第二話③
「あ…」
話題のそいつは、俺を見るなりみるみる表情を綻ばせていった。
うう。胸の奥が重くなる。
こんな男子便所という空間で周りに花を飛ばすなよ…。
うーーん…。
正直、逃げ出したい。
でも、突然この場から立ち去るのも変だし、かと言ってこいつが立ちション(か知らねーけど)するのを掃除しながら見るのは嫌だし。
でも、何か話しかけられそうな空気だけはめちゃくちゃ感じた。
そんな俺のことなど綺麗さっぱりスルーして、敷島はにこにこしながら上靴からトイレ用のスリッパに履き替えようとする。
やば。どうすれば…。
すると、俺の気持ちを察したのか、先に行動に移したのは一樹の方だった。
「敷島だったか?ちょっと話あんだけど」
明るすぎず責めすきず、絶妙な言い回しで敷島の肩を組んだ。
一方敷島は、「えっ…」と、動揺した声を残し、ゆっくり廊下に戻されていった。
「よ、よかったァ……」
安心した俺は、心から溢れんばかりの溜め息をついた。
一樹お前やるじゃねーか……!本当にありがと!
何を話しているかは知らない。
でも、俺のために動いてくれたことがとても嬉しかった。
思えば、俺はいつも助けられてばかりだ。
フラれたら慰めてもらい、弁当を忘れたら分けてもらい、UFOキャッチャーではほしいものを取ってもらい……
一樹と洸太。二人ともそういう奴だもんな。
うし、今日はとりあえず、あいつの分まで掃除は終わらせてやる!いつも世話になってる分、これくらいはな!
そんな意気込みで、猛スピードで掃除を進めていった。
「おっしゃあ〜!終わったーー!!」
ドア、便器、床、洗面、うん。どこを見ても完璧だ。
よく漫画であるような、キラキラした星が目に見えるようで達成感が半端ない。
そういえば、こんなに張り切って掃除したの初めてかも。やっぱトイレ掃除っていいわ。うん!
つーか…遅くね?
あれから10分…いや15分くらいは経ってるはずなのに、一向に一樹が帰ってくる気配がない。
少し見える廊下も、移動教室へと向かう生徒が増えてきたように思う。
何やってんだ……
もしかしてまだ話してる?
いや、あいつはすぐ頭に血が上って俺ともすぐ言い合いになるような奴だ。
そんなくどくど話をするタイプじゃねー。
じゃあ、真島のところに連行?
いや、さすがにそれはねーか、俺抜きで。
それに真島がその話を聞いたとしたら今すぐにでも俺を呼びにきそうだもんな。当の本人がいねーの変だし。
あ。まさか…!!
俺は、ついさっきの一樹の言葉を思い出した。
『胸ぐら掴んでとかさあ〜。この際手出してもいいんじゃねーの?先生に頼るのは…』
こ、これだ…!!
背筋がゾッとした俺は、急いでゴム手袋を外し乱暴に床に投げ捨てる。
あいつならやりかねない。
高一の時、一樹が仲間のために体を張って喧嘩したのは有名な話で、だからこそあいつは友達が多い。
人と話せる能力が高いだけじゃない。人のために行動できる奴だ。
あれ以降先生たちには目をつけられているようで、次手を出したら退学、なんて噂もある。
『もし俺のせいであいつが退学になったら…』
いてもたってもいられず、慌ててトイレを出ようとしたその時、のんびり歩いてきた一樹とぶつかった。




