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95、商業の街スピカ 〜守りの泉

 雑草だらけのあぜ道を少し進むと、建物の端にたくさんの妖精達が集まっているのを見つけた。フロリスちゃんの部屋の、僕が寝泊まりしていた物置部屋の裏だ。


 近寄ってみると、大きな水たまりがあった。足元が少しぬかるんでいる。こちら側には窓がないから、全然知らなかったな。妖精達は、この水場に集まっているのか。


「あれ? なんか変わったね〜」


「黒服なのに、黒い服を着てないよ〜」


「ぶどうの妖精の下僕でしょ? でも、あれぇ?」


 僕の姿を覚えてくれていたのか。そういえば、精霊師のスキルを得てからは、初めて話すかもしれない。


「妖精さん達、こんにちは。いつも、ここに集まっているんですね」


「いつもってわけじゃないよ。泉が小さくなったから、見張ってるの」


 この水たまりは、泉なのかな? 確かに、綺麗な水がたまっているけど……あー、ほんとだ、ぽこぽこと水が湧き出している。


 そういえば、この場所は、かなりくぼんでいるようだ。バトラーさんが立ち止まったあたりから、なだらかな下り坂になっていたが、ここが一番低い場所か。


 ここから見ると、フロリスちゃんの部屋の横の畑の柵が、かなり高い位置にみえる。


「何を見張ってるの? この付近全部が泉だったのかな?」


「見張ってないと、どろ人形が、すぐに飛び込むの。水が濁っちゃう」


「あの子たちは、乾くと壊れちゃうからだよ」


 ぬかるんだこの付近には、どろ人形が集まっている。なるほど、泉は完全に枯れてはいないんだ。バトラーさんと話をしていた場所からは、雑草で見えなかったけど。


 そういえば、あぜ道にいた子たちは、ちょっと乾燥していたかな。


「じゃあ、ちょっと水を撒こうかな?」


「魔法の水じゃないとダメよ。川の水は臭いの」


「わかったよ。魔法で水を撒くよ」


 僕は、乾いた地面に向かって、水魔法を使った。うん、風呂を入れる程度の水量しか出ない。マルクを呼んで来たいよ。


 まぁ、水撒きだから、これでもいいか。しかし、これでは、実技試験はまだ通らないよな。なんでもいいから、魔力が上がるスキルが欲しい。


 あっ、水の精霊を呼べば……いや、ダメだ。あの人、精霊獣をぶった斬っていたから、くだらないことで呼ぶと怒りそう。下手をすると、屋敷を水没させてしまうかもしれない。


「へぇ、黒服は、魔法を使うのねー。下僕なのに」


「でも、なんだか雰囲気が変わったよ? ちょっと怖いかも」


「ぶどうの妖精の下僕だもの、平気だろ」


 妖精達は、好き勝手に話してる。でも、そっか、僕の雰囲気が変わったのか。精霊ブリリアント様の加護が、ずっと発動しているからだよね。


 リースリング村に戻ったら、リースリングの妖精さん達は、何て言うだろう。もし怖がられたら、ちょっと寂しいな。泣き虫ヴァンって、言われ慣れてきていたんだけど。


 僕が撒いた水は、乾いていた土壌に、すぐに吸収されてしまった。でも、その付近に、どろ人形が集まってきたようだ。水を撒いたのは正解だったみたいだな。



 坂道を上っていくと、フロリスちゃんの部屋の横の畑にたどり着いた。頑丈な石造りの柵がある。彼女の世話係をしていたとき、畑の柵にしては何か不自然だと思っていたんだよな。


 柵の上に登ってみて、その謎が解けた。きっと、このすぐ下まで、泉の水があったんだ。雑草の生えている部分は、綺麗な円になっている。どろ人形は、泉のあった場所を守ることで、フロリスちゃんを守っているんだろう。




「ヴァン?」


 後ろから、かわいらしい声が聞こえた。振り返ると、少女が、不思議そうな顔をして、見上げている。


「あっ、フロリス様、こんにちは」


「ヴァン!? そんな所で何をしているの? 危険だから、柵には近寄ってはいけないのよ?」


「確かに危険ですね。この先は、急な坂になっています」


「坂? 泉があるのよ。落ちたら溺れてしまうから近寄ってはいけないって、母様が……」


 そう言うと、フロリスちゃんは、一瞬寂しそうな顔をした。思い出させてしまったか。


 僕は、石造りの柵から、ポンと飛び降りた。


 すると、フロリスちゃんが駆け寄ってきた。そして僕に、しっかりとしがみついている。


「フロリス様、ひとりで畑に出ていて大丈夫なのですか?」


「ひとりじゃないもん。ぷぅちゃんがいるもん」


 畑では、天兎が食事中だった。奴は、僕をチラッと見て……スルーしている。まぁ、好かれているとは思ってないから、いいんだけどさ。



「フロリス様、フロリス様? 畑にいらっしゃるのですか」


 メイドのマーサさんが捜しに来たみたいだ。そして、僕を見つけて、いぶかしげな顔をしている。いや、僕は少女を誘拐する気なんてないですからね。


「ヴァンなの? こんな所で何をしているのですか」


「マーサさん、さっき、バトラーさんに薬草畑を案内してもらってたんです。途中で彼に用事ができたから、僕はそのまま歩いて来たら、ここにたどり着いたんですよ」


「えっ? 泉の上をどうやって越えたの?」


「泉の水量は、随分と減っています。バトラーさんからは、枯れたと聞いたんですけど、枯れてはいませんでした」


「そう、それで貴方の足元が泥だらけなのね」


「はい、泉の近くは、ぬかるんでいましたからね」


 すると、マーサさんは頭を抱えた。泥だらけの靴で部屋に入ったわけではないのに?


「ヴァン、この部屋の裏には、守りの泉がないということなのね」


「守りの泉?」


「ええ、サラ様のご友人が作り出してくださったの。この部屋は、屋敷の端に位置していて危険だから。屋敷の裏には、広い畑が広がっているでしょう?」


「それなら大丈夫です。僕は通れましたけど、泉のあった場所は、誰も通れないみたいです。妖精さん達のたまり場になっていますよ」


 僕がそう言うと、マーサさんはホッとした顔をしていた。神官様は、泉が枯れたことを知っていたのに、メイド達は知らないのか? ここから見れば、わかるのにな。



「ねぇ、ヴァンは、なぜ薬草畑を歩いていたの?」


 あれ? まだ聞いてないのか。


「フロリス様、この屋敷に雇われたノワさんという薬師をご存知ですか?」


「うん、怖いお姉さんだから、怪我をしても治療院に行っちゃだめって、フランちゃんが言ってたよ」


 あはは、確かに怪我はダメだ。ノワ先生は、失神してしまう。


「そうですか。僕は、その怖いお姉さんの補佐をすることになったんです」


「えっ? ヴァンは、ずっとお姉さんの所に居るの?」


「緊急時の対応の契約なので、ずっとこの屋敷に居るわけではありません。でも、たまには、フロリス様の顔を見に来ますよ」


 そう答えると、少女はパァッと明るい表情になった。


「それなら、また魔法を教えてもらえるねっ」


「僕にできることでしたら、喜んで」


「わぁい、やった!」


 ぴょんぴょん飛び跳ねて喜ぶ少女を見て、天兎も飛び跳ねている。主人の真似をしているのかな。


 フロリスちゃんに喜んでもらえて、僕はくすぐったいような気持ちになった。必要とされていることが伝わってくる。


 ボックス山脈にも、可能なら連れていきたいな。チビドラゴンは、きっと待っているだろう。




「ヴァンくん! よかったぁ、捜したのよぉ〜。バトラーさんが、屋敷の端にいるんじゃないかって言って、呼び出しベルを鳴らしてくれないのぉ」


 息を切らせて走ってきたノワ先生を見て、フロリスちゃんは不思議そうな顔をしている。面識はないみたいだな。


「ノワ先生、どうしました?」


「大変なのぉ。頭からドバドバぁって血を流したゾンビみたいな人がね〜」


 いや、それなら僕が呼び出されるよね。


「先生、それほどの出血なら、僕が呼び出されると思います。ポーションで簡単に治ると思いますよ。僕は、そろそろ帰らないと、転移屋さんが閉まってしまうので……」


「私もポーションで治るかもって思うよぉ。でも、ないのぉ」


「バトラーさんは、ポーションを備蓄しているって言ってましたよ」


「ないのよ、ないのぉ」


「落ち着いて探せば、治療院にあるはずですよ」


「割れちゃったもの。ぜーんぶっ」


「じゃあ、薬草から作れば……」


「薬草入れが、どこにあるかわかんないのぉ」


 あー、そっか、治療院は、ゴミ屋敷状態だっけ。


「薬草ならすぐ裏に……あ、畑は無理ですね、先生」


 ノワ先生は、コクコクと頷いている。


「ヴァンくん、転移屋なら屋敷のを使えばいいのよぉ。意地悪なこと言わないで、何とかしてぇ〜」


 僕は、正方形のゼリー状ポーションを取り出した。


「ポーションです。これなら割れませんから、どうぞ。怪我人に食べさせてあげてください」



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