目覚めたら貴族令嬢でした
1.目覚めたら貴族令嬢でした
博物館の地下にある収蔵庫。暗闇の中で、スマホの電源も既に尽きようとしている。
酸素濃度が低いせいか、運動能力も落ち、どうにかして助かりたい。という気持ちから、死んだとしても周りに迷惑をかける形にはならないようにしたいなーという気持ちの方が大きくなってきた。
(このまま死ぬのかなー。できれば腐る前には発見して欲しいな。収蔵品に影響があったら、迷惑がかかりそう)
契約社員として、指定管理者制度で管理を任された会社で博物館職員として働くようになって2年。5年契約で指定管理者になっている間はここで働くことが出来ると聞いて、20代最後の仕事だと飛びついた。
博物館で働ける!と希望をもって仕事を出来たのも半年ほど。いろいろと仕事には良いところも残念なところもあるのが現実だった。
普段、収蔵庫には出来る限り2人以上で来るようにしていたが、今日は次回の企画展まで時間がないこともあって一人で出勤していたため、他の誰かについてきてもらうこともできなかった。
(警備の山本さんもきっと数時間は気が付かないだろうし…でも帰る前には気が付いてくれるかなぁ)
収蔵庫の床は冷たく硬かったけれども、もう起きている元気はなかった。
享年28歳、結婚出産には縁遠い人生だったけれども、次の企画展くらいは成功させたかったな。薄れゆく意識の中で、一枚の肖像画が目に留まる。
金髪碧眼のふわふわした髪の毛のお姫様のような女の子。
(あんなふうに綺麗に生まれたら……人生違って見えたのかな)
「おはようございます。お嬢様」
若い女の子の声で目が覚める。メイドカフェでもないのにお嬢様はないだろう、お嬢様は。と思い、寝返りを打つ。
夢にしてはやけに肌触りのいい、ふかふかのお布団の質感。そして心地よい肌触りのタオルのような生地。
収蔵庫で倒れたまま、病院にでも運ばれたのだろうか。
それにしてもこんなに寝心地のいいベッドだなんて、入院患者が出て行きたくなくなるんじゃないだろうか。
なんて、下らないことを考えていると、ふわりと体が持ち上がる感覚があった。
「もう、目が覚められたのですね。しっかりとお休みになられたようでよかったです」
だれかに抱きかかえられる感覚が、どこか懐かしい。「お嬢様、今日のお花はお兄様が摘んできてくださった今年一番初めの薔薇ですよ」
そう言って、高さを調節して目の前の花瓶を見せてくれる。
薔薇へと手を伸ばすと、小さな赤ちゃんの手が見える。
(小さな子の手って可愛いな)
にぎにぎと手を動かすと目の前の赤ちゃんの手も動く。真似してくれてるのかな。と思いながら、また薄れ行く意識の中で、ミルクのにおいに包まれた自分の体が思うように動かないなと感じていた。
再び目を開けると、そこには金髪緑眼の絵に描いたように整った顔立ちの少年と銀髪碧眼のふたりが、こちらを覗き込んでいた。年齢は10歳くらいだろうか。
「「わぁ、リズが目を覚ました」」
ふたり、同じタイミングで、同じ声で、同じことを喋っている。
これこそ、双子ならではというところだろうか。
(ん……リズ?リズって誰のことだ?)
動きづらい首を左右に動かしてみるが、私の傍に他の人間が居るようには思えなかったし、彼らが覗き込んでいるのはこちらだ………。
「ふぇ」
何かを話したくても言葉が出てこない。
「ふぇぇぇぇぇぇえ」
か細くも可愛らしい乳児の声。
「坊ちゃまたち、妹が可愛いからと言って泣かせてはいけませんよ。驚いて泣いてしまわれたではないですか」
「「だってメアリ」」
「ほら、エリザベス様。お兄様方は可愛くて仕方がないみたいですから……可愛い笑顔を見せて差し上げてください」
抱き上げられた胸の中できょろきょろと周りを見回すと、ちょうど大きな鏡が見えた。
そこには金髪碧眼の赤ちゃんの姿。
(そう……なるよね……)
夢なのか、それとも小説で読んだことのある「転生」というやつなのか。
とにかく現状は抗ってもどうしようもなさそうなので、置かれた状況を把握することにした。
メイドと思われるメアリが居ること。そしてお兄様たちと呼ばれた少年たちの服装や佇まいを見ると、それなりに裕福な家庭と思われる。
私の名前はエリザベス、略称はリズ。
両親はきっとまだ会えてはいないものの、金髪と銀髪、そして碧眼と緑眼だろう。兄たちの顔立ちを見ると、それなりに美形であることが推測される。
(この世界の歴史とか、知りたいなぁ。面白そう)
喋る言葉が分かるということは、ある程度、言語についても不自由なく過ごせるのではないかと思われた。
(書き言葉と話し言葉では全く違う場合もありえるから、そこは覚悟しないとね)
見回しても、この部屋の中に本らしきものは見当たらない。赤ちゃんの部屋なのだから当たり前と言えば当たり前だろう。
逆に言うと、兄弟とは部屋が違うということは、それなりに広い屋敷であることが想像できる。
メアリや兄たちの服装の感じからすると16世紀後半くらいの印象だろうか。
極端に流行りを反映したものではなさそうだ。
まだ子供服の概念がなかった時代だから、可愛らしい子供服、というよりかは
子供が大人のコスプレをしているみたいな部分もある。
じっと兄たちを眺めていると、頬をつんつんとつつかれる。
これだけの美少年二人に可愛がられるのは確かに悪くない。
「にー!」
「「メアリ!聞いた!?」」
「えぇ、お兄様方のことがお分かりになられるんですね。さすがエリザベス様」
「めぁ、、、めぁー」
どう頑張っても、メアリとは発音できなくて、でも懸命に紡ぎだした言葉はなんとなくメアリの名前を言っていることは分かる感じにはなった。
兄二人とメアリ―、今は分かっているこの二人を全力で味方につけるべく、頑張ろう。
当面の目標が決まった私はまた意識を手放したのだった。