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96、リースリング村 〜久しぶりの帰宅

 はぁ、やっと、リースリング村に戻って来られた。


 あの後、結局、僕が怪我人を診ることになったんだ。ノワ先生が黒服を言い負かしてくれたおかげで、屋敷の転移部屋を使わせてもらって、戻ってくることができたけど……。


 フロリスちゃんは、ノワ先生のことを不思議そうに見ていたな。先生は、苦手なことを隠す気なんてないんだもんな。




「ヴァンちゃん、おかえり。随分と遅かったねぇ」


 今日で派遣執事の契約期間が終わると、事前に連絡してあったから、待ってくれていたみたいだ。


「婆ちゃん、ただいま。遅い時間になってごめんなさい。別の契約の手続きをしていたんだ」


「そうかい。何かあったのかと心配していたよ。村にいる貴族の人達が、ヴァンちゃんは昼には戻ってくるはずだと言っていたからね」


「薬師の契約をしたんだ。怪我人がでたから、その対応をしていて遅くなっちゃったんだよ」


「そうかい。それなら仕方ないねぇ。ささ、ごはんにしようか。手を洗っておいで」


「はーい、婆ちゃん」



 家に入ると、ぶどうパンのいい匂いがした。帰ってきたんだなって実感する。


 そういえば、小さなワインの醸造所での新酒造りは上手くいったのかな? 


 僕は詳細はわからないけど、村長様の屋敷よりも立派な貴族の屋敷には、下級貴族が交代で出入りしているそうだ。彼らは、僕やリースリング村を、トロッケン家から守ろうとしてくれている。


 建前としては、魔物に襲われる村を守るために来たことになっている。その対価として、村長様がぶどうを直接買い付けたり、産地でワイン造りをする許可を与えたということらしい。


 トロッケン家に僕が狙われていることは、村の人達は知らない。マルクや冒険者の貴族の人達が、伝えない方がいいと判断したんだ。



 手を洗って、食卓へ行くと、爺ちゃんは晩ごはんを食べ終わっているようだった。しかめっ面をして何かを飲んでいる。


「爺ちゃん、ただいま」


「おぉ、ヴァンかい。遅かったのぅ」


「うん、ごめんね。心配かけて。何を飲んでるの?」


「これはなー、村を守ってくださっている貴族の人から頂いた新酒なんじゃが……」


 その顔は、飲めたものじゃない、ってことかな。


「小さな醸造所のワイン?」


「そうじゃ。初めて造った新酒だから、飲んで感想を聞かせてくれと言われたが……なんとも言えないのぅ」


 爺ちゃんは、僕にも新酒を注いでくれた。リースリングのぶどうの香りが……消えている。熟成したものではなくて、新酒なのに?


 色は悪くない。濁りもない。だけど、ワインの精の技能を使っても、ぶどうの妖精の声が聞こえない。どういうこと?


 僕は、ワインを口に含んだ。うわぁ、なんだ、これ? リースリングから造ったんだよね? どうしてこんな獣臭さがあるんだろう。尖った酸味と、変な苦味もある。アルコール度数は高めかな。何とも後味が悪い。


「あはは、何とも言えないね」


「そうじゃ! ヴァンはジョブ『ソムリエ』だから、適切なアドバイスができるのではないか?」


「爺ちゃん、ワインを造る技能は、僕にはないんだ」


「そうなのか。ジョブソムリエの技能は知らないからのぅ」


 だよね。村で、ジョブソムリエだなんて聞いたことがない。たぶん、これまででも僕だけだもんな。


 そういえば、リースリングの妖精さん達が、ボロカス言ってたっけ。小さな醸造所の人達は、やっちゃいけないような作り方をしているとか。なるほど、その結果がこの味かぁ。


「リースリングの妖精さん達が、ダメ出ししていたのを聞いたことがあるけど……」


「あぁ、そうじゃな。しょっちゅう文句を言っておる。まぁ、それはそれで、賑やかで良いのじゃが」


 爺ちゃんは、そう言いつつも残念そうだよね。せっかくのぶどうが、こんなワインになってしまったことが悲しいのかもしれない。




 婆ちゃんの晩ごはんを食べて、自室に戻った。なんだか、すごく久しぶりな気がする。魔法袋二つの装備を外して、壁にかけた。


 二週間、いつも、ずっと魔法袋を装備していたよな。装備していると、わずかながらも魔力を消費していたのだろう。外すと、何もない解放感から眠くなってきた。


 だけど、このまま眠ると婆ちゃんに叱られそうだ。僕は、風呂に入ることにした。なんだか、叱られるというのも悪くない気がする。ずっとここに居ると、わからなかった感覚だな。



 風呂に浸かっていると、外から話し声が聞こえてきた。


「泣き虫ヴァンが戻ってきたの?」


「でも、なんだか雰囲気が変わったみたい」


「街に行ったから大人になったの?」


「少しだけ光ってるよ。変な物を身に付けてる?」


 へぇ、僕は光って見えるのか。夜だからかもしれない。輝きの精霊の加護だとは気づかないのかな?


「輝きの精霊って何だろう? 知らない?」


「光の精霊のことじゃない?」


「ヴァンってば、間違えているのねー」


「泣き虫ヴァンだもの。間違えちゃうのよ〜」


 声がだんだん大きくなってきた。


「妖精さん達、また、お風呂を覗いてるんですかー」


「きゃ〜、きゃはは、エッチねー」


「泣き虫ヴァンのくせに〜」


 どっちがエッチなんだよ。


 笑い声は、だんだん遠くなっていった。夜なのに、わざわざ僕の様子を見に来たのかな。しかし、ほんと、すぐに覗くよね。


 だけど、怖がられてはいないみたいだ。よかった。精霊師は、そういえば、精霊と対等な関係なのだとブリリアント様が言っていたっけ。


 入浴後、僕は自分のベッドに寝転んだ。そのまま、すぐに眠くなって、気づくと翌朝になっていた。





「婆ちゃん、おはよう」


「おや、ヴァンちゃん、もう起きたのかい? 魔導学校は、午後からだろう?」


「うん、今日は始業式だけだからね。マルクと会えたら、学校の後、ちょっとギルドに行ってくるよ」



 朝食を食べていると、誰かが訪ねてきたみたいだ。


「ヴァンくんは、戻ってますか?」


 婆ちゃんは顔見知りみたいだ。僕は見覚えがないけど、たぶん村にいる貴族の人だろう。服装もだけど、その落ち着いた雰囲気から、だいたいわかる。ファシルド家の旦那様よりは少し若い感じだけど、抜け目ない賢そうな人だな。


「はい、何かご用でしょうか」


 僕がそう尋ねると、訪問者はめちゃくちゃ驚いた顔をした。えっと、何?


「あ、失礼。初めましてだね。俺は、ラスク・ルーミント。冒険者登録は白魔導士だが、魔導系全般が使えることでちょっと有名なSSランク冒険者だよ」


 茶目っ気のある笑みを浮かべながら、そう自己紹介をした男性は、慣れた様子で僕の向かいの席に座った。何度かウチに来たことがあるみたいだ。


 え、ルーミント? ルーミント家といえば、マルクのルファス家に匹敵するくらいの名家だ。マルクの家は黒魔導系だけど、ルーミント家は白魔導系だったと思う。


「ルーミント様、初めまして」


「いやいや、堅苦しい呼び方はなしだ。冒険者のラスクでいい。気楽に接してくれ」


 あー、だから、冒険者だと紹介したのか。それなら、家の名を名乗らなければいいのに。でも、それが貴族としてのプライドなのかな。


「はい、ラスクさん、何かご用でしょうか」


「ヴァンくんに用事はたくさんあるんだけど、キミを見て、そんな用事はどうでも良くなったよ。なんて羨ましいスキルを持っているんだ。是非、俺の所属するパーティに加入してくれないか?」


「えっ? あの、僕は、冒険者はEランクですし……」


「俺が所属するパーティは、実力主義なんだ。みんな、レアスキルを持っている。だが、精霊師はいないよ」


「僕のスキルが見えるのですか?」


 そう尋ねると、彼はハッとした顔をしている。


「すまない、許可なく勝手にスキルサーチをさせてもらったよ。キミが薬師超級なのかを確かめたかっただけなんだ」


 そんな立派な貴族に頭を下げられると、僕はどうすればいいかわからない。紅茶をいれてきた婆ちゃんも、びっくりしている。


「いえ……精霊師は、冒険者登録スキルですから構いませんが……。ですが、スキルサーチをされたのならお分かりでしょう。僕は、全く戦えません。そんなSSランクのパーティだなんて、とんでもないです」


「気分を害してしまったか。最近はスキルサーチをすることが癖になっていてね……すまない」


 正直な人なのだろうか。ラスクさんは、落ち込んでいるようにも見える。いや、気のせいだよな、貴族だもんな。


「驚いただけですから……。それより、何のご用ですか?」


 僕がそう言うと、ラスクさんはホッとしたように見える。


「ウチの屋敷に来てもらいたいのだよ、ヴァンくん」



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