19.クラスメイトの思惑
本日一話目の投稿です。
よろしくお願いします。
ケルベロスの事件以来、デリシアからのソアセラナへの態度が変わったが、それだけでは終わらなかった。なんと、クラス全体の態度が変わってしまったのだ……。
良い方に変わったのかといえば、手放しにそうとも言えない……。
今までソアセラナとナディエールがクラスで浮いていたのは、クラスメイトの方が二人に対して距離を置いていたからだ。今はソアセラナとナディエールがあえて距離を取って、クラスから浮こうとしているのに、無理に寄って来られている状態だ。
特に昼休みは取り囲まれてしまって、終始顔を引き攣らせたまま、落ち着いて食事もできない。
今日こそは久しぶりに穏やかな昼食を取ろうと、授業が終わる前から視線を合わせていた二人は、教師よりも先に教室を飛び出した。その足で中庭の外れに一目散だ。
中庭と言っても校舎の裏側で裏山に近いこのエリアは、ケルベロスの事件後は人が寄り付かなくなってしまった場所だ。
木が薙ぎ倒され、剥き出しになった大地は、毒に蝕まれ黒っぽく変色して草も生えない。魔法で除染しても、すぐに汚染状態に戻ってしまうのは、開いた穴から微量の地底の空気が漏れているためだと言われている。
そんなハゲ上がった裏山が見えるのはあの日を思い出してしまうが、裏山に連なる雑木林は涼しいし日除けに事欠かない。それに正面の中庭と違って、自然に近い形で薬草等が自生している原っぱのような場所だからピクニック気分になれる。
荒い息で念のため後ろを確認したソアセラナが「誰も、いないわ!」と言うと、二人は視線を交わし、木立の下に敷物を敷いてのんびりと座った。
「あー、久しぶりに落ち着いて昼食を食べられるわ!」
ナディエールはそのまま芝生の上に寝転んでしまうのでは? と思えるほど、開放感のある声を出した。ナディエールが芝生の上に寝転んで、制服中に草をつけながらゴロゴロ転がったとしても、ソアセラナは咎めない。咎めないどころか、一緒に転がるだろう。それくらいに、周りに気兼ねなく二人で食べられるこの時間に感謝しているし、ホッと一息ついている。
しかし二人の解放感も、ランチボックスを開ける前に終了した。
「ここだ、いたいたー」
「今日は外で食べたい気分だったのなら、言ってくれればいいのに」
「二人のランチボックスに追跡魔法をかけておいてよかった!」
二人は追跡魔法がかけられていたランチボックスを忌々し気に見つめていた。
あっという間にクラスメイト達に囲まれて、中庭で昼食を食べる死んだ目をしたソアセラナとナディエール。
二人はこんな状況を望んでおらず、何度も拒んでいるけれど、集団心理の影響かクラスメイトは怯まないから本当に困る。
今までずっと、魔力のないソアセラナを馬鹿にし、悪名高い悪役令嬢であるナディエールを遠巻きにしていたのに、一転して今までの態度を改めたクラスメイト。しかも、「二人を勘違いしていました。本当にごめんなさい」という謝罪と共に……。
二人だってクラスメイトといがみ合っていたい訳ではない。仲良くできるに越したことはない。だが、素直には喜べない状況もある……。
まず、純粋に謝罪した者は、一部だ。
他の者は二人と付き合えば第一王子派でも、第二王子派でも、勝った方に付け、大きなコネができると、打算的な者が多い。
後は、この国にはない魔法を使うソアセラナに脅威を感じ、その魔法を何とか手に入れようと近づいてくる者だ。
後者二つのタイプは、ソアセラナを使ってデリシアを貶めようとする者が多いから質が悪い。
ソアセラナに命を救われたことに少しは感謝しているのだろうが、感謝をして持ち上げるふりをしてデリシアを落とすのだ。
「ソアセラナ様は命を賭してわたくし達を守って下さったのに、デリシアは価値のある命しか救わないと自分の身分も鑑みず、本当にみっともない」
といった感じで、本当に面倒くさい。
昼食になるとデリシアは第二王子と共にサロンに行ってしまうので、鬱憤が溜まった者達の憂さ晴らしの時間になってしまう。
そして、それが始まると、ソアセラナとナディエールへの褒め殺しも同時進行で始まるのだ……。
「第二王子の婚約者であるナディエール様と第一王子派のソアセラナ様が一緒にいるなんて、家の都合も考えずいかがなものかと思いましたが……」
(……ほらね。また、拷問タイムが始まってしまった……)
ソアセラナが生気の抜けた視線を送ると、ナディエールは既に心を無にしたらしく遥か遠い彼方を見ている。
「学生である俺達が親の顔色を窺って、学院内にまで政治を持ち込むことはないんだと思えたのは二人のお陰です!」
「お二人の助け合う熱い友情を前に、自分がいかに打算だけで生きてきたのかと思い知らされました!」
「魔力なしと馬鹿にしていたわたくし達を守るために、ソアセラナ様が自らの命を投げ出す姿に感動いたしました!」
「それに引き換えデリシアは、わたくし達の命の価値を分かっていない!」
とまぁ、お昼の間や休み時間中永遠に続くのだ。正直もう、限界だ。
一度や二度なら恥ずかしがりながらも聞いていられる。その回数が増し始めた最初の頃は、ソアセラナもナディエールも過大評価を訂正し続けた。
しかし、何を言っても「謙虚過ぎます!」と、出来た人物になってしまう……。
こんなことがもう十日も続き、日を増すごとに聖人に近づいていく自分達に二人は頭を悩ませていた。
「いくら魔力が大きくて、特別な癒しの力を持っていたって、自分が使われる立場だと分かっていない人は駄目よね?」
「そうそう、偉そうなことを言ったって、最期は結局俺達貴族に跪かないといけないんだからな」
「特別な力といっても、この国にその力を使える者はいるわ。ソアセラナ様のような、誰も知らない魔法とは価値が違う」
「ソアセラナ様、私の父は魔法省に勤めております。是非、ロードレーヌ家と家族ぐるみでお付き合いできればと思っております。次の休みに我が家でお茶会で……」
「私には魔力がありません。魔法省の方と話が合うとは思えません。それに、ロードレーヌ家と私は絶縁状態です。学院だって奨学金で通っています。今の私は貴族でも何でもありません」
ソアセラナがいくらはっきりと断っても、家から指示されているのかクラスメイトも諦めない。
「抜け駆けはズルいわ! ソアセラナ様、我が家も多くの魔術師を輩出している家です! 魔力ではなく、魔法の話がしたいと申しております。是非我が家に……」
ソアセラナは今日の昼食を諦めた。
不愉快過ぎて食べる気もしないし、丁度いい。
「皆さんは私がデリシアさんを庇ったことを褒めて下さいますが、私は自分の取った行動を反省しています。全員を救うにしろ、もっと別の方法があったはずです!」
クラスメイトが勝手に作り出した和やかな雰囲気を、ソアセラナは全身で蹴散らした。声からも、表情からも、もう全身で、不愉快さを隠していない。
「今にして思えば、幼き頃から『お前は魔力があるから利用価値があるが、無くなればゴミ以下、死さえも自分の思う通りにしてはいけない』と家族から刷り込まれた捨てたはずの既成概念が、まだ私の中に残っていたのでしょうね。だから、あの行動に繋がった。あの時の私は咄嗟に『魔力のない私は、魔力のある命の役に立たないといけない』と思ったんです」
ポカンと「一体何の話をし始めたんだ?」と思っていたクラスメイトの半数以上が、この言葉を聞いて「当然だろう?」という顔をしている。
「でも、私の親友は、私が命を投げ出したことを怒りました。私を犠牲にして自分が助かっても辛いだけだと言いました。対等な人間関係って、そういうことなんだと、私は親友に教えてもらったんです」
そう言ったソアセラナは、驚きで目を見開いているナディエールに微笑んだ。
だが、クラスメイトはソアセラナの言っている意味が分からない。
「みなさんは私に助けられたと言いますが、『自分達は人の命を犠牲にしようとも、助けられて当然』と思っていますよね? 感謝の言葉や賛辞の言葉を口にしたところで、貴方達は私を対等に見ていない。変わらず私を見下している。見下した相手から何を搾り取ろうというの? 私が文句も言わずに差し出すと本気で思っているの?」
ソアセラナの蜂蜜色の瞳が静かに周りを見回す。
見下している相手に図星を突かれて、悔しそうにうつむく者がほとんどだ。
化けの皮が剝がされ、苛立ちを隠さない者が立ち上がる。
「魔力がないのに調子に乗るな! お前には分不相応な魔法なんだだから、俺達が有効活用すべきだろう!」
そう怒鳴った伯爵家の三男を殴りつけたのは、何とクールドだ。自分でもビックリしたのか、殴りつけた右拳と倒れた相手を何度も見返している。
クールドが殴るのと同時に立ち上がり、大声で怒りを露わにしたのは、シンディだ。
「貴方みたいな黒い魔力しか感じられない人が、ソアセラナ様の魔法を使おうだなんて烏滸がましいわ! ソアセラナ様の魔法は、ソアセラナ様にしか使えないのよ! そんなことも分からない程度で、偉そうにしないでちょうだい!」
いつもおっとりとして、人より行動がワンテンポ遅れるシンディが、巻き舌で一気に捲し立てた。
言った本人は真っ赤になって顔を隠してうずくまるように座ってしまったが、全員の視線は殴られた男子生徒ではなくシンディに注がれている。それも、全員が目を見開いて……。
いたたまれなくなった男子生徒が「魔力なしが! バカバカしい」と言って頬を押さえて立ち去ると、後を追うように半数以上が走り去った。
だが、これでは終わらない。
「ソアセラナ様の魔法を狙った奴等は、一発逆転を狙った力のない家の者ばかりです。気にするに値しませんよ」
誰かがそう言うと、クスクスと嘲笑が広がる。
自分が嘲笑されるのも腹が立つが、ソアセラナを嘲笑する側に巻き込もうとするこの態度には、余計に腹が立つ。
「何度も言っているけど、私はロードレーヌ家から勘当されているも同然。貴族籍を抜く手続きだって進めているくらいよ」
今までもソアセラナは散々「ロードレーヌ家とは縁が切れている」と言ってきたが、ほとんど誰も信じていなかったようだ。貴族籍を抜くという本格的な話に、多くの者が焦った顔を見せた。
「……ですが、第一王子が王位継承権を手にしたら、第二王子派のヘイル侯爵家は失脚し、オスカー様が宰相最有力だと聞いています。籍を抜くのはもったいないかと……」
ソアセラナからはため息しか出ない……。
人としての尊厳を失ってまで家にしがみ付こうとなど、ソアセラナが思うはずもない。ここにいる政治目的の者とは、根本的に考え方が違う。
「政治的な恩恵を望んで側にいられても、申し訳ないけど私には何もできないわ。もうすぐロードレーヌ家から抜ける上に、兄は私のことを酷く憎んでいるの。私の側にいる方がマイナスになるのは、打算的な貴方達なら分かると思うけど?」
確かにオスカーはソアセラナに笑顔を見せたことも無ければ、妹に声をかけたこともない。すれ違うことがあっても、無視か冷たい視線を送ってくる。
普段兄妹の関係性を見れば、ソアセラナが言った言葉の信憑性が増す。
ここでまた、目を伏せたまま立ち去る者数人。
結局、この場に残ったのは、シンディとクールドの二人だ。
ソアセラナに感謝し、純粋に対等な関係になろうと思った者は二人だけだった。それが多いのか少ないのか分からないが、魔力のない者に感謝し見下さない人が二人もいるのは、やっぱりすごいことだとソアセラナは思う。
思わず最後の二人に残ってしまったクールドは、「何をしてるんだ、俺は?」とブツブツ呟いている。
「別にお前を助けようと思って、殴った訳じゃないぞ! ただあいつがムカついただけだ! 勘違いするなよ?」
そう言いながらも、その場に残ってサンドウィッチに噛り付くクールド。
ソアセラナは「分かってる。たまたま私よりあいつがムカついたんだよね?」と笑うしかない。
シンディは「素直じゃない!」と、あきれ顔で呟いた。
当のクールドは「そう、たまたまだ!」と言って、お昼ご飯を勢いよく平らげている。
その様子が面白くて、唇が白くなるまで噛んでいるナディエールの様子をソアセラナは見逃してしまった。いつもだったら誰よりも早くクールドに突っ込みを入れるはずのナディエールが、暗い目で遠くを見ていることに、ソアセラナは気づけなかったのだ……。
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