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2.桜の下で衝撃の告白

よろしくお願いいたします。

 薄紅色の小さな花が、枝を覆うように咲き誇っている。花が散り始めてから葉が生えてくる種類の樹木で、その木には今のところ幹や枝の濃い茶色と薄紅色の二色しか見当たらない。二色しかないのに、小さく可憐な花が集まった集合体は驚くほど色鮮やかで美しい。

 またこの薄紅色が青い空によく映える。薄紅色の花の隙間から見える青空は最高だ。


(六年前に見た、第一王子の空みたいに青い目を思い出すなぁ)


 この珍しくも美しい桜の並木道があるハーディンソン家のお茶会に集まった令嬢達は全部で十一人だ。ハーディンソン家の一人娘であり、第二王子の婚約者でもある、ナディエールの同級生となる貴族令嬢だけが集められていた。

 このお茶会の意味は二つ。二週間後に迫ったゾストール学院での、ナディエールの取り巻きの選定。

 もう一つはハーディンソン家の力を誇示することだ。ナディエールの取り巻きにならずとも、ハーディンソン家を出し抜こうとなどと考えるなという牽制だ。


 そう言う意味合いのお茶会だから、今一番勢いのあるハーディンソン家に取り入ろうと令嬢とその親達は必至だ。

 ただ一人を除いては……。


 十人の令嬢達がナディエールを囲み、取り巻きとしての友好関係も築こうとしている。派閥が違う者だって、顔だけは繋いでおこうと必死だ。

 そんな戦いが繰り広げられる中、ロードレーヌ侯爵家の一人娘であるソアセラナだけは、一人離れて桜の木の下にいた。ナディエールにもハーディンソン家にも興味がない顔で、飽きることなく薄紅色の花の間から青い空を見上げている。




「貴方だけ、お花見を堪能しているわね?」

 空を見上げるソアセラナの背後から声をかけてきたのは、お茶会の主役であるナディエールだ。緩く巻いた赤髪と、少し吊り上がった意志の強そうな赤い瞳からは気の強さしか感じられない。高い鼻に少し大きくてふっくらとした赤い唇は、ナディエールの白い肌に映えるが、やっぱり悪だくみをしているように見えてしまう。とびきりの美人なだけに、あくどさが際立つのだ。


 最初に顔を合わせた時に挨拶は済ませているが、そんなナディエールを前にソアセラナは気後れしてしまう。

 見た目は真っ直ぐなシルバーブロンドに、大きくて丸い蜂蜜色の瞳と華やかで、小柄で小動物のように愛くるしい姿と合っている。しかし、肌は他の令嬢と比べると明らかに日に焼けているし、手足にはほどよく筋肉がついていて令嬢らしくない。


 お茶会なんて来たのは、今日が初めてだ。

 六年前までは家に閉じ込められ、貴族の令嬢と言葉を交わしたことさえない。この六年間だって、令嬢と会ったことなんてない。

 そんなソアセラナを貴族だらけのお茶会に放り込んで、一体どんな社交をしろと言うのだ? 貴族令嬢としてのマナーなんて、一切持ち合わせていないのに! 会話なんてできるはずがない……。


 そのお互いを探り合う空気を破るように、ナディエールがずいっと一歩近づいてくる。顔がくっつきそうな、親密な距離だ。初対面の二人に、そんな親密さは一切ないはずなのに……。


 ナディエールはこの通り美人だが、意地の悪そうな見た目から評判も悪い。どこぞの令嬢を社交界出入り禁止にしたとか、どこぞの高級ドレス店を潰したとか、とにかくなかなかスケールの大きい悪評が絶えない。

 そんなナディエールの手にかかれば、侯爵家とは名ばかりで内情は火の車なロードレーヌ家が太刀打ちできるはずがない。いや、それ以前に、ロードレーヌ家がソアセラナを守ることは絶対にない。

 ナディエールの十五歳とは思えない迫力に、ソアセラナは完全に圧倒されてしまっていた。


(まだ、学院にだって通ってないのよ? 何も成し遂げられないまま、私は終わるの?)


 身の破滅を感じているソアセラナに顔を寄せて、ナディエールはあくどく微笑む。

「……ねぇ、お花見と言えば、昼間派? 夜桜派? どっちだった?」

「……」

 ナディエールは内緒話でもするように耳元で囁いてきたが、ソアセラナには分からない単語だらけだ。それでも、自分の身を守るために知っている言葉を選択した。

「昼間派? です」

 その返答にナディエールが満足そうに微笑んだので、「合ってた!」とソアセラナは胸をなでおろす。


「分かる。私も昼間派だった。夜桜は酒の席が盛り上がり過ぎて、面倒事が多いのよね? って、未成年だったら分からないわよね? 貴方は、享年何歳?」

 またもナディエールの言葉は分からない単語だらけだが、歳を聞かれているのは分かった。「貴方と同級生だから呼ばれています」と思いつつも、この状況を乗り切るために歳を答える。

「……十五歳です」

「若い! そう、そんなに早くに……。なら尚更今世では長生きしたいわよね? 私も余命一年の死亡ルートはごめんなのよ。私達、協力し合えると思うの!」

 同情したり気合を入れたり忙しいナディエールに両手を握られたソアセラナは、ナディエール発する言葉の全てを理解するのは諦めた。


(協力? ナディエール様の婚約者である第二王子に他の女生徒を寄せ付けないように盾になれってこと? それは派閥的に私の仕事じゃないわよね? なら、第一王子やそれに擦り寄る貴族の動向を見張れってこと? 無理! 私は、学院に魔法の勉強をしに行くの。貴族の小競り合いなんて興味ない! 絶対に声をかける相手を間違えてる。こうなったら、全てさらけだして呆れてもらうしかない!)


「……申し訳ございませんが、私ではナディエール様のお役には立ちません。ご存じかと思いますが、ロードレーヌ家は侯爵家とは名ばかりの貧乏貴族です。父は魔力のないわたくしを学院に入学させる気もありません。私は自力で得た奨学金で学院に通うのです。本来であれば、このお茶会に呼ばれるような立場ではないのですが、父が見栄を張ったために参加させられているに過ぎません。それにずっと平民暮らしでしたので、自慢できませんが貴族としての教養は持ち合わせておりません。ナディエール様が望まれている、権力争いの中で立ち回れる技術は一切持っておりません!」

 ナディエールの赤い目は怖いが、ソアセラナは本気を伝えるために視線を逸らず一気に捲し立てた。


 そんなソアセラナに、ナディエールは年上の女性のような貫録で鷹揚に微笑んだ。

「警戒する必要はないわ。貴方が一人でゲームのシナリオ書き換えていることは知っているの。正直に言って、貴方の手腕には驚きしかないわ! わたくしこそ役に立てるか分からないけど、一人より二人の方が未来を変えられるわ!」


 益々ナディエールが何を言いたいのか分からず、ソアセラナは言葉も出ない。その混乱を肯定と取ったナディエールは、周り確認してより密着してきた。話し声も慎重に二人にしか聞こえないほどの小声だ。

「六年前に第一王子を助けたのは、ソアセラナなのよね? シナリオを変えたくて、第一王子を助けるために魔力を枯渇させるなんて捨て身だけど最善だと思うわ。貴方の魔力が失われて、第一王子が生きていれば、ゲームの流れが一気に変わるもの。実際にゲームが始まっていない現時点で、設定が色々と異なっているのは貴方の力によるものだわ!」

 ナディエールの使う言葉は分からないものばかりだが、今の話が一番怖い。いくら勢いのある公爵家といえど、知るはずのない王家の情報が含まれている。

 意味の分からない言葉と、彼女が知るはずのない事実。その得も言われぬ薄気味悪さに、ソアセラナの背筋が凍る。


(どうして? 私の魔力が失われた話は有名だけど、それは研究にのめり込むあまり使い過ぎで枯渇したとなっているはず。第一王子暗殺未遂は、極秘事項として秘匿されているはずなのに。どうしてナディエール様が知っているの? それも、私が第一王子暗殺を阻止したから魔力を失ったことまで、どうして知っているの?)


「貴方にも色々思うところはあると思うわ。でも、せっかく転生者が二人いるのだから、協力し合いましょうよ! 知っての通り、私が生き残るルートは、ソアセラナがラスボスとして魔獣の王並みの強大な魔力を手に入れる逆ハールートだけなのよ!」


(えっ? 魔獣の王並みの魔力って……。 ドゥレイルさんしか知らないことを、どうして知っているの? いや、どうして知っているかは、この際後回し。どうしたらその魔力が手に入るのかを聞き出さなくちゃ!)


 急に息を吹き返したソアセラナの強い視線に、今度はナディエールの赤い瞳が怯えている。一歩二歩と後ろに下がるナディエールだが、ソアセラナがそれを許さない。ナディエールの両肩をガッチリつかんだソアセラナは、ナディエールの赤い瞳と正面から向き合った。

「どうしたら私は魔獣の王並みの魔力が持てるのですか? 方法を教えてください!」

 鬼気迫るソアセラナの迫力に、ナディエールの腰が引けている。


 そりゃそうだろう。ソアセラナは小柄で、ナディエールの方が十センチ近く背が高い。それなのに、ソアセラナの力強い両腕がナディエールを押さえつけ、同じ目線にしているのだから。

 口で人を動かせばすべて事足りる生活を送っている令嬢に対して、ソアセラナは薪割りだって自分でやってきた。魔力はゼロだが、物理的な力が令嬢ごときに劣る訳がない。


 早急に答えを求めているソアセラナの指が、ミシミシと音をたてそうにナディエールの肩に食い込んでいる。痛みで涙目のナディエールが何とかソアセラナの手を叩くと、ようやく力の差に気づいたソアセラナが肩から手を離した。

「申し訳ございません。魔力が持てるのかと思ったら、興奮してしまって……」

 魔力に執着するあまり周りが見えなくなっていたソアセラナは、小さな身体を縮こませ青い顔で謝罪した。

 痛みで顔を顰めたままのナディエールは、「乙女ゲームをしたことがないのかしら?」とブツブツ呟いている。


 ナディエールを怒らせてしまったと勘違いしたソアセラナは、地面に膝をついて詫びた。何としても魔力を手に入れる方法を聞き出したい。そのために大嫌いなこの国に戻ってきたのだ。

「えぇぇっ? 土下座!」

 焦った声を上げたナディエールは、小柄なソアセラナを引っ張り起こした。

「そう簡単に土下座なんてしたら駄目よ! 何だかパワハラでもした気にさせられちゃうじゃない」


(相変わらずナディエール様の使う貴族の言葉の意味は分からないけど、噂のような根性悪ではなさそうよね?)


「まだ十五歳だと、乙女ゲームをしたことがなかったのかしら? 中学生になるとスマホを持っていると聞いていたけど、それぞれ家庭の事情があるものね?」

 ナディエールはまた知らない単語を並び立て、「あっ、わたくしったら聞くばかりで、自分の話をしてなかったわね」と申し訳なさそうな顔を見せた。


(いや、ナディエール様の話で聞きたいのは、どうしたら私が魔力を得られるかだけです! と言える雰囲気ではないね? とりあえず、我慢して聞くしかないか……)


「私は享年三十八歳で、いわゆるバリキャリだったのよ。中学生には古い言葉かしら? 何よりも仕事優先の働く女の人よ。独身だし高級取りだし趣味もないし、笑っちゃうくらいお金ばかり貯まったわ。そんな私が病気になったの。入院って本当に暇よね? 物心ついた頃から将来のために勉強とバイトに励み、就職してからは仕事に全てを捧げていた私にとって、暇は敵だった。で、たまたま押した広告で何となく始めた乙女ゲームにハマったのよ。ゲームなんてしたことなかったけど、私に向いていたのよね? だって自分のために使えるお金と暇がうなるほどあるのだから、課金し放題よ? この世界は『愛しい君へ』という乙女ゲームの世界なの。そこそこ人気だったと思うけど、周りにプレイしてた友達とかいなかった?」


(……………………どうしよう? 言っている意味が全然分からない。妄想にとりつかれてる? 根性悪ではなさそうだけど、なんだかヤバい人かもしれない。だとしたら、魔力を得られる話もナディエール様の妄想? 無駄に期待させられたの! ……いや、怒っている場合ではない。これは逃げなくてはいけない状況だ)


「ナディエール様、主役が長時間席を外しているのはまずいかと……。そろそろ戻りましょうか?」

 無難に逃げ切ろうとするソアセラナを、今度はナディエールが逃がさない。

「ちょっと待って、話は終わってないわ。乙女ゲームをしたことがなくたって、どのルートでも悪役令嬢に死亡エンドが待っているという漫画や小説の広告や噂くらい見聞きしたことあるでしょう? キミイトは正しくその世界なのよ! このままいったら、わたくしは婚約破棄されて断罪されて斬首刑まっしぐらなの! 転生者のよしみで、助けて欲しいのよ!」

 命がかかっているのだから当然だが、ナディエールは必死だ。持てる力を振り絞ってソアセラナの両手を握り、血走った目を剥き出しにして額がくっつかんばかりに迫ってくる。

 だが、転生者でも何でもないソアセラナにしたら、ナディエールのその態度は異常でしかない……。


(やばい、妄想に巻き込まれる、逃げなきゃ! 学院では思う存分勉強したいのに、こんな妄想女につきまとわれたら勉強時間が減っちゃうじゃない! それに、美人の必死で怯えた顔なんて間近で見る物じゃないわ! 怖くて夜寝られないかも……)


 相手は妄想世界を見ている人だから、ここは正直に現実を突きつけるしかない!

「私は六年前に家から追い出されて以来、ずっと隣国の村で平民暮らしをしていました。ですからナディエール様が使う『転生者』とか? 『乙女ゲーム』とか? 貴族の言葉の意味も話も全く分かりません。私のような者が、ナディエール様のお役に立てるとは全く思いません!」


 ソアセラナも蜂蜜色の瞳を血走らせ、令嬢にしては日に焼けた肌を興奮で真っ赤に染めて必死の抵抗だ。嫌われようが、愛想を尽かされようが、家に迷惑がかかろうが、全く気にならない。目の前の妄想女から、逃げ切ることが重要だ。

 二人はお互いの真意を探り合い見つめ合ったままだが、ナディエールは目も口も鼻の穴まで開ききった状態でポカンとしている。

 ソアセラナはこの隙に逃げようか? と思ったが、握られた手は離されていない……。


「……えっ? 『転生者』や『乙女ゲーム』が貴族の言葉? 私の話が分からないって? えっ? 前世は日本に産まれたんじゃないの? えっ? 転生者じゃないの?」

 ナディエールのすっとぼけた声が、桜の花の間から青い空に抜けた。

読んでいただき、ありがとうございました。

まだ続きますので、よろしくお願いします。

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