オレ、勇者。魔王に一目惚れしました。
こちらは家紋武範様主宰「知略企画」参加作品です。
考えろ、考えるんだ。
オレは今、ピンチに陥っている。
絶体絶命の大ピンチに陥っている。
オレは今、魔王城にいる。
魔王城の中枢部、玉座の間にいる。
つまり、魔王と対峙している。
「よくぞここまで来た、人間の小僧よ」
それがただの憎たらしい魔王だったらよかったのだが……。
「たった一人で、しかも無傷でやって来るとはたいしたものだ。その功績を讃え、私みずから相手となってやろう」
そう言って黒いマントをはらりとなびかせたのは、レオタード姿のパツキン美女。
そう、これから倒そうと思っていた相手が、オレの好みドストライクのボンキュッボンのおねーさんだったのである。
なんてことだ。
大誤算だ。
たわわなお胸が、オレの鼻を刺激する。
「いいぞ、どこからでもかかってこい」
そう言って魔王が人差し指をクイッとオレに向けた。
ああ、やめてくれ。
そのビジュアルでその行為は反則だろ。
思わず襲いたくなってくる。
いや、今まさに別の意味で襲いに来た最中だけれども。
オレは鼻血が垂れそうになるのをおさえながら、聖剣を抜いた。
「ほう、私を倒せる唯一の武器か。面白い」
ニヤリと笑う魔王。
くそう、そそるッ!
なんて美しいんだ!
やはり悪魔の頂点に君臨する存在。
不敵な笑みがこれほど似合う女なんて見たことない。
どうしよう、こんな美女に剣なんて振るえやしない。
オレはジリジリッと後退した。
「なんだ、来ぬのか?」
「いや……えーと……」
「ならばこちらから攻めるぞ」
はふん!
まさかの相手側からの責め発言!
なんて大胆。
ちょっと待って、まだ心の準備が……。
と、次の瞬間。
目にも止まらぬ速さで魔王がオレの懐に飛び込んできた。
下からすくい上げるように長い爪でオレを攻撃しようとする。
オレは慌てて聖剣でその爪を防いだ。
ガキチッ! という金属音が広間にこだました。
「ほう、私の初撃を防ぐとは。やるではないか」
あ、あぶなかった……。
さすがは魔王。
上級モンスターの攻撃を余裕でかわせるオレですら、防ぐだけで精一杯だった。
やはりここは集中しなければ。
オレは勇者であり、世界を救うため魔王を倒しにここまでやって来たのだ。
全世界の願いを叶えるまでヤラれるわけには行かない。
「………」
ふと気がつけば、目と鼻の先に魔王の顔があった。
攻撃を防いでいるわけだから当たり前なのだが、こんな間近で見るとやっぱりドキドキしてしまう。
見れば見るほど美しい。
切れ長の瞳に尖った顎、ややふっくらした頬に小ぶりな唇。
チラリとのぞく牙が、ちょっと愛らしい。
「ふふ。貴様、よく見れば可愛い顔をしておるな」
ぎゃあああああああぁぁぁっ!
吐息が……! 魔王の吐息が頬にかかる!
やめてくれ!
耐えられそうにない!
オレは渾身の力を込めて聖剣を振り抜いた。
すかさず魔王が後ろに飛び退く。
そして再び対峙。
まずい、このままでは一太刀も浴びせられずに負けてしまう。どうにかしないと。
でもどうやって?
まさか魔王相手に説得するわけにもいかないだろう。
すると、そんな魔王が不敵な笑みを浮かべて言った。
「ふむ、殺すには惜しい男よ。気に入った。どうだ、人間。私の部下にならぬか?」
「ぶ、部下?」
「私とともに世界を手中に治めようではないか。世界を征服した暁には、三分の一をくれてやるぞ」
「はい! 喜んで!」
「………」
「………」
「………」
「………」
玉座の間に数秒の沈黙が訪れる。
どうやらオレの返事は予想だにしていなかったらしい。
ポカンとした表情で見つめている。
「バ、バカかおのれはッ! どこの世界に魔王の要求を受け入れる勇者がいる!」
「いやいやいや、だってそっちが部下になれって言ってきたんじゃないか」
ちょっとむくれながら反論する。
オレは「部下にならぬか?」と言われたから「喜んで」と言っただけだ。
何も間違っちゃいない。人としてどうかとは思うが。
「こういう場合は断るのが常識であろう! 承諾してどうする!」
ぷりぷり怒る魔王も可愛いらしい。
もはやオレに攻撃の意思はない。
どうしよう、このままでは負けてしまう。
そう思ったオレは思い切って言ってみた。
「魔王よ! ここまで来ておきながらなんだけど、オレにひとつ提案がある!」
「なに? 提案だと?」
「そうだ、提案だ!」
「なんだ? 提案とは」
「オレと結婚してくれ!」
「………」
「………」
「………」
「………」
「……は?」
「オレと結婚してくれ!」
「……は?」
「だからオレと結婚してくれと言っている!」
耳が遠いのだろうか。
「結婚? 誰が?」
「オレが」
「誰と?」
「君と」
「結婚?」
「はい、お願いします」
「………」
「………」
「フ、フフ……」
「へへ?」
「ハハ……ハハハハハ……」
「へへへへ?」
あれ?
意外と感触がいいぞ?
これはもしかして脈ありか?
と思った瞬間、魔王が吠えた。
「ふざけるなああああああぁぁぁぁッッッ!!!!!!」
そりゃもう、ものすごい勢いだった。
城全体が震えるほどの大音量だった。
「私を侮辱する気か、貴様ああぁぁぁぁッ!!」
きっとこの叫び声で城内に残っていた魔物たちは一斉に逃げ出したであろう。
正直オレも少しちびりそうになった。
「ふざけてなんかいない! オレは真剣だ!」
オレに魔王は倒せない。
そして魔王はオレを部下にしてくれない。
ならばもう夫婦になるしかない。
そう結論付けたのだ。
暴論だけど。
「結婚してほしいなどと! 結婚してほしいなどと! 何をほざくか! ななな、何をほざくか!」
魔王はオレの言葉を反芻しながら動揺し始める。
うろたえる魔王もめっちゃ可愛い。
「卑劣な男め! 貴様、そうやって私の動揺を誘おうとする魂胆だな!」
「嘘じゃない! 本当だ! オレは本気であんたに一目惚れしてしまったんだ!」
「言うなああああぁぁぁッ!!!!」
魔王の怒涛の攻撃が再開した。
上に下に左に右に。
いろんな方向から魔王の爪が襲い掛かってくる。
オレは手にした聖剣でなんとかそれらを防いだ。
怒りモードになった魔王の攻撃は今までの比ではないくらい凄まじかった。
本当に強い。
強すぎて胸がキュンとなる。
「殺す殺す殺す殺す! 死ね死ね死ね死ね!」
言葉は強烈だけど、顔はそうでもなかった。
熱でもあるんじゃないかってくらい赤くなっている。
どうやら恥ずかしがっているようだ。
照れ隠しで超ド級の攻撃を連発してくるところが魔王らしい。
「そうやって怒ってる顔もすっごく可愛いよ!」
「言うなバカああぁぁっ」
褒められ慣れてないのか、もはや魔王は半泣き状態になっていた。
ヤバい、可愛すぎる!
フー!
「返事を聞かせてくれ! イエスかノーか!」
「ノーに決まってるだろう、バカモノが!」
「オレは君のウエディングドレスが見たいんだ!」
「着るか、バカモノが!」
「君と一緒に海外旅行にも行きたい!」
「一人で行ってこい!」
「一緒に幸せな家庭を築こう!」
「勝手にほざいてろ!」
「えーと、えーと……一生あなたを幸せにします!」
「それ以上言うなああああぁぁぁッ!!!!!」
瞬間、魔王の拳がオレの顔面に食い込み、オレは意識を失った。
※
「おお、勇者よ。やられてしまうとは何事だ」
気が付けばオレは教会にいた。
教会のベンチで横になっていた。
その隣には神父様。
そしてお約束の決め台詞を吐いている。
「こ、ここは?」
「ルドンの村です」
「ルドンの村?」
「ルーラシア大陸のはずれにある村です」
「ルーラシア大陸……」
なんてことだ。
魔王城のある暗黒大陸とは最も遠い位置に存在する大陸ではないか。
「ど、どうしてこんなところに?」
「マントを羽織った金髪の女性が瀕死のあなたをここに連れてきたのです」
魔王が?
どういうことだ?
オレは確かに魔王の一撃をくらった。
すさまじい威力で気を失った。
そのまま殺されてもおかしくない状況だったはずなのに。
「その女性、あなたに回復魔法をかけるやすぐに帰られました。気絶を回復させる魔法まではかけていかれなかったようですが」
言われてみれば魔王からくらった顔面の痛みはほとんどない。
傷すらついていないようだ。
オレは頬をさすりながら尋ねた。
「それでその女性はなにか言ってましたか?」
「はい、伝言を預かっております。『おぬしの気持ちが本当ならばもう一度会いに来い。その時は考えてやる。』だそうです。私にはなんのことだかさっぱりですが」
「ふふ、魔王め……」
オレは思わず笑ってしまった。
思った通り、最高に素敵な女性じゃないか。
会いに来いだって?
上等だ、会いに行ってやる。
会って渾身のプロポーズを叩きつけてやる。
オレは起き上がると神父様に尋ねた。
「神父様、この近くで婚約指輪を買えるところはありますか?」
「こ、婚約指輪ですか? 隣のトバの町でしょうか。交易が盛んですから」
「ありがとうございます」
神父様にはなんのことだかわかってない様子だった。
当然と言えば当然だ。
婚約指輪を送る相手が魔王などとは誰だって思うまい。
オレは礼を言うとさっそくトバの町へと歩き出した。
覚悟しておけよ、魔王。
オレの戦いはこれからだ!