのは、ソアセラナを愛しているからだ!」
ソアセラナの肩を掴む第一王子の腕が震えているのは分かるが、ソアセラナの心も揺れに揺れている。
(魔力のない私が殿下の手を取れば、国民は殿下について来ない。それでは、殿下の今までの努力が水の泡だ。国の未来を停滞させてしまうし、殿下の名を貶めることに繋がる)
「人は皆、オーベル先生が悪で、自分を被害者だと言います。そんな国を変えるのは、時には強引な政策も必要でしょうし、一筋縄ではいきません。無駄なことに時間を取られていては、絶対に成し遂げられません。私が殿下と共に歩めば、無駄な時間が増えるだけです。殿下が国を変えたいのであれば、ご自分のお相手は正しい方を選ぶべきです」
「正しい相手とは? 国にとって正しい相手か? 俺にとって正しい相手か? 俺が国の過ちに気づけたのは、愛するソアセラナと共に歩む未来を夢見たからだ!」
第一王子の腕には痛いほどの力が入る。
「俺は王となる。国を正しい方向に導かなくてはならない。そんな俺の立場にソアセラナを巻き込むのは、俺の我が儘なのも分かっている。だが、ソアセラナのいない未来など想像したくない。ソアセラナと共に進む未来だからこそ、よりよいものに変えたいと思うんだ。だったら、国にとっても俺にとっても正しい相手はソアセラナだけではないか?」
あまりの熱量を注がれてソアセラナは言葉を失うが、横からドゥレイルが噴き出した声が聞こえた気がした。
「魔力を失ってたくさん苦しんでも、諦めずに前に進むソアセラナを尊敬しているし、その強さを愛おしいと思った。ソアセラナが横にいてくれれば、俺も同じように前に進める。俺が選ぶのはソアセラナだけだ。ソアセラナにも、俺を選んで欲しい!」
思考が止まっているソアセラナより先にドゥレイルの了承を得ようと、第一王子は笑いを堪えているドゥレイルを見た。
「今までソアセラナの笑顔を守ってきたのは、貴方やこの村の人達だ。これからは俺が、ソアセラナの笑顔を守り、ソアセラナの隣で笑いたいと思っている!」
ドゥレイルがソアセラナを見る。いつもと変わらない、包み込むような温かい視線だ。
ドゥレイルを見返したソアセラナの瞳は、二人が初めて会った時のみたいに、人の迷惑になることを恐れて助けも求められない怯え切った目ではない。信念を持って前に進み、人に愛されている自信を得た目だ。
「もう、決まっているんだろう?」
分かっているしソアセラナの選択を応援し続けると、ドゥレイルの短い言葉には思い込められていた。
「ごめんね。魔力を得て役目を代わって、ドゥレイルさんを自由にたかったのに……」
ソアセラナが自分のためにそう思ってくれていることは知っていた。だが、ドゥレイルには、最初から自分の代わりをさせようなんて気持ちは一欠片もなかった。
六年前に突然現れたのは、スーツケース一つ以外何も持たない少女だった。全てを諦めていたのに、「魔法だけは諦めたくない」と泣いた少女を、ドゥレイルが手元に置いたのは意図があった。
魔力を失った「金色の魔法使い」の行く末を、「黒の魔法使い」として見守りたかったのだ。
それは、全てを手にする前に、何もかも失ってしまったソアセラナへの同情だったのかもしれない。厄介な物を手にしないで済んだソアセラナへの羨望だったのかもしれない。
だが、気づけばドゥレイルは、ただソアセラナの幸せを望んでいた。
弟子だなんて思ったことはない。ソアセラナは、ドゥレイルにとって何よりも大事な存在になっていた。
「あたしはいつだって自由だよ。あたしの心配をする暇があるなら立派な王妃になって、少しはあたしを安心させてくれよ? 泣き虫ラナ?」
ドゥレイルはわざとふざけて六年前の呼び名でソアセラナを呼んだ。
そう呼ばれて華やかに微笑むソアセラナには、六年前の暗い面影はなく、かつての金色の魔力をまとっているようにさえ見える。
ドゥレイルに背中を押されたソアセラナは、強く輝く蜂蜜色の瞳で第一王子を見上げた。
「正直に言えば、スペンサイド国は恐ろしい。フィルの足を引っ張る自分も怖いです。ですが、フィルが作る新しい未来を信じて、フィルと共に戦います! 私も、フィルの隣にいたいです……」
そう言ったソアセラナは、そっと第一王子の手を取り、恥ずかしそうに微笑んだ。
第一王子が喜びを噛みしめる時間は、驚くほどあっという間に終了した。
ソアセラナが帰って来ていると知った村の住民達が押し寄せて、ソアセラナを連れて行ってしまったのだ。
第一王子も村に行こうと誘われたが、彼はドゥレイルに確認することがあり、この場に残ることを選んだ。
「ラナが少し寂しそうだったぞ。みんなにお前を紹介したかったんだろうに」
第一王子はドゥレイルに睨まれたが、何か思いつめたような顔を向けている。
「少し貴方に確認したいことがあってな。終わり次第追いかけるよ」
第一王子の切羽詰まった空気を破るようにドゥレイルはニヤリと笑い、「安心しな、あの子をあたしの後継にするつもりは最初からないよ」と結論を述べた。
望む答えを聞けたにも関わらず、第一王子から暗く不安そうな表情が消えない。
ドゥレイルは面倒くさそうに顔を顰めると、「察しのいい奴は煩わしいね」とこぼした。
「確かにラナの魔力を収める容量はあたしと変わらない。『黒の魔法使い』と呼ばれたあたしに対して、あの子は『金の魔法使い』と呼ばれるはずだった。まぁ、あんたの思う通り、あたしの後継として産まれてきた子なんだろうね」
魔石と同じ要領でドゥレイルの魔力を送れば、ソアセラナはドゥレイルと同等の魔力を持てるということだ。
「あんたも気づいているから心配なんだろう? ラナは魔力を失っているのではない。エルドゥーラに使役の魔法をかけ続けているんだよ。地底世界第二位の力を持った魔獣相手だから、魔力の消費が激しい。だから魔力を失ったように感じられるのさ。エルドゥーラは魔獣なのにラナのために命を投げ出した馬鹿だから、使役する必要なんてないけどな。まぁ、ラナの魔力が常に送り込まれているから、あいつも地上で弱らずにいられるから丁度いいんだよ」
ソアセラナはドゥレイルのように優れた魔法使いではなく、まだ道半ばの見習いだ。使える魔法も限られる上に、エルの命が尽きそうというパニック状態だった。自分に魔力が戻っているのに、いつもの癖で杖を使って魔力を送ろうとしていた。杖を使えば、その分魔法が遠回りになる。
だから、エルドゥーラに直接魔力を送るのが難しく、一旦自分の支配下に置くことで魔力を送ることを可能にした。
エルドゥーラの尾が消えかけている時間がない中で、冷静に考えている暇はない。ソアセラナが使役の魔法を使ったのは無意識だった。だからこそソアセラナには使役の魔法を使っている意識がないし、エルドゥーラに全て渡しかたから魔力が無いと本気で思っている。
「このことをラナに伝える必要はないよ? 莫大な魔力を持っているより、魔力がないと思っている方がラナは幸せになれる」
「ヘカティアの先読みか?」
第一王子の言葉に、ドゥレイルの細い目が開かれた。
急に空気が張り詰め、電気でも発生したように肌がビリビリと感じられた。ドゥレイルの黒目が赤味がかった気がして、第一王子の身体に戦慄が走る。
「その名は捨てたんだ。二度と呼ぶな」
身も凍るようなドゥレイルの冷たく平坦な声に、第一王子は「分かった」と擦れる声で答えた……。
「まぁいいさ。そうだよ、先読みだ。ゾストール学院に行かせたのだって、ラナには『魔力が得られる』と言って送り出したけど実際は違う。魔力より大切なものを見つけさせるために送り出したんだ。ラナが選んだ未来を、このあたしが奪い取るはずがない」
当時のソアセラナに、ドゥレイルや村のみんなに恩返しする以上に大切なことはなかった。
ドゥレイルに「大切な仲間と、大事な人に出会える」と言われていたら、「もう、いるよ!」と言って学院には行かなかっただろう。
それが分かるから、第一王子はホッと息を吐いた。
「俺にもう一度ラナと会う機会を与えてくれたことに、感謝する。必ず幸せにするから、安心してくれ」
「馬鹿言うな! 安心なんてできるか! 少しでも傷つけたら、スペンサイド国なんて一瞬で滅ぼしてやるよ!」
大事な娘を嫁に出す親のような気持ちで、ドゥレイルは第一王子を怒鳴りつけた。
その後、第一王子は村の仲間達に紹介され、涙を溜めた目でソアセラナを見ている男達を牽制しまくった。
ソアセラナは久しぶりにドゥレイルと一緒に寝たり、第一王子に村を案内したりと楽しんでいたが、幸せな時間はあっという間に終わってしまう。
赤い三角屋根の下から、ソアセラナは動き出すことができない。
数カ月前に学院に旅立った時は、卒業後は村に帰ってくるつもりだった。
だが、今は第一王子と共に生きると決めた。そのせいかドゥレイルとの別れが、永遠の別れのように思えてソアセラナは涙が止まらない。
(初めて私を受け入れてくれたのはドゥレイルさんなのに、私はもうここに帰ってこれない。ドゥレイルさんにも会えない。私はそういう選択を自分でしたんだ。後悔はしていないけど、辛い……)
赤い三角屋根の家も緑の森も全てが愛おしくて、ソアセラナは背の高いドゥレイルにギュッと抱き着いた。ソアセラナの不安と寂しさを受け取ったドゥレイルも、同じ力で抱きしめる。
「馬鹿だねぇ、ラナは。あんたが王太子妃になっても王妃になっても、あたし達の関係はずっと変わらない。会いたい時に会いにくればいいんだ。ここはラナの家なんだから、いつでも帰って来ていいんだよ。あたしは、いつでも待っているよ」
「……ドゥレイルさん、大好き」
「馬鹿だね、あたしだってラナが大好きだよ」
ソアセラナを抱きしめるドゥレイルの腕の力が増した。
「いいかい? ラナ、一人で全てを背負ってはいけないよ? お前は何でも一人で抱え込もうとする癖がある。自分だけで考えたって、独りよがりなろくでもない答えしか導けない。ラナは助けてくれる大切な仲間を手に入れただろう? お互いに助け合うのが仲間なんだから、人に頼ったっていいんだ。第一王子も同じだ。あれは、ラナに頼られたくて仕方がないから、面倒でもたまには頼ってやれ」
最後は悪戯っ子のような顔をしたドゥレイルを見上げて、ソアセラナは満面の笑みを向けて何度もうなずいた。
ドゥレイルにしがみ付いて離れず声を上げて泣くソアセラナに、第一王子は転移門の設置を約束してくれた。
名残惜しそうにしながらも、ようやく手を振って「また来るよ~」と泣き笑いのソアセラナが、第一王子に大事に抱えられ転移していく。
暫く二人が消えた場所を眺めていたドゥレイルは、ゆっくりと澄んだ青空を見上げた。
ソアセラナがドゥレイルの下に来たばかりの頃、「お前の魔力を奪っておいて感謝もしない馬鹿王子を恨まないのかい?」と聞いたことがある。
ソアセラナは蜂蜜色の瞳を輝かせると、「第一王子殿下の目は青空と同じ色なんです。魔力を失った時は悲しかったけど、この広い空を守ったような気持ちになりました。私のしたことは殿下にとって迷惑だったみたいだけど……。でも、魔力のない私が暮らしやすい国にすると約束してくれました。もうあの国に戻りたいとは思わなけど、殿下の言葉は嬉しかったんです!」と微笑んだ。
「ラナが守ったのは本当に、この青空だよ」
第一王子はスペンサイド国だけでなくアーベン国や周辺の国と協力し合って、魔法と技術が融合した国を作る。そして、それを支えるのは、彼の隣で微笑む黒猫を従えた美しい王妃だ。
第一王子が王にならなければ、スペンサイド国は他国の武力によって滅んだ。辺りは戦渦一色となり、殺戮兵器で汚された空から青さは失われていたはずだ。
赤い三角屋根の家に戻ろうと歩き出したドゥレイルの頭に、先読みが降りてきた。
「……ふふふ、また忙しくなるねぇ。全然のんびりなんてできないよ」
そう言って幸せそうに笑ったドゥレイルは、多くの薬草が植えられた庭を振り返った。
先読みでは、金髪に空色の瞳をした男の子とシルバーブロンドに蜂蜜色の瞳をした女の子が、この庭で元気に黒猫を追い回している。
そして満面の笑みをドゥレイルに向け、「弟子にして下さい!」と飛びついてくるのだ。
終わり
読んでいただき、ありがとうございました。
これで完結です。
お付き合いいただき、ありがとうございました。