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20.ナディエールの前世

本日二話目の投稿です。

よろしくお願いします。

 久しぶりにすっきりした気持ちで寮に帰ってこれたのは、クラスメイトに言いたいことを言ったソアセラナだけで、ナディエールは相変わらず何か思い詰めた顔をしている。

 いつも堂々としたナディエールからはかけ離れた生気のない様子に、ソアセラナも気付いていた。

 いつもは凛と伸びたナディエールの背筋が、ガックリと丸まっている。手を伸ばせば届く距離にあるナディエールの背中なのに、果てしなく遠く感じてしまう。

 本当にこのままナディエールが遠く離れていってしまいそうで、ソアセラナの不安は募る。


 そんなソアセラナの様子に気づいたのか、部屋に入るなりエルが喉を鳴らして足に身体を擦りつけてきた。エル抱き上げたソアセラナは、背中越しに「ナディ、どうしたの? 何かあった?」と恐る恐る声をかけた。


(私が今日の昼に、我慢ができずに言いたいこと言ったから? 何かナディが不愉快になることを言ってしまったのかも……。心当たりが多過ぎて、返って分からないな……)

 

 ソアセラナの不安を他所に、ナディエールは思いもしないことを言い出した。

「学院って貴族も平民もいて、ちょっとした社会の縮図だと思う」

 突然の話の展開についていけず、ポカンと口を開いたソアセラナを見ずに話は続けられる。


「この国は第一王子派と第二王子派に分かれて、勢力争いをしている。大の大人がちょっとでも条件の良い方に寝返ったり、寝返らされたり。普通に考えれば第一王子が王太子になっているはずなのに、国王が側妃達に操られているからこんな事態になっている」

 現国王は自分の能力の低さを補うために、優秀な王妃と結婚したのが分からない愚かな人だ。

 やっとそれに気がついた時は、第二王子派にがんじがらめにされて身動きが取れない状況で、もう抜け出すことなど手遅れだった。国王を取り巻く国の重鎮は第二王子派ばかりに入れ替わり、第二王子派の了承を得られなければ議会だってまともに動かせない状況に陥ったのだ。そこをギリギリで何とか踏ん張っているのが、王妃だ。


「第二王子派は私腹を肥やすだけで国のことなんて考えてない。本当はみんなそう思っているけど、自分の身を守るために見て見ぬ振りをしている。どっち派だとか中立派だとか言い続けていたら、この国が腐っていくだけなのよ。でもこの国の人間は保守的だから、あえて自分から非難の声をあげたりしない。ただ黙って傍観していることが、腐敗の速度を上げていると分かっていてもね……。このまま変わらないのなら、この国は終わるわ」

 冷静に国の状況を分析しているナディエールは、淡々と恐ろしいことを口にした。

「ナディの言う通りだと思うけど……。自分の国が滅びるかもしれないのに、ナディは怖くないの?」

 ナディエールは少し驚いたように目を開いたが、「そのための準備はしているしね」と言ってソファを立った。


 ナディエールはソアセラナに背を向けたまま窓辺に立った。寮の最上階の部屋からは、夕闇に浮かぶゾストール学院の正門と正面玄関がよく見える。

「前世の記憶があるからなかな? こういう偏見を押し付ける腐敗した国は、さっさと滅びればいいと思っちゃうのよね。馬鹿が治める独裁国家なんて、害しかないわ」

「それは、随分と過激な発言だけど……。でも、その方が、逆ハーより現実的かも! 卒業パーティーまでに第一王子が王太子になるとかして国が変われば、斬首刑回避できるかな?」

「ダメよ! それじゃラナが魔力を得られない!」

 顔を強張らせて大声でそう言ったナディエールが、大股でソファに戻ってきた。


 ズンズンズンズンと一歩近づくごとに顔が大きくなり、今は目の前にナディエールの顔がある。ナディエールの掴みかからんばかりの前のめりな勢いに、ソアセラナの腰はソファの上で目一杯腰を引いて仰け反った。エルに至っては、膝の上から逃げ出してしまった。


 そう簡単に国が変われる訳がないのは、ソアセラナだって分かっている。

 何百年も続いてきた歴史を変えるには、大きな痛みが伴う。そんな痛みを自分が背負うのは、誰だって避けたい。かといって放っておいたら、痛みを感じる前に崩れ去るのだが……。


(魔力はまた別歩方法を探して、まずは斬首刑回避を優先すべきなんだけど……。そうだ! 逆ハーより実現する可能性の高いものが、もう一つあった!)


「そうそう、少し前にデリシアさんと話をしたんだけど、攻略対象の四人は誰も好みのタイプじゃないそうなのよ。それで思ったんだけど、デリシアさんが誰も選ばなかった場合ってナディはどうなるの? 普通に考えて、処刑はされないわよね?」

 遠くを見ていた赤い瞳が見開かれた。

「誰かを選ばないとエンディングにならないイトキミに友情エンドはなかったから、思いつかなかったわ。デリシアが誰も選ばなければ、処刑にはならないと思う。でも、第二王子と結婚ね……」


 二人の顔が一気に曇る……。

「あれと結婚するなんて、ある意味死ぬまで続く処刑ね……。ナディをそんな目にあわせる訳にはいかない! 何としても婚約破棄だけは勝ち取ろう!」

 そう言って気合を入れたソアセラナは、何か方法がないか必死に考える。しかし、ナディエールの表情は相変わらず冴えない。そのまま苦しそうに、言葉を吐き出す。

「それに、ラナが魔力を得られないわ……」

「あー、それね? 魔力が得られないのは残念だけど、今はそれよりナディが無事に婚約破棄して生きていることの方が重要だよ……」

「駄目よ!」

 高い天井に、ナディエールの叫びに近い声が響き、大きなシャンデリアが揺れたように見えた。


 話を遮られたソアセラナは、急な態度の変化に唖然とした顔でナディエールを見ている。

 怒っているのかと思ったナディエールは、真っ青な顔をして何かを堪えるように口元が震えている。ナディエールのその怯えた様子は、自分の後ろに化け物ではないかと、ソアセラナが後ろを振り返りたくなるほどだ。


 いつもなら気を抜いてだらけている部屋の空気が、ナディエールの硬い態度によって珍しく緊張で張り詰めてしまった。可愛らしいパステルカラーがそぐわない部屋に代わってしまい、なんだか居心地も悪い……。

 苦しそうに目を伏せたナディエールが心配だが、今まで見たこともない怯えた態度に、ソアセラナは何と声をかければいいのかが分からない。


 再び顔を上げたナディエールの何かに追い立てられているような様子が心配で、ソアセラナも姿勢を正し向き合った。しかし、ナディエールは視線を外してまたうつむいてしまう。

 ナディエールの拒絶に、ソアセラナは一体何が起きたのか分からず混乱する。こんなに不安な表情にさせることを言ったのだろうか? 


「斬首刑が回避できない状況になったら、一緒に逃げよう。ドゥレイルさん達なら絶対に助けれくれる!」

 記憶が戻ってからずっと斬首刑への恐怖と戦ってきたのだ。ここまで逆ハー絶望的となれば、不安が爆発するのも当然だ。ナディエールの態度の理由を、ソアセラナはそうだと考えたが、残念ながら違うようだ。


 ナディエールはうつむいたままキュッと口を結んで首を振るだけ。その様子が本当に苦しそうで、ソアセラナは本格的に何を言えばいいのか分からなくなってしまった。


 下唇が真っ白になるほど噛んだナディエールは、覚悟を決めたのか鬼気迫る顔で「今日、ラナが拒絶したクラスメイトなんて相手にならないくらい、前世のわたくしは打算しかない汚い人間だった」と告白した。

「もう、あんな自分には戻りたくない! ラナより自分を優先させたら、今世も後悔しながら死ぬことになってしまう……」

 そう言って苦しそうに顔を歪めるナディエールを前に、ソアセラナは成す術がない……。






 私の前世は最低だった。

 六人兄弟の五番目に産まれ、家は貧乏で家族にも恵まれなかった。両親や兄妹から八つ当たりされ、搾取される地獄のような毎日。私はそこから抜け出したくて、必死に努力した。

 必死に勉強をして、誰もが羨むような会社でバリバリ働き出世した。


 一見誰もが羨むような生活に見えて、実際は仕事だけであとは空っぽだった。

 本音を吐き出せる友達なんて、三十八年間一度もいたことがない。周りにいるのは私を蹴落とそうと息を潜めて、都合のいい時だけ仲間面をする奴等ばかり。だけど文句は言えない。私だってそうやって、周りを蹴落としてきたのだから……。


 自分が空っぽなことにも気付けない大馬鹿者だった私は、三十八歳で身体を壊した。気づいた時には手術もできないほど手遅れ状態で、若いから病気の進行も早い。

 後ろを振り返ることなくひた走ってきたのに、目の前に待つのは死だけ。その死を悲しんでくれる者さえいない……。


 ずっと会うことを拒否していた親兄妹が勝手に現れるようになったのは、入院した直後からだ。家族面して勝手に病室に入ってくる家族は、最初から最後まで私を心配することなく、私の通帳の残高だけを気にしていた。完全に私の遺産を狙ったハイエナ共だった……。


 私の最期は凄惨だった。

 私が死んでも誰も泣かなかったはずだ。怒り狂って叫び声はあげただろうけど……。

 私の遺産は、私の計画通り家族の手には渡らなかったはず。

 愚かな奴等が私を敵に回すからこうなるんだ、動かない身体と朦朧する頭でそんなことを思っていたのだから、私も家族と同じで相当な愚か者だ。


遺産は家族に渡ることなく全額寄付できたのが、私の人生で唯一の善行なのかもしれない。でもそれは、家族を苦しめ嘲笑うためにとった行動の結果に過ぎない。善行とは呼べないのは分かっている。


 最期は家族を恨み、家族をどん底に突き落とすことに執着した悲惨な時間だった。

 振り返れば振り返るほど、ろくな人生じゃなかった。自分以外の誰も信じず、最期は自分に失望した。もっと別の生き方は出来なかったのか?

 後悔しか残らない。







 前世の記憶は、ずっとナディエールを苦しめてきたのだろう。名前も思い出せない前世の記憶が、別人として生きる今世の足を引っ張っている。

「前世では、私を馬鹿にした人間を見返してやりたかった。それだけが望みで、そのために人が羨む成功を手に入れようと努力した。その結果が対等な目線で話す友人はいなく、誰とも打算以外でつながることなく死んだ。そして気づいたら、ナディエールとして生まれ変わっていた。私の前世は幸せではなかった。虚しいものだった。空っぽだった。だから、今度は絶対に前世と同じ生き方はしないと誓ったの」


 生まれ変わったのは、悪役令嬢として死が待っている人物だ。「これは罰なのか?」と愕然とした。それでも、せっかくのチャンスを無駄にせず、前世とは違う生き方をナディエールは選んだ。もう後悔する人生にはしたくなかったからだ。


「シナリオでのハーディンソン家は、家族仲がどうしようもなく悪いの。そのせいで家族みんなが根性悪になるんだけど、未来は変えられると信じて必死に修復した。おかげで二回目の人生にして初めて、家族愛を知れたわ」

 今のハーディンソン家の家族仲は、すこぶるいい。夫婦仲もいいし、両親はナディエールを溺愛している。


「家族愛の次は、信頼できる友人を作りたいと思った。でも、友達との距離の取り方が分からないし、私の周りには打算で動く人しか寄ってこない。『これじゃない!』と思っていた時にラナに会えた」

 政治的な発言力も経済力もある公爵家の令嬢にして、第二王子の婚約者。そんなナディエールの周りには、権力の臭いに引き寄せられる者ばかり集まってしまう。その中で打算のない人間を探すのは、第二王子との婚約を回避するぐらい難しい。


「桜の木って、前世の世界の木なのよ。こっちにも似た木がないか調べて、取り寄せて、品種改良したの。ラナはその桜の下で懐かしそうに花を見上げていたし、もう何年も前からシナリオを変えている。だから絶対にわたくしと同じで、前世の記憶を持った転生者なんだと思った。あの時は、転生者のよしみで助けてくれないかしら? わたくしのシナリオもぶった切ってくれないかしら? そんな気持ちで声をかけたの」

 ほんの三カ月ほど前のことなのに、何年も昔の出来事のように思える。ソアセラナにとっても、ナディエールとの出会いは強烈で運命を変えるものだった。


「ラナは転生者でも何でもなくて、シナリオを変えているのは偶然だった訳だけど……。魔力が欲しいから協力してくれると言ってくれた。ラナが魔力を欲するのは、自分を捨てた家族に復讐するためだと思っていたの。だから、前世の自分と同じなんだと思って、心の奥の仄暗い場所でホッとしていた。でも真実は違った。ラナはわたくしみたいに家族への怒りに振り回されることなく、前を向いて自分のやるべき道を見つけていた」

 そう言ったナディエールの顔が曇る。


「それを知った時、やっぱりわたくしは今世も打算で生きていると思い知らされた。家族の仲を修復したのだって、自分が生き残るため。ラナと協力し合っているのも、やっぱり自分が生き残るため。相変わらず打算的に生きているのに、ラナは自分よりわたくしを優先しようとする……。わたくしに、そんな価値ないのよ! わたくしはラナとは違って、前世と変わらない自己中心的で冷酷な卑しい人間なのだから!」

 そう言い終えたナディエールは、ベッドに突っ伏してしまった。顔を上げてくれる気はなさそうだ。

 不用意な言葉を言うことが憚られるこの雰囲気だが、何を言えばナディエールは救われるのだろうか? 正解など分かる訳がない。


「何かナディは勘違いしていると思う。私は家族を許してなんていないよ? 今でも恨んでいるし、破滅しろって思ってる。あれだけ酷い目にあわされたのだから、当然でしょ?」

 ナディエールの身体が驚きでピクリと揺れ、ゆっくりと驚愕の顔がソアセラナに向けられる。

「復讐しないのは、あの人達に構っている時間がもったいないから。ナディの命を助けたいし、村のみんなに魔道具を普及したい。この二つが私にとっては何よりも重要なだけだよ」


 ソアセラナがドゥレイルに会えなければ、家族を恨んで死んでいくか、家族への復讐に燃えていたはずだ。

 人は一人では生きていくのは難しいから、出会った人によって人生が左右される。前世でのナディエールは、信頼できる人に出会えなかった。その結果として、辛い人生を終えることになった。


「私はドゥレイルさんに会っていなかったら、家族を恨んできっとどこかで野垂れ死んでた。生きていたから村のみんなと会えて目標を見つけられた。生きていたからナディと会えて、一生の友達を手に入れた。私は生きていることが一番重要だと思う。だから、ナディが生きていることを最優先にしたい。だって、ケルベロスの時に、ナディは私に言ったよね? ナディの命を犠牲にしたら、私だって苦しいよ?」

 いつも強気で悪役令嬢と勘違いされてきたナディエールの赤い瞳から、ポロポロと涙が流れ落ちる。

「もし私が魔力を手にできなかったら、どうすれば魔石に魔力を込められるか一緒に考えてよ? 生きて私に協力してよ」

 ナディエールは嗚咽で返事がなかったが、泣きながらソアセラナに飛び付いてきた。


 ソアセラナは泣きじゃくるナディエールの背中を、ポンポンと叩いている。

「ナディの前世を聞いても、私は打算的とは思わないよ。ナディは家族に搾取されるのではなく、自分の力でよりよい生活を手に入れようと頑張った。周りに頼る人がいない状況で、足元が崩れる怖さに一人で耐えながら前に進んだ。十分凄いと思う」

 ナディエールは「それは違う」と首を振っていたが、ソアセラナにはそうとしか思えない。

 ソアセラナにはドゥレイルや村のみんなやグレイソンがいたが、ナディエールには誰もいなかった。孤立無援の状態で、自分を鼓舞して前へ進み続けたのだ。


 その日の二人は、今まで以上にお互いの話をして、馬鹿みたいに大泣きして大笑いしていた。そんな二人をエルは不思議そうに見上げていた。

読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、よろしくお願いします。

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