26.嵐の後
本日二話目の投稿です。
よろしくお願いします。
オーベルの起こした世紀の大事件は、王家の威信を失墜しかねないと闇に葬り去られたりは……しなかった。
魔法で凝り固まり新しいものを受け入れず、魔力でしか物事を量れないこの国の闇をさらけ出すべきだと第一王子が主張したからだ。
こんな国をひっくり返すような、王家の威信を失墜させるような話が表に出るなんて、普通に考えればあり得ないことだ。
それなのに国王や国の重鎮が第一王子の意見を聞き入れたのは、第二王子派の瓦解があったからに他ならない。
側妃とヘイル侯爵家が中心となった第二王子派が、長きに渡って第一王子を暗殺しようとしていたこと。第二王子を王太子に据えて、第二王子派が国の権力を握ろうと画策してきたことが公になった。
その実行犯がオーベルだったことも、王弟であるオーベルが魔力が大きいゆえに国に翻弄されてきたことも、それに嫌気がさしたオーベルが国を滅ぼそうとしていたことも包み隠さず発表された。
国王や重鎮はそれに気づきながらも、持ちつ持たれつの関係を維持して何もせず見逃してきたことも、当然明るみに出た。
第一王子派がそれを傍観している訳がない。
第一王子派だって、ただ暗殺を回避していただけではない。第一王子と王妃を中心に、国内外で根回しを続けて然るべき時を待っていたのだ。
ヘイル侯爵家が凋落しているのだって、第一王子派が裏で手を引いていたからだ。それに気づけずに、第一王子派を見下していた時点で結末は決まっていたのだろう。
第二王子派は元々力を失っていたのに、第一王子暗殺未遂の罪が明るみに出て、多くの者が捕らえられた。中心だった側妃と宰相も当然地下牢に送られ、厳しい取り調べを受けている。もう二度と会うことはないだろう。
続々と捉えられていく第二王子派の中に、もちろんロードレーヌ侯爵もいた。
オスカーは平然とした態度で第一王子の隣に立ち、地下牢に送られていく父親を冷たい目で見送った。
「裏切り者! お前が『自分が第一王子の側近として二重スパイになる』と言って、第二王子派に残るべきだと言ったんじゃないか! なのに、なのに、どうしてお前はそちら側に立っているんだ!」
ロードレーヌ侯爵がそう泣き叫んでいたが、オスカーは冷たい視線しか送らなかった。今更話すことなど、何もないのだろう。
だが、オスカーについては父親以上に驚いている者がいる。ソアセラナだ。
この六年間、兄に裏切られ国外に追放されたのだと思っていた。兄はずっと自分を憎んでいたのだと思っていた。
それが、一体どうした?
今も昔もソアセラナが一番大事で、魔力を失ったソラセラナが暮らしやすい国を作ろうと、第一王子と共に策を練ってきたと言うではないか。六年前の言葉もソアセラナを守るためで、本心ではなかったと言うではないか……。
ソアセラナを守るためとはいえ、今まで傷つけて本当に申し訳なかったと涙を流すオスカー……。
まるで信じられない!
「ラナが殿下を助けた後すぐに、殿下に呼び出された。ラナを自分の妃に望むが、我が家は第二王子派だから難しい。だからまず俺から切り崩そう声をかけてきたんだ。糞みたいな両親から決別したい俺には、ありがたい話でしかなかった。これ幸いと我が家の現状とラナの受けて来た仕打ちを訴えた。そして、何が何でもラナを守りたいと殿下に願い出た」
そう言われたソアセラナは、涙を流して喜べ……ない。
「ヘイル侯爵は、ラナが六年前の暗殺計画を聞いていたことに気づいていた。このままラナが国内にいれば、ヘイル侯爵に殺される。かといってアーベン国の親戚がラナを受け入れるとは思えない。隣国に行かせるのはラナを苦しめると思ったが、国内にいて殺されるよりはましだと判断した」
偶然にもドゥレイルに出会い事なきを得たが、随分と崖ギリギリを歩かされていたのだなとソアセラナの顔は青い。
「ラナが入学するまでに、ヘイル侯爵の悪事の数々を暴き出し罪に問うつもりだった。しかし、侯爵もそう簡単に尻尾を掴ませてはくれず、攻防が続いていた。この状況ではラナを学院に入学させるべきではないと思っていたら、ラナが特待生としてやってきてしまった」
ソアセラナにも都合があるので、勝手な計画を押し付けられても困るってものだ。
「六年前の秘密を知っているラナを、ヘイル侯爵は見逃すはずがないと俺は焦った。だから、ソアセラナを犯人に仕立て上げて第一王子を暗殺する計画を立て、ヘイル侯爵がソアセラナに手を出せないよう牽制した。結果的にその計画が功を奏して、侯爵に第一王子暗殺を口にさせられたんだ」
側妃専用の庭園で、ヘイル侯爵がオスカーに第一王子暗殺の指示を出したあの時。側妃とヘイル侯爵は隠れていた近衛兵に取り押さえられたのだ。
逃げ惑う二人の周りには、赤い花びらが舞い散っていたという。
それを聞いても、ソアセラナはオスカーを受け入れられない。オスカーから受けた心の傷は、ソアセラナにとっても想像以上に深い。
頭では「違うんだ、自分を守ってくれたんだ」と理解しても、心と身体が拒否してしまう。時間をかけるしかないのだろう。
もちろん「ロードレーヌ侯爵が娘を使って第一王子派に寝返ろうとして失敗した」噂を広めたのも、ヘイル侯爵と側妃を動かすための策略だった訳だが……。
「噂が思わぬ方向に広がって、ソアセラナを傷つけることになってしまった。本当に申し訳ないことをした」
そう言った第一王子は頭を下げた。
(私を守るためだったことも、第二王子派を一掃するには仕方がなかったと分かっている。でも、多くの悪意をぶつけらたんだよ? 謝罪されたから「はい分かりました」とそう簡単には許せる話でもないよね? できれば、私を巻き込まないで欲しかった。あぁ、私が勝手に学院に来てしまったから、こうなったのか……)
つい怨み言の一つくらい言いたくなったせいか、ソアセラナの顔は強張ってしまう。そんなソアセラナを、第一王子が落ち込んだ顔で悲しそうに見ている。
エルが一度死にかけたことで二人の契約が解け、第一王子には感情が戻った。
だが、元々感情を表に出さないよう教育されていた上に、二年間無表情だったこともあって、第一王子の表情に大きな変化はない。そう、ソアセラナの前以外では……。
変わらずシュンとした顔で見続けられると、村の子供を叱っているような気分にさせられてソアセラナも困ってしまう……。
誰に対しても無表情に非情なことを言う第一王子が、ソアセラナの言葉一つで表情を変えるのだ。それが、嬉しくない訳がない……。
「歪でソアセラナの気持ちが聞けるまでの六年間は、陰から助けソアセラナの幸せを見守れれば十分じゃないかと自分に言い聞かせていた。でも、ソアセラナが俺を恨んでいないと分かったら、欲まみれの自分がいて驚いた」
どんな欲にまみれているのかと聞けば、「国も立場も捨てて、誰も知らない土地でソアセラナと暮らしたい」と言う……。
この崩れかけた国を前に、第一王子が国を捨てられるはずがない。どんなに困難でも逃げずに、国を立て直す道を選ぶのが第一王子だ。そして、魔力のないソアセラナは、その足を引っ張る……。
(分からない……。魔力をエルに渡してまで、私を守ろうとしてくれたのは、私が命の恩人だから? 魔力を失ったことに、責任を感じている? 六年前に助けただけだよ? 特にこれといって好かれる要素はなかったよね?)
「歪でも話しましたが、私は魔力を失った後の方が幸せです。だから殿下は魔力を失った私に責任を感じる必要はないんです!」
魔力なしの欠陥品。スペンサイド国にいる限り、それがソアセラナについて回る。自分だけに対する中傷ならまだしも、それが第一王子にまで向けられるのは耐えられない。
これから国を立て直そうとする第一王子にとって、ソアセラナの存在は邪魔でしかないのだ。
自分という存在がどれだけ無意味なものか分からされるのが辛くて、ソアセラナはその場から逃げ出してしまった。
事件の後始末をしている夏の間に、みんなの未来が変わっていった。
第二王子は駒にされていただけで、政治的に何をした訳ではない。だが、婚約者がいながら、他の女性を「運命の相手」と言って憚らなかった。それは間違いなく不貞行為で、ハーディンソン公爵が許すわけがなかった。
ナディエールとの婚約は破棄となり、王籍を剥奪され、王領の中でも貧しい領地に一領主(一代限りの男爵)として送られた。領主としての知識も意識もない第二王子には、これから長い長い苦労しか待っていない。
デリシアについて来て欲しいと言ったそうだが、「何で?」と一蹴され完膚なきまでに振られたらしい。
ハーディンソン公爵は第二王子派ではなかった。元々中立派でどちらにも取り込まれていないのに、娘が第二王子の婚約者にされたから第二王子派だと思われていただけだった。それをあえて訂正しないハーディンソン公爵は策士なのだろう。
ナディエールが家族の仲を修復していたおかげで、公爵もシナリオ通り欲に走ったりしなかった。着実に財を築き、国を見限ることも視野に入れて他国と接点を持ち、国の動向を傍観していた。
第一王子が国の病巣であるヘイル侯爵を叩こうとしているのを見て、ナディエールに黙って密かに協力していた。ナディエールに黙っていたのは、行動的な娘が暴走するのが目に見えていたからだ。
他国との太いパイプがあるハーディンソン公爵家は、ソアセラナの魔道具輸出計画に乗り気だ。ナディエールも前世で培った商才を発揮して、「もう婚約はこりごり。このまま仕事に生きるわ」と宣言して周りを驚かせた。
婿を取ってナディエールに継がせるつもりだった公爵は娘の発言に頭を抱えたが、ここにきて明るい兆しが見えてきたと胸をなでおろしている。
グレイソンがナディエールの婿に名乗りを上げたのだ。ソアセラナよりも誰よりもナディエールが一番驚いていたが、意外にもグレイソンはどんどん外堀を埋めていく。
そんな囲い込み作戦を目の前にしてソアセラナはナディエールに気持ちを心配したが、「驚きとか飛び越えて、何の遊びかと思ったけど……。まぁ、気心知れているからね」と顔を真っ赤にして報告してくれた。
ちなみにグレイソンは「一目惚れに近いんだよね」と、恥ずかしげもなく報告してくれてソアセラナの方が照れて真っ赤になってしまった。
デリシアは外国に留学することにした。
「この国の金持ちに私の好みのタイプはいないの。だったら外国で探すしかないじゃない?」
と言っていたが、癒しの力を持つ者がその技術を磨いている国に行くのだから、デリシアなりに何かを得ようとしているのだろう。もちろん、好みのタイプがいればそれに越したことはないが。
オーベルは自分の魔力を取り戻した第一王子によって捕らえられた。憑き物が落ちたみたいに取り調べにも素直に応じている。
六年前に第一王子を殺そうとした術者が自分であることも、それがヘイル侯爵からの指示であったことも全て話してくれた。これまで関わった全ての悪事や、ヘカティアを呼び出したくてやった今回の騒動についても隠すことなく話した。
裏を返せば、そうしなければ、オーベルは生きていけなかったとも言える。
兄である国王の能力は低い、その上魔力は平均的だ。魔力が大きく優秀なオーベルを担ごうとする者は後を絶たず、何度も何度も殺されかけた。それこそ、実の父親も、養父も、兄も、みんながオーベルを手にかけようとした。
王族に対して、国に対して、自分が害がない人物だと思わせない限り生き残る道がなかった。
「別に死んでも良かったけど、あの馬鹿共に殺されるのは腹が立つだろう?」
オーベルは淡々とそう言ったそうだ。
全て話し終えたオーベルは、魔力封じの魔法が施された塔に幽閉された。
ヘカティア以外の全てを見下して生きてきたオーベルとは思えない穏やかな様子に、騎士達は何をしでかすつもりかと終始戦々恐々としていたらしい。だがオーベルは書物もペンも何もない部屋に、騒ぐこともなく静かに入っていった。
第一王子が面会に行った際に「私という化け物を作ったのは、この国だ。肝に銘じておけ!」と悲しそうに笑ったそうだ。そして、それ以降は、誰とも会おうとしない。
彼もこの歪んだ国の被害者なのだと、ソアセラナは思う。
読んでいただき、ありがとうございました。
あと一話で完結です。
本日中に投稿予定です。
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