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9、リースリング村 〜アリアさんの正体

「ごちそうさまでした。とても美味しかったです」


「ふふ、そう言ってもらえると嬉しいわ。あちらの人達は、何も言ってくださらないのよ〜」


 僕は、背を向けていたから気づかなかったが、いつの間にか、大きなテーブルの端の方で、村長様の客人らしき人達が、食事をしていた。


 そして、ヒソヒソと小声で何かを話している。使用人に聞かれたくない話なのだろうか。もしかして、僕がここにいるせい?


「あの、僕、お邪魔じゃないでしょうか」


「そんなこと、あるわけないわ。逆に、あの人達の方が邪魔かもしれなくてよ、ふふっ」


 アリアさんは、僕の後方にいる誰かに、目で合図をしている。僕がそれに気づいたことがわかると、なぜか微笑まれた。ん〜? 笑顔でごまかしているのかな。


 なんだか僕は、ジョブの印が現れてから、人の目の動きに敏感になったような気がする。それも『ソムリエ』に必要なことだからなのかな? もしかすると、印の絵や印の場所の影響なのかもしれない。




「やぁ、初めまして、だね。キミが『薬師』のスキルを得たヴァンくんかな」


 村長様のお客さんの一人が、こちらにやってきた。そして、アリアさんの横に座った。やわらかな雰囲気の上品な男性だ。貴族なのかな?


「はじめまして、ヴァンと申します」


「へぇ、新成人のわりには落ち着いているね。なるほど、孤独の王だからかな」


 孤独の王? 何それ?


 彼の視線は、僕の右手の甲に向いている。このサソリの絵にはそんな意味があるの? なんだか、さみしい人生になりそうな嫌な印象を受けた。


「リーフ、彼は何も知らないのよ? 勝手なことを教えることは越権行為だわ。アウスレーゼ家のお嬢さんが、ヴァンのサポートをすると申し出ていたもの」


 なぜ、ここで、あの笑顔が怖い神官様の話が出てくるんだろう。それより、アリアさんは、この人と親しげだけど、どんな関係なのかな。



 突然、彼は、どこからか雑草のようなものを取り出して、テーブルの上に置いた。すると、それをアリアさんが、僕に手渡した。あれ? これって……。


「ヴァン、お願いというのは、この薬草を煎じて飲み薬にしてほしいということなの。私が煎じようかとも思ったんだけど、『薬師』にお願いする方がいいでしょう?」


「これは…………煎じてはいけません」


 見た目は雑草にしか見えないけど、この独特のツヤは雑草ではない。これは、『諸刃草』という特殊な薬草だ。このまますり潰せば傷薬や血止めに使えるけど、熱を加えると毒薬に変わる。


「どうして? 煎じてお茶にしておけば、いつでも飲めるし、傷口にも液体の方が使いやすいもの」


「これは、よく効く傷薬の薬草として有名ですが、合わないと命を落とすことのある劇薬だとも言われていますよね。それは、この薬草が、熱を加えると毒薬に変わるからなのです。煎じてしまうと湯気にも毒が含まれるので、大変なことになってしまいます」


 スルスルと頭の中から知識が出てくる。これが薬草の知識なのかな。あれ? 二人とも笑ってる? 僕の言い方が悪かった?



「ふふっ、やっぱりね。ヴァン、貴方は『薬師』中級じゃなくて上級でしょ」


「えっ」


「中級の知識では、毒薬に変わることまでは知らないはずよ。超薬草の知識は、上級にならないと得られないもの。試すような真似をして、ごめんなさいね」


 騙された?


「えっ、あ、いや、あの……超薬草?」


 超薬草って何? そんな知識はないんだけど。


「姉さんも人が悪いね。ヴァンくんを試そうと言い出したのは俺じゃないからね。超薬草というのは、このように、二つ以上の別の効用がある薬草の総称だよ。調合方法によって、全く違う薬になる不思議な薬草さ。キミが知らないということは、ギルドの俗語かな?」


「姉さんって……?」


「おや、姉さんが紹介してくれているかと思ったら、聞いていないのかな? 俺は、リーフ・トロッケンだ。あっ、怖がらないでくれ。トロッケン家だけど、メインの血筋ではないんだよ」


 えっ!? ど、どうしよう……。


 トロッケン家といえば、神官三家の中で、最も恐れられている一族だ。世界の統制や、いろいろな暴動の制圧をしているって聞いたことがある。


 普通に暮らしていれば、実際に会うことはない。もし会うことがあれば、それは罰を受けるときだって、魔導学校の誰かが言っていたっけ。


「リーフ、なぜ、家の名を口にするのかしら。わざとなの? それとも愚かなのかしら」


 アリアさんは、口ではそう言っているけど、咎めているようには見えない。僕に正体を知らせたかったんじゃないかな。


 トロッケン家の神官様に何かを命じられたら、普通は、絶対に断れない。


 アリアさんは、お願いがあると言っていたけど、僕が『薬師』中級かどうかを確かめたかったわけじゃないだろう。きっと、その先に、無茶な頼みごとがある。



「姉さんがそんなことを言うから、彼が怯えているじゃないか。まさか、姉さんは素性を偽っていたのかな?」


「リーフが、私のことを姉さんと呼ぶからでしょ」


「アリア様と呼ぶなと言うからじゃない。あっ、ヴァンくんが姉さんを見る目も……あははっ」


 何か言わなきゃいけないんだろうけど、わからない。否定すべきなのか肯定すべきなのか、笑顔がいいのかダメなのか、あぁ、もう、どうしよう。


「ヴァン、怖がらせてしまったかしら。私は、アリア・トロッケンよ。リーフが私のことを姉さんと呼んでいるけど、実の姉弟ではないわ。私の妹がリーフと結婚しているの」


「は、はい」


 確か、神官三家に生まれた人って、家の名を名乗ることが許されるのは『神官』だけだ。ということは、アリアさんも神官様なんだ。しかも、トロッケン家の……。


「もうっ、リーフのせいでヴァンが私を怖がってしまったじゃないの」


「あ、いえ……」


 空気が重い。押し潰されそうだ。こんなときに、爺ちゃんが一緒だったら……。あー、でも、うん、僕は十三歳になったんだ。自分のことは、自分の頭で考えなきゃいけない。



「あの、アリア様、なぜ僕が『薬師』中級ではないと思われたのですか? 神矢の大半は、中級だと聞いていますけど」


「ヴァン、様呼びは嫌いなの。普通に呼んでちょうだい」


「はい、申し訳ありません」


「その言葉も……まぁ、仕方ないわね。私が神官だということもわかったのね」


「はい。神官三家の皆様は、家の名を名乗るのは『神官』だけだと聞いたことがあります」


「そう、よく知っているわね。あー、さっきの質問だけど、答えなくてもわかるわよね?」


「わからないです」


「あら、そう? 印を現す儀式は、アウスレーゼ家の仕事だけど、私もやろうと思えばできるわ。ヴァンの儀式は長かった。ジョブ『ソムリエ』と『薬師』の両方の情報を与えられたのだから、多少長いのはわかる。だけど、中級『薬師』にしては時間がかかりすぎだと思ったのよ」


「そう、ですか」


「心配しなくても大丈夫よ。村の人達には言わないわ。ヴァンが『薬師』上級のスキルがあると知られると、つまらないことに利用されかねないもの」


「はい、ありがとうございます」


「そんなことを言って、姉さんが利用しようとしているじゃないか」


「利用じゃないわ。お願いよ。ヴァン、可能ならでいいんだけど、話を聞いてくれるかしら」


 まさか断われるわけがない。


「はい、話を聞くだけでしたら」


 僕がそう言うと、アリアさんは妖しい笑顔を浮かべた。



「ヴァン、率直に言うわ。近いうちに、この付近の魔物を一掃しようと考えているの。私はそのために、この家に部屋を借りて調査をしてきたのよ。おととい、金色の神矢がこの地域に降ったのも、私の進言よ」


「えっ……」


 そっか、トロッケン家は、金色の神矢の投下場所の調査もしているんだっけ。アウスレーゼ家は、成人の儀式で世界中を回っている。もう一つのベーレン家は、あちこちの町の教会にいる庶民派だ。


 神官三家は、仲が悪いらしい。特に、トロッケン家とアウスレーゼ家の対立は激しく、過去に大きな戦争になったこともあるそうだ。


「姉さん、また、ヴァンくんを怯えさせているよ。あはは」


「あ、いえ、驚いて……。魔物の一掃と、金色の神矢に何か関係があるのですか」


「ヴァン、神矢が降ると、それを求めて人が集まるわ。そうすると、遭遇する魔物は力のある人が討伐するでしょ」


「あ、なるほど」


「そこで、ヴァンにお願いなんだけど」


 一瞬、アリアさんは迷うそぶりを見せた。でも、ただの話術だ。彼女は全く迷っていない。


「毒薬を作ってくださらない?」



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