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93、商業の街スピカ 〜薬草の畑の先には

 僕は、どっと疲れを感じつつ、これは無理すぎるミッションだと思った。


 ギルドの職員さんも、新人薬師の教育は気が向かなければ無視していいって言ってたし、僕は、緊急対応だけにしておこうと思う。


 たぶん神官様は、ノワ先生の教育よりも、フロリスちゃんの見守り目的で、僕にこの仕事を受注させたんだろうから。


 フロリスちゃんは、そろそろ夕食の時間だな。ちゃんと食べてくれるだろうか。天兎が一緒だから、まぁ、大丈夫かな。


 あっ、こっそりと僕が出て行ったことを、怒っていないだろうか。でもまぁ、怒ってるなら、それはそれでいいか。もう僕は世話係じゃないんだ。少し寂しいけど。



「ヴァンくん、彼女の教育をメインにお願いしますね」


「えっ……バトラーさん、それはさすがに厳しそうといいますか、何というか……」


 無理ですよ、無理。


「彼女は、とても人懐っこくて優しく、面倒見のよい女性です。当然、薬師としての能力も高い。しかし、苦手なことがあるようでしてね。学校の講師が向いているのではないかと、彼女のお爺様がおっしゃっているそうですが、ヴァンくんもご存知の通り、長く続かないようです」


「そう、ですね」


「そこで、経験を積めば慣れるのではないかと、旦那様が雇われることになりました。ファシルド家では、毎日のように怪我人が出ますからね。ですが、初日の案内時に、彼女は、薬草畑を吹き飛ばしてしまいましてね……」


 虫がたくさんいるもんな。


「その爆破で、作業中だった人が怪我を負いまして……怪我人に囲まれた彼女は、失神してしまったんですよ」


 虫のあとに、血だらけだと、そうなるよね。


「その後、ヴァンくんが来てくれた頃には、体調不良の人への対応は、完璧にこなしてくれるようになったんです。しかし、苦手なことの克服は難しいようでして、アラン様を診てもらったときも失神されまして……」


 毒で、痛々しく腫れていたからか。虫は爆破し、人の血は失神するんだ……。逆じゃなくてよかったよね。


「フラン様が、ヴァンくんなら何とかしてくれるんじゃないかということでしたので、先週、ギルドに依頼を出しておいたのですよ」


「いや、ですが、ノワ先生の虫嫌いと血嫌いは、克服できるような半端なものではないかと……」


 バトラーさんは、大きく頷いている。


「ですが、虫と血の問題がなければ、優秀な薬師ですし、素敵な女性です。旦那様は、ファシルド家としても縁を結びたいと考えておられるようでしてね……」


 なるほど、誰かの奥様候補なのか。だから、雇うことにしたってことか。恩があるというだけでは、教育係をつけようとまでは考えないよな。


 しかし、なぜ、その大役が僕なんだよ……。神官様の推薦だということはわかったし、嬉しいんだけど、これはさすがに無理すぎる。




 薬草の畑は、野菜畑のあぜ道を利用しているようだ。屋敷と野菜畑の間に、細長く広がっている。なるほど、屋敷のどの部屋からでも、薬草を取りに行きやすい。うまく考えられている。


 あっ……ここかな? 爆破現場は。あぜ道から、放射線状にいろいろと壊された形跡がある。屋敷の建物は新しく修復された跡がある。すごい破壊力だな。


 バトラーさんの顔を見ると、苦笑いだ。うん、間違いないみたいだな。


「この付近は、屋敷に遮られて、あまり日光が届かないのです。だから、虫がたくさん集まっていたのですよ」


「そうですね。しかし、野菜畑がかなりやられてますね」


 畑というより、荒れ地だ。


「収穫間際のコルッコスが、全滅しました」


 バトラーさんは、残念そうな顔をしている。コルッコスなんてものを育てていたのか。魔果実なのに? さすが、ファシルド家だな。


 コルッコスは収穫時期を逃すと、果実が土に落ちて暴れるから、大変なんだ。もしも僕の村で育てたら、下手をすると誰かが魔果実に殺されかねない。


 収穫して乾燥させると、とても美味しい酒のつまみになるそうだ。乾燥コルッコスは高値で売買されている。だけど、乾燥させてから時間が経つと味が急速に劣化するらしい。だから、自家製の方が圧倒的に贅沢品なんだ。


「もしかして、コルッコス専用に、人を雇っているんですか」


「ええ、ですが、彼らがノワさんの犠牲になりましたが……」


「えっ? 亡くなったわけではないですよね」


「ポーションの備蓄もありましたからね、それは大丈夫ですが……ノワさんを恐れて、辞めてしまったんですよね。表面上は、怪我の療養のための長期休暇ですが、おそらく戻って来ないでしょう」


 なるほど、そうなるよね。ただでさえ、取り扱いに神経を使う魔果実の栽培だ。こんな危険な場所にいるより、もっと他にいい働き口はあるだろう。




 バトラーさんは、屋敷に沿って、あぜ道をずんずん進んでいる。薬草の畑は、もうわかった。いくつかの基本的なよくある薬草が揃っている。まだ、この先に、何かあるのだろうか。


 屋敷の端が見えたとき、畑の雰囲気が変わった。野菜も薬草も生えていない。ただの雑草だらけだ。


 バトラーさんがその手前で立ち止まった。僕が、そのまま進んでいくと、土の中から、ぶわっと何かが出てきた。だけど、僕に対する敵意はない。


「やはり、ヴァンくんは、通行を許されるんですね」


 バトラーさんが妙なことを言っている。振り返ると、土の中から、また別の何かが出てきた。だけどやはり敵意はない。どろ人形のような不思議なものだ。


「これは、何なんですか? どろ人形のように見えますけど」


「私には見えないのです。ただ、誰も通れないのです」


 通れない? でも、何の妨害も感じないけど。


「いつからですか? この先には、フロリス様の部屋がありますよね?」


「この場所には、以前、小さな泉がありました。だから誰も、このあぜ道から泉を越えて、フロリス様の……サラ様の部屋へは行こうとはしませんでした。サラ様が亡くなると泉が枯れてしまったのですが、泉があった場所へは立ち入れないのです」


「そうですか。ということは、泉には、ガーディアンが居たのかもしれませんね。サラ様を守っていたのでしょうか。その点は、フラン様の方が詳しいのではないですか?」


 そう尋ねると、バトラーさんは首を横に振った。


「フラン様も、通れないのです。何かの結界なら、破ることも可能でしょうが、何もないのです」


「何もないなら、通れるのではありませんか」


 バトラーさんは、首を横に振った。


「見ていてください」


 彼は、僕がいる方へ歩いてきた。だけど、少し進むと、スーッと後退している。うん? どういうこと? よく目を凝らして見てみると……土か。土がバトラーさんを追いやっている。


 どろ人形が運んでいるのかもしれない。土の中から、いくつもの顔がヒョコヒョコと出たり入ったりしている。


「なるほど、面白い現象ですね」


「ええ。冒険者ギルドにも調査を依頼しましたが、原因は不明です。ヴァンくん、何かわかりましたか?」


 それで、ここに連れてきたのか。怪奇現象だもんね。


 僕は、どろ人形に話しかけてみた。


「こんにちは、あなたは、話せますか?」


 誰も返事をしてくれない。うーん……僕にはわからないけど、このままにしておくのも良くないかな。


「バトラーさん、ちょっと技能を使ってもいいですか?」


「はい、屋敷を壊さなければ、構いません」


 いやいや、ノワ先生じゃないんだからさ……。




 僕は、スキル『精霊師』の土の精霊の加護を使った。僕のまわりを黄色い光が回っている。土の精霊さん、出てきてください。そう念じると、黄色い光が魔法陣となり、スーッと土の精霊が現れた。


「こんな何のマナもない場所で何をしている?」


「土の精霊さん、ちょっと困ってるんです。教えてもらえませんか?」


「うむ? なんだ?」


「この場所にいる、どろ人形みたいな子たちなんですけど、この先に進めないようにしているみたいなんです。その理由がわからなくて、屋敷の人達が困っているそうで……」


 土の精霊は、あたりを見回した。あれ? どろ人形がいない。


「ふぅむ、なるほど。俺が怖くて隠れているようだな。ヴァンが言う通り、どろ人形だ」


「精霊ですか?」


「いや、まだ、精霊ではない。この近くに主人となるべき者がいるのだろう。まだジョブの印が現れていない子供じゃないか? コイツらは、その子供を守っている」


「えっ? そうなんですね。そのジョブって、精霊師なのですか?」


「は? ジョブが精霊師だなんて人間はいない。精霊使いと区別ができていないようだな」


 やばっ、怒らせた?



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