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97、リースリング村 〜受注の条件リスト

「えっと、ラスクさんの屋敷というのは……派遣執事としてのご依頼でしょうか」


 僕は、ラスクさんにそう尋ねた。婆ちゃんがいれた紅茶を飲み、嬉しそうにぶどうパンを食べている姿は、有力貴族にしてはあまりにも親しみやすいというか、なんというか……。


「そうだよ。商業ギルドに依頼を出したんだけど、競争が激しくてね……。ヴァンくんの後見人のフランちゃんに直談判したら、これを渡されたんだ」


 ラスクさんは、箇条書きに何かが書いてある紙を取り出した。神官様のサインがあるから、本物だろうけど、何これ?


「なんか、いろいろと書いてありますね……派遣の条件ということでしょうか」


「あぁ、条件だろうね。後見人としてヴァンくんをこんな風に育てたいと書いてあるけどね。ひとつでも邪魔になる仕事は受けないってことだと思うよ。受注条件だとも何とも書いていないところが、策士だよな。誰もが反論できないように、仕組まれている」


 なるほど……受注条件にすると、力のある貴族は無視するか。黒服が受注条件をつけるなんて、身分をわきまえない身の程知らずな行為だ。


 しかし、すごいな、これ。



 ●魔導学校を卒業させたい

 ●冒険者としての経験を積ませたい

 ●商業目的に利用されない知恵をつけさせたい

 ●ファシルド家との『薬師』契約が優先

 ●リースリング村の手伝いを継続させたい

 ●従属魔物等の管理をさせたい

 ●自主性を育てるために自ら判断させたい


 なお、すべての依頼は、後見人を通してくださいませ。


 ────── 後見人フラン・アウスレーゼ



 思いつくままに書きなぐった感じだけど、一言でいえば、僕を縛るなということだ。販売目的でエリクサーを作らせることもお断りってことだな。



「俺は、全部の条件に配慮できると思う。どうだろうか?」


「えっと、はい。ですが、商業ギルドを通さないと……」


「もちろん、正式な受注は商業ギルドで手続きをしてもらう。仮の受注で構わないんだ」


 もしかして、そのために、わざわざリースリング村まで来たのか? 僕に、そこまでの価値があるとは考えられない。なんだか、怖いな。


「一応、神官様に確認してみないと……勝手に決めるなと言われていますので」


「あはは、本人の自主性を育てたいと書いてあるんだけどね。キミを雇うのは大変だな」


「はぁ、すみません。神官様からは、僕が騙されやすいからと言われてまして」


 ラスクさんは、軽く頷いた。


「フランちゃんは、慎重だからね。彼女自身が今までに、いろいろな裏切りに遭っているからだと思うよ。初の後見人だから張り切っていると、商業ギルドの職員が言っていたが、これも彼女の意地なんだろうね」


 僕の反応を探るように、ラスクさんはそんな話をした。神官様のことは、信頼しているけど、まだよくわからない部分もある。


 そもそも、僕にキスをした意味さえ……わからないんだ。婚約者ということになっているけど、それは本当の婚約者じゃなくて……。


 そんなことを考えていると、胸がズーンと重苦しくなってきた。僕は、きっと、彼女に好かれていると思いたいんだ。僕は、彼女のことが好きなのかな? わからないや。少なくとも嫌いではない。横暴だし、振り回されるし、とにかくむちゃくちゃだけど、嫌いではない。近くにいると目で追ってしまうし、彼女の片眉の動きの謎も気になる。ということは、好き、なのかな……。



「あはは、ヴァンくんを困らせてしまったみたいだね。こんな所にまで押しかけたから、驚かせてしまったかな」


「えっと、はぁ、まぁ」


「スピカで捕まえたかったんだけど、ファシルド家の屋敷から出なかっただろ? だから、ここに来るしかなかったんだよ」


「遅くなって転移屋が閉まってしまったので、屋敷の転移魔法陣を使わせてもらったんです」


「聞いたよ。そしてこの後は、学校だろう? きっと商業ギルドには立ち寄らないよね」


「はい、学校の後は、冒険者ギルドには行くかもしれませんけど」


 そう答えると、ラスクさんは、頭をぽりぽりとかいている。


「そこは予想しなかったな、あはは。多くの家の使用人がキミと直接交渉しようと、昨日からウロウロしているんだよ。だけど、声をかけるタイミングがなくて、ファシルド家の屋敷付近に、何人かが待ち伏せしていたみたいだ」


 あ、だから、バトラーさんは真っ直ぐに終了報告に行けと言ったのかな。その場で次の『薬師』契約を受注させることを商業ギルドに指示していたのかもしれない。


「その状況は、ファシルド家もわかっていたんですね」


「あぁ、ファシルド家が気づかないわけがないよ。キミが、私服になるのを待っていた。だけど、黒服のまま終了報告に行って、その場で次の受注をさせるとは、ファシルド家も考えたよね。契約期間最終日だと、部外者は、まだ仕事中かどうかの判断ができないからね」


 たまたま黒服だっただけなんだけど。


「僕の契約期間は、ご存知だったんですね」


「あぁ、商業ギルドでキミを指名したら、ファシルド家の派遣執事契約の期間を教えてくれたからね」


 指名? いや、僕にはそんな価値はない。一体、どういうことなんだろう。


「たくさん派遣執事の登録者は居るのに、なぜ僕なのですか? 僕は、まだまだ半人前です」


「だからだよ。どこの家も、目立つ新人は一度は雇いたいものなんだ。その中から、将来専属となる者を見極めたいんだよ」


「目立つ新人? あ、ジョブ『ソムリエ』だからですね」


「そうだね、それも珍しい。だがそれ以上に、キミは超級薬師だからね。『薬師』として雇うと報酬はとんでもなく高い。それを派遣執事として雇えるなら、誰の目にも魅力的な人材なんだよ」


「なるほど、僕は、お得なんですね」


「あはは、その価値観だけの家は、フランちゃんがすべて排除しているよ。ソムリエが欲しいと言えば、排除されないみたいだけど、薬師の仕事はさせないと言われる。後見人として、頑張っているよ。彼女がいなければ、キミは、契約期間終了ごとに、揉みくちゃにされていたかもしれないね」


 だから、後見人……。神官様は、僕を守ってくれているんだ。



「ラスクさんの価値観は、違うのですか?」


 そう尋ねると、彼はニッコリと微笑んだ。


「やっと、関心を持ってくれたね。嬉しいよ。俺が、ヴァンくんにこだわるのは、トロッケン家がキミを狙っているからだ」


 ガチャン!


「あ、あらあら、ごめんなさいね」


 婆ちゃんが、驚いて食器を床に落とした。顔色が悪い。今の話が聞こえたんだ。どうしよう。


「奥さん、すみません。驚かせてしまいましたね。そうか、村の人には知らせていないんだね。忘れてくれとも言えないか……」


 爺ちゃんも、食器が割れた音に驚いて、作業着のままで部屋に入ってきた。


「旦那さんも、すみません」


 ラスクさんは、ひたすら謝っている。爺ちゃんには、婆ちゃんが、今のことを話した。


「ヴァン、どういうことじゃ? トロッケン家に追われるなんて、どんな大罪を犯したのだ!?」


 爺ちゃんはフルフルと震えている。どう話せばいいんだろう。ラスクさんが知らないことまで話すのもマズイよな。


「お二人とも、落ち着いてください。ヴァンくんが大罪を犯したなら、トロッケン家から逃げられるわけがありません。彼らは、とんでもなく戦闘力が高いんですよ」


「あ、あぁ、確かに、大魔導士でも逃げられないと聞く。そうか、それならなぜじゃ?」


 爺ちゃんの震えは収まったけど、不安そうにしている。婆ちゃんは、食器を片付ける手が止まってるみたいだ。


「トロッケン家は、多くの者を自分達の目的のために軟禁しています。ヴァンくんは、薬師としての利用価値が高い。だから狙われています」


「どうすれば良いのですか。ヴァンがそんな……」


「この村全体も、人質に取られる危険があります。だから、冒険者の貴族達がこの村に護衛として来ているんですよ。貴族が屋敷を建てている村は、そう簡単に脅せませんからね」


「魔物から守ってくださっているわけでは……」


「もちろん、魔物からも守っていますよ。ですが、最大の魔物はトロッケン家ですね。ここに参加している貴族達は、下級貴族が多い。すなわち、神官家を嫌っている者たちです。敵の敵は味方だということですよ」


「そうでしたか……確かに、あれ以来、アリアさんの姿は見ないな」


 爺ちゃんは、アリアさんをいい人だと思っているんだよね。ちょっと複雑そうな顔をしている。


「この件は内密で、お願いしますね」


 爺ちゃんは、大きく頷いた。



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