表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

94/574

94、商業の街スピカ 〜どろ人形の正体

「別に怒っているわけではないが」


 土の精霊は、語気を弱めた。勇ましい雰囲気があるから、なんだか、怒っているように聞こえるんだよな。


「すみません、まだ慣れなくて。では、この子たちが守っている主人となる方のジョブって、精霊師でなければ、何なのですか?」


「それは言えない。そういう決まりだろう?」


 今度は、ちょっと怒っている。調子に乗りすぎたか。


「正確にいえば、俺は、その子供を見ていないから、どちらかはわからない。その子供が成人になれば、コイツらも姿を変える。今はまだ、精霊の卵のような状態だからな」


 僕は、フロリスちゃんを会わせたい衝動に駆られたが、ジョブがわかったとしても精霊は教えてくれないだろうな。確かに、それがこの世界の決まり事だ。


「あの、この場所に泉があったらしいのですが、二年程前に枯れて消えてしまったそうなんです。ガーディアンが居たのでしょうか? それとも、どろ人形と何か関係がありますか?」


「ガーディアン? そんな気配は残ってないぞ。その子供の保護者が居なくなったのではないか? コイツらが、主人となるべき者を守る必要に迫られて、泉のマナを喰ったのだろう。こんな風に実体化している精霊の卵は珍しいぞ」


 なるほど、そういうことか。そういえば、フロリスちゃんの部屋の横の畑には、中庭からしか出入りできないみたいだった。畑の世話を頼まれているメルツさんは、中庭を通っていたもんな。建物の裏手から誰も侵入しないように、どろ人形が守っているのか。


 あ、ここにどろ人形が居るから、あの畑が妖精の溜まり場になっているのかもしれない。


「通れるようにしたいなら、ヴァンが直接命じればいい。わかっていないようだが、おまえは、精霊使いの上位スキルを持っているんだぞ。この俺を呼び出すことができるんだからな」


「はい、わかりました」


 僕がそう言うと、土の精霊は姿を消した。なんだか、ちょっとモヤモヤする。怒らせたというか、呆れさせたよね。まぁ、仕方ない。



 土の精霊が居なくなると、どろ人形が顔を出した。たくさんいる。フロリスちゃんが成人になると、コイツらが合体して精霊が生まれるのだろうか? うん? 精霊の卵? 精霊が生まれる?


 それって、もしかして……精霊の巫女じゃないのか? 女性の神官は神の巫女とも呼ばれる。アウスレーゼ家のサラ様の娘であるフロリスちゃんが、そういう聖職のジョブだったとしても不思議ではない。


 いや、ファシルド家だから、戦乙女ということもありうるかもしれない。でも、レアジョブばかりを考えすぎているけど、単なる精霊使いだという可能性も外せないか。


 いずれにしても、フロリスちゃんに妖精が近寄っていく理由が明らかになった。それに、精霊の卵にも守られている。僕は、ホッとした。でも、人間の悪意には、彼らは対処できない。


 少女に与えられたジョブが、ただの精霊使いだとしても、どろ人形の……精霊の卵の状態の今でさえ、誰も通さない力を持つ精霊を、支配することになるんだ。これは、力を重んじるファシルド家としては名誉なことになるのかな。この話をすれば、フロリスちゃんを追い出そうとする人達の意識は変わるだろうか。




「ヴァンくん、何かわかりましたか。難しい顔をしていますが」


 バトラーさんが、声をかけてきた。そうだ、彼はフロリスちゃんのことを心配している。話してみようか。ただ、話し方には気をつけないといけないな。


 僕は、まわりを見回した。近くの畑には誰もいない。でも……上を見ると、屋敷のたくさんの窓が開いている。上の方の階からは、この様子を覗いている人も……数えきれないくらい大勢いるようだ。


 この場所の怪奇現象に興味を持っているのか。声は上にあがるっていうもんな。ここで話す声は、かなりの人に聞かれていると思っておくべきだ。


 今までのバトラーさんとの会話で、僕は、変なことを言わなかったっけ。ちょっと、ヒヤッとしてしまった。気をつけよう。畑にいると気が緩んでしまう。ここは、リースリング村ではない。ファシルド家の畑なんだから。



「バトラーさん、わかったことと、わからないことがあります。僕の想像は混ぜずに、土の精霊さんが教えてくれたことだけをお伝えしますね」


「おぉ、ありがたい。少しでも手掛かりがあれば、安心します。この場所には、サラ様の亡霊が棲みついているという噂がありましてね……」


 それなら、そのままの方がいいのでは?


「ここには、ガーディアンがいた形跡はないそうです。泉が枯れたのは、別の原因だそうです」


「サラ様の死とは関係ないのですね」


 バトラーさんは、明らかにホッとした顔をしている。屋敷の敷地の一部に、亡霊が棲みついていたら困るからか。


「そのあたりはわかりません。僕の想像では関係があることになりますが、僕の考えは除いて、土の精霊さんが教えてくれたことだけを伝えます」


 彼がゴクリと、唾を飲む音が聞こえた。さっきまで屋敷から聞こえていた声が消えている。一体、何十人が盗み聞きをしているのだろう。


「ここには、精霊になる前の、精霊の卵がたくさんいます。僕の目には小さなどろ人形に見えますが、敵意のない子たちです。彼らは、仕えるべき主人を守ろうとしているようです。その子たちは、主人となるべき方を守るために、泉に宿るマナを吸収して、実体化したみたいです」


「ええっ!? この畑から精霊が生まれるのですか?」


 バトラーさんは思わず叫んでしまったらしい。ハッとして、口を押さえている。


「精霊がどこから生まれるかはわかっていません。逆に、どこからでも生まれるのかもしれませんね」


「その精霊が生まれるのは、主人となる方が成人したときということでしょうか」


「はい、そのときには、どろ人形は姿を変え、主人を守る精霊となるようです」


「その主人となるのは、誰ですか?」


「土の精霊さんは、誰だとは言っていませんでしたが、子供だそうです。この屋敷にいる未成年の子供でしょうね」


 僕が上を見上げると、たくさんの人が窓から顔を出していた。慌てて引っ込んだけど。フロリスちゃんだと言い切らない方がいい、僕はそう直感して、上を見上げたんだ。


 バトラーさんも、僕のその行動の意味に気づいたようだ。やわらかな笑顔を見せた。


「ということは、未成年のお子様の誰か、ということですね。ここから先に進めないということは、候補となるのは、この付近ですね」


 バトラーさんも、上を見上げている。


「泉があった場所付近とは限りませんよ。マナの集まる泉から生まれたどろ人形が、この場所を塞ぐということは、守りの弱い畑からの外敵を防いでいるのかもしれません」


「おぉ、確かにそうですね。畑には、どこからか魔物が入り込むこともあります。なるほど、しかし、これは楽しみです。こんなに忠誠心の強い精霊に守られている方が、ファシルド家にいらっしゃるとは。ジョブは、精霊剣士でしょうか」


「ジョブはわからないみたいです。まだ、精霊になっていないどろ人形ですからね〜」


 バトラーさんは、大きく頷いている。そして、屋敷の中からは、騒がしい声が聞こえてきた。その声を聞いて、バトラーさんは畑の方を向いて親指を立ててみせた。上手くいったというサインだ。僕も屋敷を背にして畑の方を向き、親指を立てた。




「バトラーさん、ちょっとよろしいでしょうか」


 あぜ道を、黒服が走ってきた。食事の間で毎日顔を合わせていた人だ。彼は僕を見て、少し驚いた顔をしている。僕は軽く会釈をしておいた。


「じゃあ、ヴァンくん、今日はこれで結構です。緊急呼び出しの魔道具は、常に身につけておいてくださいね」


「わかりました。あっ、この先を見に行ってみても構いませんか?」


「ええ、屋敷内のどこを巡回してもらっても構いませんが、仕事が増えますよ? ヴァンくんを薬師として雇ったという話は、もう随分と広まっているでしょうから」


 便利使いされそうだな。だけど、巡回か。薬師だと、そういう扱いになるのか。


「わかりました。ノワ先生があんな状態ですし、怪我人を見つけたら対応します」


「助かります。あ、ここの薬草は適当に使ってもらって大丈夫ですから」


 バトラーさんはそう言うと、黒服に連れられて戻っていった。忙しそうだな。



 僕は近くの薬草を引き抜き、正方形のゼリー状ポーションを作った。怪我人に遭遇したら、とりあえず渡せばいいか。


 そして僕は、どろ人形がいる雑草だらけのあぜ道を、先に進んでいった。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ