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25.エルドゥーラとの出会い

本日一話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 ソアセラナが黒猫のエルに出会ったのは、二年前にグレイソンとダンジョンに行った時のことだ。

 ソアセラナとグレイソンが魔道具を使って、ダンジョンの深層部近くに潜ったのには理由がある。ソアセラナは自分の杖に使う魔力の強い魔石を採取するため、グレイソンは魔力循環を促す薬草が欲しかった。お互いに運よく目的を果たした二人は、魔道具の効力が切れる前に外に出ようと急いでいた。もう少しで外に出られるところで、狼のような魔獣に襲われかけていた黒猫を見つけたのだ。


 黒猫を保護した二人はダンジョンから出ようしたが、黒猫が外に出るのを嫌がり地底へと道を戻ってしまう。猫に地底は危険だと探し回り、先に黒猫を見つけたのはグレイソンだった。

「ほら、ダンジョンは猫のいる所じゃないよ。ラナが心配しているから、早く行こう」

 そう言ってグレイソンが抱き上げた黒猫が、突然発火した。地面に降りた黒猫は燃え盛る炎の中で、悠然と毛づくろいをしている。

 行き着く答えは一つ。猫ではなく、魔獣だということだ。


 炎に包まれた黒猫を前に呆然と立ち尽くすグレイソンの下へ、気を失ったソアセラナを抱きかかえた第一王子が現れた。

 第一王子は火に包まれる猫には目もくれず、グレイソンに怒りをぶつけてきた。

「こんな暗闇の中でソアセラナを一人にするなんて、お前は何を考えてるんだよ!」

「えっ? 殿下? 何でここに?」

 二人がいるのはアンバー国のダンジョンだ。スペンサイド国で学院に通っているはずの第一王子がいるはずがない。

「ソアセラナがダンジョンに行くのに、のんびり勉強なんてしてられる訳がないだろう? 転移魔法で着いてから、ずっと後方支援をしていた」

 ダンジョンでの探索が何事もなく無事に終えられたのは、第一王子のおかげだったようだ……。


 六年前からソアセラナの動向を把握していた第一王子は、グレイソンがソアセラナの側にいることも早々に掴んでいる。だから騎士団の演習に参加しているグレイソンに近づいて、ソアセラナの近況を聞き出していたのだ。

 第一王子がソアセラナを気にかけているのはグレイソンも気づいていたが、まさかここまでとは思っていなかった。


「人間ごときに無視されるとは、腹が立つ」

 黒猫が魔獣らしい地を這うような低い声で喋った。

 第一王子は突然聞こえた声にキョトンとしている。炎に包まれた猫を指差したグレイソンは、叫んだ。

「その猫、魔獣! ラナは猫だと思って、家で保護しようとしてる!」


 真っ赤な炎に包まれた猫が、二人の視線を受けて嬉しそうにまた喋る。

「あの娘は、ラナというのか。もう魔力はないようだが、魔力の残り香が気に入ったから、俺が食ってやろう!」

 第一王子は黒猫が喋っていることより、喋った内容に慌てた。

「駄目だ! 気に入ったなら、食うなよ! 大事にしろよ!」

「それは、お前ら人間の考えだろう? 俺は気に入った者は、俺の身体の一部にすると決めているのだ」

 種族が違うのだから、話は通じない。対話ができないのであれば、残る手段は限られる。


 自分と戦おうとする二人を、黒猫はせせら笑った。そして、二人に向けて、カッと金色の瞳を見開いた。

 たったそれだけだが、まるで雷が混じっていたみたいな突風が吹き抜け、二人は全身がビリビリと痺れて震えた。

「見た目が猫だからと、馬鹿にしおって。こんな狭い所で本体になれば、ダンジョンを消し去るから擬態しているだけだ。俺の名は、エルドゥーラ。人間だって名前くらい聞いたことがあるだろう?」

 二人は目を見張った。相手が地底世界で第二位の実力では、どう足掻いたって敵うわけがない。


 第一王子は黒猫の前に座り込むと、必死に頼み込んだ。

「俺を食っていい。だから、ソアセラナは見逃してくれ。彼女にはもう魔力はない。だが、おれは国で一番強大な魔力を持っている。だから、俺で我慢してくれ!」

「馬鹿か? あの女の魔力が気に入ったんだ。魔力の大きさなど、関係ないわ! 大体人間の魔力量などたかが知れている」

「それでも、頼む。ソアセラナは俺の命より大事な存在だ」

 黒猫が鼻を鳴らし、顎をあげて目を細める。久しぶりに会った人間に悪戯してやろうという顔だ。


「ふーん、ソアセラナはお前のボスという訳か? 俺にとっての魔獣の王と同じ存在か?」

 第一王子は返答に困る。命に代えても守ると言う意味では同じだろう。だが、それを支える気持ちが忠誠心か愛情かという点では大きく違う。

「誰よりも大切で、何よりも大事な存在だ。だが、俺はソアセラナに仕えているのではなく、ソアセラナを愛している。ソアセラナの幸せを願っているし、ソアセラナを幸せにできるのが俺だったら最高で、一生を共にしたいと思っている」


 黒猫の金色の瞳が顔の中心に寄る。人間で言えば、顔を顰めているのだろうか?

「お前は人間の中では一番魔力が大きいのだろう? 幸せにしたいなら、そうすればいいじゃないか? 自分より魔力の劣る者に渡すのか?」

「人間の世界は力が全てという訳ではない。力づくではなく、ソアセラナが俺と同じ気持ちを持って、俺を受け入れてくれる必要があるんだ。俺だって他の誰にも渡したくないが、俺はソアセラナの隣に立つ資格がないからな……」

「意味が分からん。大切なのに、誰にも渡したくないのに、自分の物にはできない? お前等の言っている意味は、おかしすぎるぞ!」

 第一王子は自分の腕の中にいるソアセラナを愛おしそうに見て、「人間の心は魔獣より面倒なんだ。下手したら魔獣よりも残忍なのかもしれない」と呟いた。


 黒猫が赤い炎を消すと、第一王子を見上げる。

「人間の言っている意味は分からないが、興味が湧いた。ソアセラナは食わずに観察でもするか」

「観察? お前がソアセラナと一緒にいれば、彼女を守ってくれるのか?」

 グレイソンも王都での訓練が本格化している。ソアセラナの側に守る者が誰もいないのが、第一王子はずっと気がかりだった。

 だから、黒猫がニヤリと意地汚く笑っても気にも留めなかった。


「守ってやっても良い。だが条件が二つある」

 黒猫は馬鹿にしたような目を第一王子に向け、何でもないように「一つは、お前の感情を寄越せ」と言った。

「俺の、感情?」

「お前と話していて良く分かったが、人間の持つ感情は俺には理解できない。あの娘を守るのであれば、あの娘の気持ちが分かる必要があるだろう?」

「確かにそうだな? お前に感情を渡したら、俺はどうなるんだ?」

 あっさりと感情を渡す交渉に入った第一王子を、グレイソンは慌てて止める。

「殿下、魔獣相手に取引なんていけません!」

 そうグレイソンが叫ぶが、第一王子は聞く耳を持たない。


「お前の中での感情は変わらずに存在するが、表情から感情が消え失せる。人から見える感情を失うことになるな」

「ソアセラナを愛する気持ちを失わないのであれば、俺は構わない。それでソアセラナを守ってもらえるなら、安いものだ」

「殿下!」

 グレイソンの声は悲鳴に近いが、第一王子はやっぱり気にも留めない。

 黒猫も第一王子の態度を意外そうに見ていたが、すぐにニヤリと笑い「これでも、お前は俺の条件を飲めるかな?」と嘲笑うように言った。

「俺は魔獣だ。どんなに俺が最強を誇ろうと、地上の空気では身体がもたない。地上で暮らすには、人間の魔力を身体に取り込む必要があるんだ。俺の本体は物凄くでかいからな、お前の魔力の八割は俺に提供してもらわないと俺は地上では暮らせない」

 グレイソンが「やっぱりな!」という顔で舌打ちをする。


 だが、第一王子は、喜びのあまり黒猫に抱き着きそうな勢いだ。

「二割も残るのか! 俺はソアセラナの魔力を全て奪ったというのに……」

 黒猫もグレイソンもポカンと口を開いている中、第一王子だけが満足そうにうなずいている。

「俺もソアセラナみたいに、二割の魔力で最強の騎士になれるよう身体を鍛えてみせる!」

 そう言ってニカッと笑ったのが、グレイソンが見た第一王子の最後の笑顔だった。







 グレイソンからの情報量は、ソアセラナには多すぎた。

 しかも予想外の情報ばかりではないか!


(無表情で冷徹非情だと言われている第一王子は、私のせいで感情を失っていた? 魔力の八割はエルに渡され、それは私を守るための契約だった? 第一王子の大事な人は、私だった? どうして……?)


「殿下の魔力を使っても、イフリートになれるほどの力は残らない。それなのにイフリートになれたのは、自分の生命力を削ったからだ。今のエルは、ただの瀕死の魔獣だ。他の魔獣同様に地上の空気に毒されて命を失う……」

 グレイソンの言葉が正しいのだと証明するように、エルの尻尾が塵となり先っぽから消えていく。

「嫌だ! エル! 嫌だよ!」

 出会ってから二年、嬉しい時も辛い時もずっと一緒にいた。上手く魔法が使えず諦めかけた時も、ずっと隣にいてくれたのはエルだった。

 第一王子との契約を守って、エルはずっとソアセラナを守ってくれていた。それは契約だけの気持ちではなかったはずだ。こうやって、自分の命を賭けてでもソアセラナを守ってくれたのだから……。


(どうして私には魔力が無いの? 私に魔力があれば、エルを助けられるのに! 命懸けで私を助けてくれた友達を、どうして私は助けられないの? どうして?)


 ソアセラナのお腹の底が熱くなり、何かが湧いてくるのが感じられた。徐々に溢れるように湧き出してきたのは、かつて自分が持っていた金色の魔力だ。ソアセラナはエルに、ありったけの魔力を送り込んだ。

 塵となり消えかけていた尻尾がピクリと動いた。

 猫の時からは考えられない地響きのような低い声で、エルは「余計な真似を……」と毒づいた。

 ソアセラナはボロボロと涙を零しながら、まだ生気の戻らない黒猫に魔力を送り続けた。


読んでいただき、ありがとうございました。

あと二話です。

本日中に投稿予定です。

よろしくお願いします。

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― 新着の感想 ―
[一言] おおおおおおおおww 頑張ってここまで読んだ甲斐があったwww 当然オスカーの立場の説明もあるのだとwktk
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