16.デリシアの葛藤
よろしくお願いします。
どんなに魔力が欲しくても逆ハーに持ち込まないと、ソアセラナは魔力を手にできない。しかし、現実に目を向ければ、それを諦めつつある今日この頃……。
その上、たった今デリシアから決定打である爆弾発言を浴びて、逆ハーに辿り着けないと打ちのめされたソアセラナの脳は麻痺している。
教師にソアセラナとデリシアの二人で魔術教室の片づけを指示されてしまい、恐ろしいことに教室には二人きりだ。
ケルベロスの事件以来ソアセラナに対する刺々しさが少しだけ丸くなったデリシアは、ちゃんと残って片づけをしている……。
絶対に「貴方が勝手にやっておきなさいよ!」と言われると思っていたソアセラナは、一緒に片づけをしているデリシアが不思議で何度も見てしまったほどだ。
そんな中でのデリシアの爆弾発言……。
驚きと拒否で大混乱のソアセラナは、無意識のうちに杖を落としてしまった。その杖を、あのデリシアが拾ったのだ……。ソアセラナの物を、デリシアが拾うなんて考えられない!
爆弾発言と共に強烈なパンチとキックを、こめかみと腹に同時に受けた気分だ。もはやソアセラナはノックアウト寸前だ。
あのケルベロス事件以来、デリシアだけでなくクラスメイト達の様子もおかしいのだ……。
「……、あ、ありがとう」
そう言って杖を受け取ったソアセラナは、デリシアの若草色の瞳を見上げた。
今までのような睨みは効かされていないと判断し、「……あの、よく聞き取れなかったのだけど、もう一度言ってもらえる?」と遠慮がちに聞いてみた。
デリシアの声は、ちゃんと聞こえていた。聞こえていたが、脳が受け取り拒否をしたのだ。
デリシアは呆れたようにソアセラナを見たが、仕方がないともう一度同じ言葉を発してくれた。
「ソアセラナさんが薦めてくる四人も第一王子も、どれもみんな、タイプじゃないって言ったの」
その言葉にソアセラナがガックリと肩を落としてしまうのも、仕方がない。逆ハーを作り出すべく努力? を重ねてきたのに、誰も選びたくないと言われてしまったのだから……。
でも、ふとある可能性が頭に浮かんだ。
(デリシアが誰も選ばななければ、どうなるのだろう?)
「周りから羨ましがられるのは良いけど、王子妃とか侯爵夫人とかって、やっかみや面倒事が多いじゃない? そういう苦労をせずに楽して贅沢したいのよ」
デリシアの考えは安定している。だが、それは自分の心に留めておけばいいのでは? そう思わずにはいられない。
「デリシアさんがお金目当てで結婚するのであれば、相手が貴方の能力目当てで酷使されたとしても何も言えないんじゃない?」
ソアセラナの正論に、デリシアはウッと詰まって考え込んでいる。
「せっかく素晴らしい能力を持っているのだから、周りの目を気にせずに、本当に自分がどうしたいのか考えてみるのは? 力を利用されるのが嫌なら、魔法のない別の国に行ってもいいし」
スペンサイド国で生まれた国民は、基本的にスペンサイド国で生涯を終える。
スペンサイド国民は魔法使いであることが誇りだから、魔法第一のこの国で生き、外国に出るという考えを持つ者はいない。予想外の選択肢を提示されたデリシアは、目を見開いて驚いている。
「……外国に行く考えはなかった。自分の意思に反して魔力を酷使させられるのは嫌だけど、せっかくの魔力を使わずに一般人として終わるのも嫌。魔力のないソラセラナさんには、分からないと思うけど」
(そうそう、そういう嫌味を待っていたよ。ホッとする)
「そうだね。でも、かつて魔力を持っていたからこそ、魔力を失って見えてきたものもあるよ」
そう言って微笑むソアセラナの言葉を、デリシアは敵意を向けることなく聞いている。それどころか、遠慮がちにソアセラに質問までしてきた。
「……この国一番の魔力を持っていたのよね? 研究のし過ぎで魔力が枯渇したって話だけど、どうせ国に酷使されたんでしょう?」
(そっか……。デリシアさんもかつての私みたいに国に囲われようとしているんだものね。酷い扱いを受けたせいで、魔力が枯渇したのか気になるところよね……)
「国や家のために全てを捧げていたのは事実だけど、魔力を失ったのは自分のせいなの。それにね、負け惜しみでも何でもなく、あの時魔力を失ってよかったと思ってる」
ソアセラナの正直な気持ちは、デリシアには理解できなかったようで、衝撃しか与えない。当然だ。この国で生きていくためには魔力が必須なのに、ソアセラナはその魔力を失ってよかったと言っている。何も知らない他人には、負け惜しみにしか聞こえないだろう。
「はぁっ? 失ってよかった? かつては国のために尽くし全てを捧げた貴方を、今は誰もが見下しているのに? 魔力さえ失わなければ、誰もが羨む立場を得られたはずでしょう?」
(うーん、誰もが羨む立場を欲したのは、両親と兄で、私ではないんだよね)
「魔力を失ってなかったら、そんな人生を当然のように受け入れていたのかもしれない。でも今は、誰もが羨む立場が私の望むものではないと知ってる。周りから見下されようが、私は自分の望む未来を求めて前に進めて幸せだと思ってる」
デリシアが顔を歪めて「だから、そういうところが嫌なのよ……」とため息をついた。
前に言われた時より穏やかな言い方で、前回ほどの嫌悪感は伝わってこない。
「自分の意思を押し殺して、国や家族の言いなりだったんだから。魔力を失う前の私の方が、よっぽど優等生じゃない? 今は杖なんかで魔法を使う、国の鼻つまみ者だよ? 優等生からは程遠いと思うけど?」
「そういうところよ! 望めば全てが手に入る立場だったのに、あっさり捨てて未練もない。私は、貴方のおこぼれに与ろうと必死なのに!」
(えぇっ! そんな風に思ってたの? ヒロインであるデリシアさんはみんなから愛され、国のために表舞台で活躍する人でしょう? 私はラスボスで国の闇で働かされて、王都を壊滅させる化け物だよ? 完全に土俵が違うよね? 私のおこぼれって?)
「あっさり捨てた訳じゃないよ? 魔力を失った直後は、世の中の全てを呪ったよ。色々な人に助けてもらった今があるから、優等生を捨てられてよかったと思うだけ」
魔力を失わなければ? と思うと恐ろしい。ナディエールの言う通りに国や家族にいいように使われ、自分の知らぬ間に手を血で染めていたはずだ。そんな恐ろしい行動の報酬が、誰もが羨む立場なのか? 誰もが蔑む立場の間違いだ。
「魔力を失わなかった私は、きっと周りに流されるままに自分では何も考えずに、言われた通りのことをするだけの人形だったと思う。デリシアさんの言う望めば全てが手に入る立場は、自分の意思や自由を手放さないと手に入らないんだよ」
(本当にそんな立場が手に入らなくて良かったと思う。両親や兄のために壊れていく未来があったのかと思うと、ゾッとする)
「前にデリシアさんは『国の言いなりで仕事をしたくない』って言っていたでしょう? 私はそう思える貴方を尊敬する。かつての私のおこぼれなんてデリシアさんには必要ないよ。今まで通り自分の意思で、自分が胸を張って生きられるように力を使って欲しいと思う」
ソアセラナの言葉に、当然デリシアは顔を真っ赤にして怒った。
「……何よ、魔力もないのに偉そうに! 私が私の生きたいように生きるのは当然のことよ! 貴方に言われるまでもないわ!」
はっきりとそう言われ、ソアセラナはホッとした。やっぱりデリシアがこうでないと、調子が狂ってしまう。
片づけをソアセラナに押し付けて教室から出て行くデリシアの後姿を見送りながら、ソアセラナは満足気に何度もうなずいてしまった。
ソアセラナは全く気付いてないが、デリシアはこの日から変わった。
能力があるからと疎かにしていた授業に真面目に取り組み、自分の能力をどう使うべきかを考えるようになったのだ。
誰に影響されたかは、言うまでもない。
読んでいただき、ありがとうございました。
まだ続きますので、よろしくお願いします。




