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21.第一王子の謝罪

一話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 パックリと大きな口を開けた、底の見えない真っ暗な深い穴。自分の倍の高さはある入り口の前に、生徒から向けられる胡散臭そうな視線を全く気に留めることもなくオーベルは立っていた。

 いつも通りぼさぼさの頭をバリバリかきながら、面倒くさそうにため息を吐いた後の言葉がこれだ。

「いやぁ、学院に復帰した最初の仕事が、これとはねぇ……」

 指が千切れても首がもげても復職したかったとは思えない発言だ……。彼の言葉が信用ならないのは誰もが知っているが、いちいちイライラさせる男なのだ。


 裏山に集まった者は皆、グレーのシャツに黒いズボンと黒いブーツを履いている。魔法を実践する時の作業着を指定されたのは、服を汚すような泥とまみれる作業が待っているからだ。

 この格好が一番似合っていないのは、間違いなくオーベルだ。部屋に籠って研究ばかりしているから不健康に青白い肌と細い身体だ。薄着になればなるほどその不健康さが際立って、攻略対象とは思えない貧相さだ。


 生徒からの冷たい視線を感じることなく、オーベルはやる気のない声で作業開始を指示する。

「じゃぁ、みんなで頑張って穴を埋めましょうか」

 ここに集まった者を恐怖のどん底に落とした歪みに関わる作業なのに、オーベルからは安全面も経緯も何も説明がない。相変わらず何も考えていない適当な態度に、生徒全員が殺気立っている。

 この態度のおかげで、死ぬ思いをしたことがある生徒達だ。信頼度がゼロを超えてマイナスのオーベルの指示になど、従う訳がない。


 生徒が一人たりともその場を動かないのを見かねた第一王子がオーベルの横に立ち、足りていない説明を付け足した。

「今回の作業はケルベロス討伐に携わった者で行う。作業内容は、ケルベロス召喚時にできた地底と地上の穴を埋めることだ。既に調査団が入っていて中の安全は保障されているが、異空間であることは変わらない。犯人も見つかっておらず目的も分かっていない。だから間違っても穴の中には入らないように、各自気を付けて振り分けられた作業に当たってくれ」

 やっとまともな説明を聞けてホッとした生徒達は、分担された作業に散っていく。


 ソアセラナは他の係が集めた土を、穴の中にぶっこむ係だ。あれだけ大きなケルベロスが地底から這い出て来た穴だけあって、一体いつ作業が終わるのか先が見えない。始まって早々考えることではないが、少なくとも一日二日で終わる作業量でないのは確かだ。


 ソアセラナに限らず誰もがそう思ってため息をつきかけた時に、どこからともなく突風が吹いた。ただの風ではない、何十年も前からしっかりと根付いている大木が根っこから引っこ抜かれる程の突風だ。

 何の前触れもなかく、こんな強風が吹くはずがない。明らかに魔法によるもので、その場にいるほとんどの者が風に飛ばされている。もちろん、ソアセラナもその一人だ。だが、ソアセラナは運が悪かった。突風に乗るやいなや目の前に、折れた太い枝が切っ先を向けて槍のように迫ってきている。


 杖を使う分だけ魔法の発動が遅れてしまうのだから、咄嗟に魔法は使えない。「絶対に間に合わない!」ソアセラナは激突の恐怖から目を閉じた。




 衝撃はあったが、痛みはない。「不思議だ」と思っていると、自分は誰かの腕の中で守られているらしいことにソアセラナは気づいた。

 驚いて目を開けば、辺りは真っ暗闇だ。さっきまで青空の下にいたのに、どういうことだ?


(真っ暗だから顔を見たところで分からない。でも、この腕は、覚えがある……。これは、第一王子よね? どういうこと?)


 思考があっちこっちに飛び回っているソアセラナは、暗闇の中で動揺が激しい。それを感じ取った第一王子は、落ち着かせようと頭をポンポン撫でて「大丈夫だ」と声をかけてくれる。なぜか不思議とそれが懐かしい気がした。


「ソアセラナが木の枝と正面衝突しかけていたから、枝を粉々に砕いた。その瞬間に、なぜかこの穴に吸い込まれた。その上、入り口は閉じられた。明らかに誰かが、何らかの意思を持って俺達を閉じ込めたんだろうな」


(誰が? 何のために? えっ? 第二王子派が、第一王子を亡き者にするために? 私は巻き込まれたってこと? ……状況的に、多分、違う。巻き込まれたのは、私を助けた第一王子だ。あの枝に転移魔法が仕掛けてあったんだ……。明らかに私が狙われている。でも、どうして私が?)


「……助けていただき、ありがとうございました」

 さすがにいつまでも第一王子の腕の中にいるのは不敬だ。ソアセラナは第一王子の腕の中から出て、暗闇の中を恐る恐る手探りで調べる。何としても助かるためには、状況の把握が必要だ。

「ソアセラナが気を失っている間に、中の状況は確認した。あまり動かない方がいい。右四十センチ先に地底に落ちる穴が空いている」

「……!」


 第一王子はここに座れと地面を叩いてくれるが、暗くて距離感が分からない。うっかり第一王子の足にぶつかってしまうと、息を呑んだ後に呻き声が聞こえた。

「殿下、足を?」

「大したことはない……」

 そう言った声が、擦れて苦しそうだ。

 間違いない、ソアセラナを庇う際に足を痛めたのだ。痛めたなんてものじゃない。常に冷静な第一王子が、これだけ態度に出てしまうほどの大怪我だ。


 ソアセラナはデリシアから教わった癒しの魔法を使おうとするが、できない……。

「……杖が、ない……」

「激しい突風だったからな、あの時飛ばされたのだろう。裏山に戻れば見つかるから、安心しろ」

 見つからないと困る。最下層に近いダンジョンから取ってきた、魔力を多く持った魔石なのだ。そう簡単に手に入るものではない。


「……すみません。杖があっても役立たずなのに、杖がないのなら完全に足手まといです」


(殿下の足は立てないほど重症だから、私に構っている余裕はない。役に立たないのなら、せめて足は引っ張りたくない。何としても、殿下だけでも地上に戻ってもらわないと)


「殿下は先に地上に戻ってください。私は、ここで助けを待ちます」

 暗闇の中で顔は見えないけれど、第一王子の苛立ちはしっかり感じ取れた。何か怒らせるようなことを言ったつもりはないソアセラナは、気まずくて距離を取ろうとするも、動いた先に穴が空いているかと思うと動けない。

 この逃げ場のない暗闇で、重苦しい沈黙に耐えるのは至難の業だ……。


(何? 怒りを買うような何かおかしなこと言った? ここは地上と地底の歪だから、単純によじ登れば元の場所に戻れるわけではないし、出た場所が地上とも限らない。魔力の大きい殿下が外に出て、みんなと協力して私を助けてくれればいい。ほら、何もおかしなこと言っていない!)

 

 第一王子の深く長いため息が暗闇に響くと、「うわっ、怒られる?」と思ったソアセラナの身体がビクリと揺れた。

「……ソアセラナを一人で置いて行ったりしないから安心しろ」

 そう言った第一王子の腕がソアセラナを引き寄せる。


 第一王子の腕の中にいるとホッとすることにも驚いたが、何よりも自分が恐怖で震えていることに驚いた。だが、気づいてしまえば、心が恐怖に支配されてしまうのはあっという間だ。真っ黒な闇の中にたった一人で落とされて、溺れてもがいているみたいに苦しい。


(暗闇は駄目だ。六年前に地下牢に閉じ込められた記憶を呼び起こす……。光の届かない真っ暗闇に塗りつぶされた、黴臭い地下牢。体温と体力と気力を奪っていく冷たい石で囲まれた寒くて怖い地下牢。両親からは絶え間なく罵倒され暴力を振るわれ、死への恐怖を与えられた。そして、兄様に裏切られた場所……。暗闇は、私を思い出したくない過去へ連れ去ろうとする)


 暗闇に呑み込まれそうなソアセラナを、第一王子が繋ぎ止める。

「大丈夫だ、一人じゃない」

 王太子の声は冷静でいつもと変わらない。だからこそ、本当に大丈夫な気がしてくる。

 子供をあやすように背中をトントンと叩いてくれる手がとても優しくて、ソアセラナは徐々に落ち着きを取り戻した。

「……何だか以前にも、こうやって殿下に助けられた気がします。そんなはずないのに、不思議です」

 本当に不思議だが、なぜだかそんな気がしている。


 自分の髪をクシャクシャとかき乱し握り締めた王太子が、深くため息を吐く。


(しまった……。嫌われている私が馴れ馴れしいから、殿下の気分を害してしまった……。それじゃなくても、私に巻き込まれてこんな場所に閉じ込められているのに!)


 ソアセラナは胸がギュッと締め付けられるように痛くなったが、その理由はさっぱり分からない。

 その謎の理由を考える間もなく、第一王子がビックリ発言だ。

「俺の魔力量は大きい。だが、使える魔力量に限りがあり、俺一人でもここから抜け出すことは難しい」

 とんでもない告白に驚いて顔を上げるも、暗くて第一王子の表情は分からない。ただ、声はいつもと変わらず淡々としている。天気の話でもするように、自分の秘密をさらけ出している。

「二年前にした契約によって、俺の魔力は常に八割程度を吸い取られ、残っているのは二割だ。今の俺には、一般的な魔力しか残っていない」


(……それ、どんな契約? どんな契約しちゃったの?)


 あまりにも驚きの告白に、ソアセラナも黙っていられない。

「世間はそれを、契約ではなく、呪いと呼ぶのではないでしょうか?」

 第一王子は少し考えるように首を傾げたが、「うーん、俺が自ら望んで頼んだのだから、契約で間違いない」と答えた。

「……自ら望んで魔力の八割を渡すって、それはすごい重大事案なのでしょうね」


(国防に関わる何かなのだろうな。殿下は魔力を大半を失って、国を守っているんだ)


 自分みたいな末端が知ることは叶わない内容なのだろうと思いつつ、ソアセラナは第一王子の潔さに感心してしまう。

 魔力の大きさがものを言うスペンサイド国で、国を守るためとはいえ八割の魔力を失うのは大事件だ。王太子争いにだって影響する話だ。それなのに第一王子の話しぶりに、後悔は感じられない。


「そうだな、俺にとっては重大事案だ。俺の一番大事な人を守るために必要なことだったからな」


(えっ? 人? 国じゃなくて? 国民じゃなくて? 個人? 第一王子にも大事な人がいるんだ。……えっ? 何でモヤモヤするの?)


「俺には二割でも、魔力がある。俺はソアセラナから、全ての魔力を奪ってしまったのにな……」

 苦しそうにそう言った第一王子が自分を見ているのが分かるが、ソアセラナは顔を上げたくない。

「私が魔力を失ったのは、自分が愚かだったからです。自己満足で無駄なことをしただけですから、殿下が気にされることは何もありません」

 ソアセラナが早口で捲し立てた。

 この話題は惨めになるから話を早く終わらせたい。ましてや第一王子の前でなんて、尚更話なんてしたくない。


 ソアセラナの態度を前に、暗闇の中でも第一王子が息を呑むのが分かった。


(何か驚くようなこと言った? 六年前に第一王子に言われたことと同じだよ? 第一王子が大事な人のために魔力を奪われているなら、分かって欲しいよ。消えていく命を目の前にしたら、それが無駄なことかなんて考えている余裕はないんだよ! あの時私は、第一王子の空色の瞳を助けたいと思ってしまったんだよ!)


 第一王子は、また短い髪をぐしゃっと握った。

「……六年前、俺を助けてくれて、ありがとう」

「……………………」

 自分の耳を疑うほどあり得ない言葉が飛び込んできたせいで、無意識に第一王子の方に顔が向いてしまうのは仕方がない。

 暗くて何も見えないが、お互いに向き合っているのは分かる。すると、あの第一王子が、ソアセラナに頭を下げるではないか!


「……! で、で、殿下! 私ごときに頭を下げるなんて、あってはならないことです! どうしたのですか? ご乱心? 私は殿下の邪魔をして黒馬を二頭殺し、勝手に魔力を失ったのです。呆れられることはしましたが、お礼を言われるようなことは何一つしていません!」

 パニック状態のソアセラナは、両手で第一王子の額を押し上げる力技を見せる。まぁ力で敵うはずもなく、びくともしない。


「ソアセラナを苦しめて、本当にすまなかった。六年前のあの時は『娘を餌に寝返ろう』というロードレール侯爵の下心が透けていて、政治的に叩き潰しておく必要があった。その後にソアセラナと話をする機会は……、俺が根性無しだから作れず、今日まで訂正ができなかった。本当に申し訳ない。あの時ソアセラナが助けてくれなければ、俺は間違いなく殺されていた」

 第一王子の声は、ずっと後悔に苦しんできた声だった。ソアセラナが自分の行動を恥じてきたように、第一王子も苦悩してきたということなのか?

読んでいただき、ありがとうございました。

まだもう少し続きますので、よろしくお願いします。

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[一言] 苦悩。。。 今更?ww
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