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22.まさかの勘違い

本日二話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 第一王子の突然の謝罪は、ソアセラナの思考を完全に止めた。

 ずっと、ずっと、ずっと、「俺は自分で何とか出来たのに、出しゃばった上に勝手に魔力を失ってメソメソしやがって!」と第一王子に思われている。ソアセラナはそう思ってきたのだ。それが突然謝られて、自分の勘違いだと分かっても……。

 六年もの間ずっと思ってきたことを、あっさりと自分の都合よく書き換えることはできない。気持ちの整理が、全くつかない……。


「六年前に俺が暴言を吐いた時、俺はソアセラナに『魔力がなくても暮らしやすい国に必ず変えてみせる』と約束しただろう?」

 六年前の別れ際に、確かに第一王子はそう言った。あれだけ酷いことを言われたのに第一王子を嫌いになれなかったのは、その言葉が嬉しかったからだった。この国に自分がいてもいいんだと、魔力を失った自分に手を差し伸べてくれる人がいると思えて心強かった。


「あんな偉そうなことを言ったのに、ソアセラナの魔法への思いを、俺はちゃんと理解できていなかった。だから淑女科や魔力がなくても暮らせる部屋という、安易な逃げ道しか用意ができなかったんだ。ソアセラナは逃げたりせず前に進んでいるのに、その気持ちを踏み躙ることしかできず申し訳なかった」

「……」


(確かに寮の部屋は、魔法がなくても暮らせる仕様だった……。あれ、親切心だったの? てっきり私を馬鹿にした誰かの嫌がらせなんだと思ってた。だから怖くて、ナディの厚意に飛びついて部屋を移動したのに。えっ? 淑女科も私のため? 変な方向に進んじゃったけど、約束を守ろうとしていたってこと?)


「この六年の間に、ソアセラナに会いに行くこともできた。でも、俺はソアセラナに会うのが怖かった。国の頂点立つはずだったソアセラナの魔力や魔法を奪ったのも、ソアセラナの未来を奪ったのも、俺なのだと受け入れるのが恐ろしくて、どんな顔でソアセラナに会えばいいのか分からなかった……」

 ソアセラナの現実と、第一王子の現実が、あまりにかけ離れ過ぎて、全く結びつかない。第一王子の言葉は物語でも聞いているようで、それが事実なのだと思えないのだ。


 呆然とするソアセラナに気づかず、懺悔する第一王子は「それに何より、自分が恥ずかしかった」と言葉を続ける。

「あの日、馬車が崖に向かって暴走していく中、俺は死を受け入れた。自由のない生活をしながら、常に命を狙われ怯える生活にうんざりしていた。だから俺は、死んでその生活から解放されるのも悪くないと思ってしまった」

 第一王子の声は、震えているように聞こえた……。


 王妃の躾や教育は、それはもう厳しかった。母の厳しさは子を思ってのことだったが、当時の第一王子に分かるはずもない。しかも自分の同じ年の第二王子が甘やかされいるのを目の当たりにすれば、なおさら辛く感じてしまう。

 加えて国王は王妃の厳しくて融通の利かないところを疎ましく思い、第一王子にも滅多に会いに来ないし、たまに訪れても王妃の小言でしかめっ面ばかりだ。それに反して中庭や城の至るところで目にする国王は、側妃や第二王子と笑い合っていた。それを見る度に、第一王子の心は擦り減っていった。


「金色の魔法を使うソアセラナを見ていたら、不思議と生きる力が湧いてきた。ソアセラナの金色の魔力に包まれた時、萎れて枯れる寸だった植物が水を得たように、生きたいと思えたんだ。だから、死を受け入れた弱い俺なんかを助けて、ソアセラナのあの素晴らしい魔力が失われてしまったことが余計にショックだった」

 死んだら楽になれると思った自分を恥じた第一王子は、そんな自分を助けるために力を使い尽くしたソアセラナに向ける顔がなかった。どうすれば償えるのかも、答えが思いつかない。


「それでも謝りたくて城に呼んだソアセラナは、父親の後ろに隠れて一度も俺を見ようともしない。魔力を奪った俺を恨んでいるのだと思った。もう永遠に許してもらえないし、永遠に憎まれたままだと思ったら、怖くなったんだ」

 第一王子もソアセラナの気持ちを勘違いして、迷走していた。

 この六年間、二人共勘違いをして、お互いにお互いを恐れていた……?


(そんなことってある?)


 六年分の押さえ込んできた感情と、新たに入ってきた事実がソアセラナの中で混ざり合わない。それどころか、収まりきらなくて、一気に大噴火だ。自分でも自分の感情が分からない。

 ソアセラナの中に小さなソアセラナが百人位いて、全員が思い思いの言葉を叫びながら右往左往で全力疾走している感じだ。


 第一王子はソアセラナの言葉を待っている。何か言葉を返さなくてはと、焦れば焦るほど何も思いつかないし、全然気持ちの整理がつかない。

「六年前は家族にとっても私にとっても、私の存在理由は誰よりも強大な魔力でした。だから、魔力を失った時は、絶望しました」

 第一王子から息の詰まった音が聞こえた。


「でも、魔力を失ったからこそ魔法の必要性を知れましたし、魔力のない私でも魔法を使える方法がないかと必死に考えました。あのまま魔力を失わなければ、私の魔力は一部の選ばれた人のためだけに消費されていた……。それだけではなく、国や人を滅ぼす力にされていたかもしれない。でも今は、自分の大事な人のために魔法を使うことができる。魔力は失いましたけど、それ以上に大切なものを得られました。魔力を失った後の方が、幸せな毎日です」

 これがソアセラナの本心だ。


「……その大事な人とは、将来を誓い合っているのか?」

「えっ? 将来? 誓う? まぁ、村のみんなの将来は、私の研究にかかっている部分はありますが……」

「村? ソアセラナが身を寄せていた村か? 魔道具を広めたいという話か?」


(……! 何で? どうしてその話を第一王子が知っているの? スペンサイド国にはばれないように、気を付けてきたのに……)


 村に魔道具を広めたいのは、ソアセラナにとっては生死にかかわる秘密だ。国益を優先する第一王子に知られているなんて、絶体絶命だ……。

 突然の予想外の事態に、体中の血の気が引いていき、ソアセラナの気が遠くなる。


 座ったまま倒れかけたソアセラナを第一王子は支えてくれた。

「どうした? 大丈夫か? 気分が悪いのか? どこか痛いか? 苦しいか? もしかして、眠いのか?」

 質問数が多過ぎて、どれに答えればいいか分からない……。


「他国に魔法と魔道具を持ち出そうとした私は、どの道処刑される運命ですから気にしないで下さい」

「処刑などする訳ないだろう? 俺もソアセラナと同じ考えで、魔法や魔道具をスペンサイド国だけで独占するべきではないと思っている。資源のないこの国が金を稼ぐのに一番いい方法は、誰でも使える魔道具を売ることだ。それに、魔法ばかりに頼らず、他国の技術を取り入れていかないと国は廃れる一方だ」

 ソアセラナは第一王子の言葉を呆然とした思いで聞いていた。

 この国には誰もいないと思っていた、自分と同じ考えの人が目の前にいる。それも、第一王子だ。王族が、この国の歪んだ原則を変えようとしている?


「ソアセラナとの約束があったから、俺は国の未来を考えるようになった。ソアセラナに出会わなければ、魔力が全てのこの国を当然のように受け入れていたと思う。このままでは、この国が沈んでいくだけだと、気づかせてくれたのがソアセラナだ」


(罠じゃないよね?)


「この国は魔法だけに固執していて、周りが見えなくなっている。ソアセラナのように魔力を失っても別の方法で使おうとする情熱や、考える力が失われているんだ。ソアセラナのように、真っ直ぐに前に進む力が俺も欲しい」


(これ、罠じゃないよね?)


「……罠じゃない。本心だ」

「あっ、声に出てました? 申し訳ございません……」

 第一王子の態度が今までと違いすぎて、ソアセラナは戸惑いを超えて疑惑を感じてしまう。


「グレイソンに接するようにとは言わないが、俺にも普通に接してもらいたい」

 そう小声で呟かれたが、暗い穴に二人きりだ。二人の声しか聞こえないのだから、小声なんて意味がない。

 理解し難い発言にギョッとしたソアセラナは、第一王子を見上げていた。


(真っ暗で良かったぁ。明かりがついてたら、この真っ赤な顔が晒されていたところだったよ)


「俺は暗くて残念だ」

 第一王子の言葉に、ソアセラナが口を押えて背筋を伸ばす。もう、何も言えず息まで止めてしまう。笑い声のような息を漏らした第一王子が、「また、声に出ていた」と教えてくれた。


「グレイソンやナディエール嬢とは、本当に仲が良いな?」

「ナディとは出会ってまだ数カ月ですけど、何でも話せる大事な親友です。グレイとは五年前に出会って以来、お互いの夢を叶えるために支え合ってきました。殿下もグレイと仲が良いのですよね?」

「グレイソンが三年前に騎士団の演習に参加するようになって以来、あいつは俺のライバルだ。あいつも俺も強くなりたい理由があるから、お互いにいい練習相手だな」

 グレイソンは生徒会役員だから、第一王子と友人なのだろうとは思っていた。だが、三年前からの知り合いだとは、ソアセラナには意外だった。学院に入学するまでの間に、グレイソンの口から第一王子の話は一度もなかったはずだ。


「ナディエール嬢も、世間の評判とは全然違うのだな……」

 その言葉は、ソアセラナの脳に突き刺さるほどの衝撃を与えた。正に天啓と言える考えが湧いてきたのだ! 「ナディの命を守るため、第一王子に協力してもらえないだろうか?」と。

 散々心の声を晒してしまったのだから、お願いごとの一つぐらい怖くない、はずだ……。


「第一王子殿下、一つお願いがあります!」

「なんだ?」

 以外にも第一王子は、ソアセラナのお願いをあっさり聞いてくれそうだ。

「第二王子殿下はナディエール様を悪者に仕立て上げて、婚約破棄の上、斬首刑に処すつもりです。婚約破棄は望むところなのですが、やってもいない罪を擦り付けられて断罪され処刑されるのはおかしいと思います。穏便に婚約破棄だけで済ませるようにはできないでしょうか?」

 第一王子は「婚約破棄が、穏便?」と少し驚いていたが、ナディエールの命を守りたいソアセラナにとってはこれ以上ない穏便な策だ。


 第一王子は短く切った金髪をぐしゃっと握った。これは第一王子が困ったときの癖なのだが、今日まできちんと話す機会のなかったソアセラナが知るはずもない。

「難しいな……。知っての通り俺とカークライルは、周りの貴族達も巻き込んで冷戦状態だ。政敵である俺がカークライルの婚約に口を挟めば、大騒動どころか内乱になりかねない……」

「そう、ですよね……」

 そりゃそうだ、普通の家庭で兄が弟を嗜めるのとはレベルが違う。ハーディンソン家ほど力を持った家が、どちらに付くかで王位継承争いも大きく変わってしまう。


 分かっていても、そう簡単に諦められない。逆ハーが消え去った今、不測の事態に合わせて策は多いに越したことはない。ナディエールのために、ソアセラナは奮闘するのだ。


「婚約破棄をした瞬間にすかささず二人の間に入って、第二王子がでっち上げた罪を言わせることなく、殿下がナディエール様をご自分の婚約者に指名するのはどうでしょう?」

 第一王子の婚約者となれば、でっち上げた罪で処刑なんて真似はできないはずだ。第一王子としても、ハーディンソン家という大きな後ろ盾を手にすることができる。


(名案だ!)


 「無理だな」と言った第一王子の冷たい声が、足元から冷気を這い上がらせてソアセラナの興奮を一気に冷ました。これは、お怒りだ。

 叱責されると目を閉じたソアセラナに落ちてきた声は、悲しそうな響きだった。

「俺には自分の命よりも大事な、心に決めた女性がいる。だから、その場しのぎでも、他の者を婚約者になどと口にしたくない」


(魔力の八割をかけるくらい大事な人は、無表情で冷たい第一王子に、こんなことを言わせるくらい愛されているんだ。第一王子は国のための政略結婚なんて、無表情で受け入れると思っていたから意外だ。……もっと意外なのは、第一王子の言葉に私が傷ついていること。いやいやいや、どうした? ちょっと謝られたくらいで、褒められたくらいで、ちょろいなぁ、私。目を、覚ませ! 私は魔力なしなんだから、絶対に手の届く人じゃない。それに、私にはやるべきことがあるじゃないか!)


 気持ちを落ち着かせたソアセラナは、この心の迷走は気の迷いだと結論付けた。

「勝手な都合で勝手なことをお願いして、本当に申し訳ございませんでした」

 ソアセラナは手をついて深々と頭を下げた。


(そうそう、私達はこういう距離感の関係だ)


 だが、第一王子はソアセラナの肩を掴んで顔を上げさせる。

「ソアセラナがナディエール嬢を心配しているのはよく分かった。俺の立場上では表立って助けることはできないが、水面下では婚約破棄に留まらせるように動こう」

「本当ですか! ありがとうございます!」

「ただし、条件が一つある」

 条件? どんな条件であってもナディエールを守れるなら受け入れる! ソアセラナは鼻息荒く、そう覚悟を決めていた。


「俺のことは『フィル』と呼んで欲しい……」

「もちろんお受けいたしま……す?」

 ナディエールのために「どんな条件だって受け入れる!」と思っていたソアセラナは、言葉の意味を理解する前に返事を返してしまった。


(ん? どういうこと? 空間無効の魔法を見せてみろと言われると思っていたんだけど……。「フィル」と呼べ? 「フィル」と呼べ? 「フィル」と呼べぇ? 物凄く恥ずかしいんだけど、どういうこと? そういう意地悪? 適正な距離感を保って欲しい!)


 またもパニックに陥っているソアセラナを見つめている第一王子は、「俺がやらなくても、間違いなくハーディンソン公爵が何とかするけどな」と呟いたがソアセラナの耳には入らない。


 パニック状態のソアセラナ頭上から細い光が差し込み、暗闇に溶けてしまいそうなエルが胸の中に飛び込んできたからだ。

「エル! 助けに来てくれたの? 良い子だねぇ」

 エルはソアセラナの頬を舐めると、「ニャー」と一鳴きした。

 ソアセラナがエルを抱きしめていると、頭上から「ラナ、大丈夫か?」と切羽詰まったオスカーの声が聞こえた。


(……今日一番の動揺ですよ? 兄(だった人)が私を心配しているように思える……? あぁ、第一王子の前だから? 立場上妹思いをアピールしたいのかな? 第一王子にとって家族思いが出世のポイントってこと?)


「いや、俺は普通に仕事ができることを重要視している」

「えっ? また?」

「あぁ、また声に出ていた」

 第一王子はソアセラナの頭にポンと手を置くと、「今日は疲れているのだ。部屋に戻ってゆっくり休め」と言ってオスカーに指示を出し始めた。

 もちろん第一王子の顔はいつも通り無表情だったのだが、なぜかソアセラナには微笑んでいるように見えた。

読んでいただき、ありがとうございました。

26話予定でしたが、27話になりました。

あと五話で終わります。お付き合いいただければと思います。

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