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91、商業の街スピカ 〜神官様のイタズラ?

 商業ギルドの職員さんは、僕に書類を見せた。


「ヴァンさんが受注できる派遣依頼は、これ以外にも30件ほど来ているのですが、これは優先権のある依頼なので、まず、この受注手続きをお願いします」


 早口だな。ギルド職員さんは、なぜか必死だ。そんなにたくさんの依頼があるのか。でも僕は、ちょっと休憩したい。


「あの、僕は明日から魔導学校が始まるので、村に帰りたいんです。だから、派遣執事は、もう少し後にしてもらえませんか」


「それは、大丈夫です。『薬師』としての依頼ですから、学校や他の仕事と両立していただけます」


 えっ? 掛け持ちで仕事をしろって言っているのだろうか。みんな、そんなことをしているのかな。


「でも、明日から魔導学校が……」


「依頼主の元へは、今からすぐに行っていただけますので、大丈夫ですよ」


 なんだか、僕には拒否権がないように聞こえる。ギルドの仕事を受注するかどうかは、自由なはずだ。


「あの、僕は、今は……」


「後見人のフランさんがすでに仮受注されています。あっ、これは、フランさんが仲介されたのだったかしら?」


 えっ……聞いてないんだけど。


 職員さんは、何かを思い出したのか、ひとりで頷いている。なんだか、表情がコロコロ変わる女性だ。


「ヴァンさん、こちらにサインをお願いします」


「ええっと、依頼内容を確認してからでいいですか」


「慎重なのですね。ですが、こちらの依頼は、後見人がすでに仮受注しているものですから、断れませんよ。サインをしていただいてから確認なさってください。悪い条件ではありませんから」


 めちゃくちゃ横暴だ。神官様が?


「いつ後見人が承認したんですか?」


「ちょうど1週間ほど前ですね。ささ、お願いします」


 僕は、仕方なくサインをした。後見人って、いつまで付くのだろう? 


「ざっと、簡単に説明いたします。今回のお仕事は『薬師』として、依頼主の家の急な病人や怪我人に対応していただくことが主な内容です。専属の薬師が常駐しているので、緊急時以外は自由にしていただいて構いません」


 そう言うと、彼女は僕に、リングの付いたペンダントを差し出した。指輪をペンダントにしてあるのかな?


「こちらが、呼び出しの魔道具です。指輪かペンダントとして、常に身につけておいてください。呼び出しに応じれば、屋敷に転移できる魔道具です。契約期間が終了すれば、消滅しますので、他の用途への転用はできません」


「は、はぁ。でも常駐の薬師がいるなら、僕は不要じゃないんですか?」


 常駐するってことは、ジョブ薬師だろうから、上級以上だ。確かに僕は超級だけど、普通、そこまでの技能は要らないはずだ。


「あっ、加算金の件もお話しておきます。依頼主の屋敷に常駐する薬師は、この依頼があった10日程前から、新たに着任されたようです。ただ、経験のないジョブ薬師なので、自分が何をすべきか理解できていないらしく……ヴァンさんが、その教育をしてくださることを期待されているようです」


「えっ? 僕はジョブ薬師ではありませんよ?」


「ですが、ヴァンさんは有名人ですから。新たなエリクサーがあれば、買い取りを……」


 はい? 買い取りの話?


「売るほどの量はありません」


「そうですか……また、ぜひよろしくお願いします。話が逸れてしまって、申し訳ありません。えーっと、契約期間は、ヴァンさんが魔導学校を卒業される日までです。卒業できないときは、二年が期限となります」


 えっ!? 二年?


「随分と長い期限ですが……その間、僕には自由がないのですね」


「いえ、緊急時以外は、自由にしていただいて大丈夫です。他の派遣執事の受注も可能です。新人薬師の教育は、加算金扱いなので、気が向かないのであれば無視してもらっても大丈夫です。ただ、教育される方が、緊急で呼び出される回数は少ないかと思いますよ」


 はぁ、うまくできているな。結局、教育しなければいけないんじゃないか。でもそんなこと、できる気がしない。


「依頼主を聞いていませんけど、魔導学校の近くなのでしょうか」


「えっ? あ、ご存知なかったのですか? そちらの書類に……そっか、サインをいただいてすぐに回収してしまいましたね。受注書をお渡しするのを忘れていました、すみません。地図は不要ですよね?」


 職員さんは、書類を探しているみたいだ。そそっかしい人だな。まだ仕事に慣れていないのかもしれないから、まぁ、いいや。だけど、地図は必要に決まっている。魔導学校に通っているけど、スピカは広いんだ。


「こちらが受注書です。一応、門番に確認されるかもしれませんから、なくさないでくださいね」


 渡すのを忘れていた人に、そんなことを言われたくない。まぁ、いいけど。


 受注書にさっと目を通して、僕は、頭がクラクラしてきた。そうか、一週間前……。あの話は、これのことか。


 湖畔のキャンプ場で、神官様がアラン様と話していたのを、偶然立ち聞きしてしまったことを思い出した。僕には言う必要がないって言ってたっけ。僕が絶望するかもしれないからって……。


 はぁ…………まじか。


「報酬は、月給制になっていますから、定期的に受け取りに来てください。契約期間終了時に一括払いも可能です」


「……わかりました」


「依頼主の元へ、すぐに向かってくださいね。地図は不要ですよね」


「はい、地図はいりません」


 僕は、書類を持って、商業ギルドをあとにした。





「どうしたんだ? 忘れ物か?」


 依頼主の屋敷に着くと、顔見知りになった門番に声をかけられた。僕は無言で、書類を見せた。


「へ? 薬師派遣? また来たのか?」


「フラン様が、勝手に仮受注していたんですよ。だから、バトラーさんが妙な顔をしていたんだ」


「あははは、婚約者のイタズラか? 仲が良くて羨ましいぜ」


 僕は、愛想笑いをするだけで精一杯だった。


 せっかく、自由になれたと思ったのに、二年もの長期契約。あ、魔導学校を卒業するまでだっけ。半年後の試験には通らないよな。頑張っても、一年か。はぁ……。


 だけど、まぁ、たぶん、神官様は、僕にフロリスちゃんの見守りをさせたい、ということだろうな。


 もう大丈夫だとは思うけど、アラン様が屋敷を出たからか。神官様は、同じタイミングで僕までが離れるのは、危険だと判断したのだろう。フロリスちゃんが安定するまで……それが、二年という期間か。



 屋敷に入っていくと、バトラーさんがすぐに僕に駆け寄ってきた。笑いをこらえているのか、変な顔なんだけど。


「商業ギルドに行ってきました。ご存知だったんですね?」


「フラン様から、口止めをされていましてね。申し訳ありません。ヴァンくんがどんな顔で戻ってきたか、詳細に報告しなければならないことになっています。クフフ」


 バトラーさんは、こらえきれずに笑ってる。はぁ、本当にもう……神官様のイタズラ? 屋敷の人達は、そんな風に考えてるのか。でも、たぶん、それは違う。イタズラのふりだな。彼女は、僕が断らないように、策を講じたんだ。


「はぁ、もう、勘弁してくださいよ。商業ギルドの職員さんと、話が噛み合わなかったんですから」


「あははは、おっと、失礼。ヴァンくんの混乱ぶりを想像すると、つい……。コホン。新たな仕事部屋へ案内しますね。あ、服装は自由で結構です。黒服ですと、妙な仕事を押し付けられるでしょうから。こちらで着替えをどうぞ」


 なるほど、黒服は逆に迷惑なんだろうな。いっそ、黒服のままで居てやろうか……なんて、思ってしまう。


「冒険者のような軽装しか持っていませんが、大丈夫ですか」


「ええ、構いません。薬師として雇っているわけですからね。街の薬師も、ラフな服装の人が多いですから」


 僕は、空室で着替えを済ませた。バトラーさんは、ずっと笑ってるんだよね。僕がため息をついたせいかもしれないけど。



「さぁ、こちらですよ」


 バトラーさんに連れて行かれたのは、僕が立ち入ったことのない建物だった。屋敷の裏側にあたる。黒服の宿舎のある中庭とは、屋敷を挟んで反対側だ。


「こちらの建物には、私の部屋もあるんですよ。この一階部分の治療院が、ヴァンくんの新たな仕事部屋です」


 これまでは常駐の薬師が居なかったみたいだけど、随分と立派な治療院があるんだな。そうか、ファシルド家はナイトの貴族だから、すぐに治せる人が居ない。いったん怪我人を収容する場所なのだろうか。


 バトラーさんが治療院の扉を開けると、騒がしい声が聞こえてきた。


「もうっ、無理なんですぅ〜!」



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