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90、商業の街スピカ 〜ファシルド家、契約期間終了

 アラン様の成人の儀が行われる朝を迎えた。


「ヴァン、見に行くの?」


「フロリス様、儀式に参列するのですよ」


 少女は、可愛らしいワンピース姿だ。髪にもリボンをつけている。こういう姿をすると、ぐんとお嬢様らしくなる。



 成人の儀は、やはり神官様が担当している。僕のときとは違って、儀式の時間はとても短かった。武闘系のジョブなんだろうな。


 神官の能力を使っている彼女は、少し神々しい雰囲気だ。初めて会ったときに感じたような、清楚な美しさを放っている。


 だけど僕は、いつもの神官様の方が、人間っぽくて好きだな。横暴だけど、時折見せる意外な表情がかわいいんだ。


 ハッ! 僕は何を考えているんだろう。



「アランのジョブは、『ナイト』です。ファシルド家の後継となるに相応しいジョブだわ」


 パチパチと拍手が起こった。だけど、その多くは温かい拍手ではない。どうしてキチンと祝ってあげないのだろう。ライバル視はわかるけど、心が狭いと思うんだよね。


「そうか、アランのジョブは、俺と同じだな。フランちゃん、ありがとう」


 旦那様は、安堵の表情だ。なんだかアラン様に期待しているようにも見える。




 儀式の後、フロリスちゃんに付き添い、アラン様の部屋へと向かった。少女が用意した小さな花束は、なぜか僕が持たされている。


「アラン兄様、お誕生日おめでとうございます」


 部屋に入ると、フロリスちゃんは少し照れながらも、キチンとお祝いの言葉を伝えている。


「フロリス、ありがとう。かわいいワンピースだね」


「うん、あっ、ヴァン、お花」


 僕は、少女に小さな花束を渡した。天兎は床に放り出されても、彼女の足元でジッとしている。


「フロリス様が、昨夜、育てられたんですよ。魔力の限界まで頑張られて」


「へぇ、こんなにたくさん咲かせることができたのか。フロリスはすごいな、ありがとう」


 褒められた少女は、真っ赤になってうつむいてしまった。そして、うつむいたまま、花束を差し出している。その妹のかわいらしい様子に、アラン様は愛おしそうに目を細めて、花束を受け取った。


「まぁっ! フロリスさんは、こんなに魔法が上手なのね」


 アラン様の母親であるルーシー奥様が、驚いた顔をしていた。彼女は、フロリスちゃんに話しかけてくれる唯一の奥様だ。


「はい、ヴァンに教えてもらったの」


「そう、すごいわね。私にはできないことだわ」


 少女は、真っ赤になりながら、ペコリと頭を下げた。どう返事すべきかわからないんだろうな。でも、その仕草に、ルーシー奥様は、やわらかな笑みを浮かべている。


「女の子ってかわいいわね。ウチは男の子しかいないから、アランも、嬉しいわよね」


「あぁ、かわいい妹だからね。しかも、こんなにたくさんの花を育ててくれたなんて、感無量だよ」


 花束といっても、8本だけだ。でも、少女は一度に1本しか育てられない。生育魔法を8回も使ったんだ。かなり頑張ったと、僕も思う。



「アラン兄様、いつまで居られるの?」


 少女は不安そうな顔で尋ねた。そっか、アラン様は成人の儀が終わったら、屋敷を離れるんだったな。


「もう少ししたら、母の家に行くつもりだよ。だから、スピカからは出ない。フロリスも遊びに来ればいい。武術系の貴族だけど、ファシルド家ほどは大きくない。フロリスと同じくらいの従姉妹いとこもいるぞ」


「うん!」


 アラン様がスピカから出ていかないとわかると、フロリスちゃんは笑顔を見せた。スピカといっても、かなり大きな街だから、子供が歩いて行ける距離ではないだろうけど。


「ヴァンも、よかったら立ち寄ってくれ。あの家の主人は、派遣執事を雇うことはないだろうけど、冒険者として有名なんだ。ボックス山脈に出入りできるヴァンなら、きっと大歓迎だぜ」


「はい、ぜひ遊びに行かせてください」


 僕がそう即答すると、アラン様は嬉しそうに笑った。


「そのときは、様呼びは不要だよ。魔導学校の友達なら、相手が貴族でも様呼びなんてしないだろう?」


「はい、そのときには、アランと呼ばせてもらいますね」


「あぁ、その方が嬉しいよ」


 なんだか、この屋敷で会うのは、これが最後かのような言い方だな。そういえば、成人のお祝い会はしないと聞いている。もしかすると、この後すぐに行ってしまうのかもしれない。



 そして、僕の予想は的中した。その夜、アラン様は、母親ルーシー様の家へと出発してしまわれたんだ。


 それから数日間は、毎日、何も起こらず静かな日々が流れた。そして、僕の契約終了の日がやってきた。




「ヴァン、今日で終わりなの? 居なくなっちゃうの?」


「フロリス様、僕は派遣執事として契約で来ています。契約期間が終了すると、ここにはいられないんですよ」


 冷たい言い方になってしまったのだろうか。少女の目からは、ぶわっと涙があふれ出した。やばい、どうしよう。


「やだやだやだ! ヴァン、居なくなっちゃダメ!」


 そう言って僕にしがみついてくる。なんだか、僕はとんでもなく大きな罪悪感を感じた。少女は見捨てられると感じているのだろうか。


「フロリス様、ヴァンを困らせてはいけませんよ」


「だって、マーサ、今日で居なくなっちゃうんだよ? うわぁぁん」


 ありゃ、号泣だ……。僕は、嬉しいような困ったような複雑な感覚だった。だからといって、契約は契約なんだ。


「フロリス様、それでは、旦那様にワインに興味を持っていただければいいのですよ。そうしたら、また、ヴァンを雇うことができます。ヴァンのジョブは、ソムリエですからね」


 マーサさんがそう言うと、少女は泣きやんで顔をあげた。いや、口はへの字に固く結ばれている。必死に涙をこらえているのだろうか。


「わかったの。私、父様にワインに興味を持ってもらうの」


「旦那様はお忙しい方ですから、どうすればお話の時間を割いていただけるか、作戦を考えましょうか」


 マーサさんの誘導に、少女は乗った。涙は止まっている。キリッとした表情になっているね。


「でも、マーサ、どうすればいいの?」


「難しい質問ですね、フロリス様、一緒に考えましょう」


 旦那様との謁見は、子供達にはなかなか難しいようだ。僕も、契約期間中は、最初のときと、来客時にしかお会いしていない。


 フロリスちゃんが、うーむと考えている隙をついて、僕は、そっと部屋を出た。




「ヴァンくん、二週間ありがとう。予想もしない成果をあげてくれて、旦那様も感謝しておられますよ」


 部屋の外で待っていたバトラーさんは、屋敷の中を歩きながら、そう話してくれた。


「僕の方こそ、いろいろと学ばせてもらいました。お世話になりました。バトラーさん、お元気で」


 屋敷の門まで送ってもらって、そう挨拶をすると、彼は苦笑いをしている。あ、バトラーというのは、名前ではなかったのか。


「では、ヴァンくん、このまま真っ直ぐに、商業ギルドへ行ってください。そちらで報酬を受け取ってもらえますから」


「あ、はい。ありがとうございました」


 バトラーさんの名前を尋ねようとしたけど、タイミングを逃してしまった。僕は、軽く会釈をして、屋敷から外へ出て行った。



 ふわぁ〜、やっと自由だぁ〜!



 報酬ってどれくらいだろう? 報酬でお土産を買ってリースリング村に戻ろうかな。ん〜、街のお土産ってのも変かな。魔導学校が始まると通うことになるもんね。あ、学校は明日が始業式だっけ。もう座学は終わってるから、あとは、剣術と魔術の実技だよな。


 今日は、ゆっくり寝よう。

 婆ちゃんのご飯、楽しみだな。


 うん、でも、やっぱ、何か買って帰ろうかな。商業ギルドなら、いろいろな物を売っていたから、ちょうど良いね。




 商業ギルドに入っていくと、職員さん達の視線が突き刺さる。あっ、黒服のままだから、仕事の依頼だと思われたのかもしれない。


「終了報告です」


「商業ギルドカードをお願いします」


 職員さんにカードを渡すと、彼女は何かの魔道具に乗せて、何かの操作をしている。ギルド職員って面白そうだな。


「ファシルド家への派遣執事、二週間の報酬です。ミッション達成の特別報酬と、業務外の仕事についての加算金が含まれています。ご確認ください」


 差し出されたのは、金貨1枚と銀貨14枚だ。えっ? ありえないほどの大金なんだけど?


「すごい金額ですね」


「はい、特別報酬と加算金が金貨1枚です」


 僕は頷き、財布に入れた。お土産は何でも買えそうだ。


「ありがとうございます。では」


 僕が立ち去ろうとすると、職員さんが慌てた。


「ヴァンさん、次の受注をお願いします!」



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