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プロローグ


「はあっ…はあ…!」



毎日歩いている廊下が、夕日に照らされて別の空間みたいだ。人気のいない静かな廊下に、慌ただしい上靴の音と、俺の荒い息遣いだけが響いている。



今日は2月14日。バレンタイン。

俺にとって、とても大切なイベント。

「イマドキ男子だってチョコあげるっしょ〜」という姉ちゃんの一言に背中を押されて、今日この日に告白を決意した。

俺の好きな人…先輩は……

誰にでも平等に優しく接してくれて、石鹸みたいな香りがして、字もめちゃめちゃ綺麗で…。好きなところを挙げ出すときりがない。何もかもが大好きだし、憧れでもある。



「はあ…はあ…着いた…」



3-Aの教室のドア。緊張と不安で、チョコを持った手のひらが、じんわりと汗をかいているのがわかった。



いよいよ…いよいよだ。



肺にたくさん空気を吸い込んで、それを思い切り吐き出す。それでも心臓は休むことなく、ドクドクと音を立てて全身に血を巡らせていた。

廊下の窓から差す夕日が背中に当たって、体が暖かく感じる。その暖かさが、なんとなく背中を押してくれているような、そんな気持ちになった。



「よし」



小さくそう呟いて、俺はドアを開けようとー



「俺、先輩のことが…好きなんです」



何度も家で練習してきた言葉が、ドアの向こう側から聞こえてきた。



ドクンドクン。

ドクンドクン。



さっきよりも速く脈打つ鼓動が、その時間をとても長く感じさせる。

頭が空っぽになった俺は無意識に、次の返事を聞くことに神経を研ぎ澄ませていた。



ドクンドクン。

ドクンドクン。



「ありがとう。嬉しいです。これからよろしくね」



聞こえてきたのは、大好きな人の声。

ははっ。嘘。マジか……。








いつの間に走り出していたんだろう。この気持ちをぶつける場所がほしくて、俺はただ、来た道を全力で戻っていた。さっきまで俺を応援してくれていた夕日は、そんな気持ちを知ってか知らずか、後を追ってしっかり照らしてくる。



「はあ…はあ…うっ……」



2-A。

見知った場所でかき消したい。悔しい?悲しい?寂しい?ううん。この気持ちを言葉で表現するなんて無理だ。



いつの間にか涙が溢れていた。本当に大好きだったんだよ俺…。

ゆらゆらと教室に入ると、真っ先に目に入ったカーテンに巻きついて、涙や鼻水を拭った。カーテンのほこりっぽい臭いも、今は全然気にならない。だって、何かに縋っていないと立っていられないようなそんな気分だったから。



「うっうっ…あああぁ!!あぁあぁああ!」



誰もいないことをいいことに、名前のないこの感情を涙と一緒に外へと逃していく。



俺、フラれたんだ。



その現実が、まるで針で刺されるかのようにチクチクと胸を締め付ける。



「せんぱ…い……あぁあぁああ!」



ふと、カーテン越しに、何かどっしりとした感触があることに気づく。でも、それが何かを考えている余裕は今の俺にはなかった。もう今は、何でも誰にでも頼っていたい。縋りたい。



俺は、震える膝でなんとか立ちながら、その感触に身を委ねることにした。

わずかに、金木犀の香りがした。




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