87、商業の街スピカ 〜アランを狙う兄達
神官様は、中庭に居なさいと言ったんだっけ?
フロリスちゃんのメイドの一人が僕達に気づき、部屋に招き入れようとした。だけど、アラン様は畑に居ろと言われたと主張して、動こうとしない。
僕は、そろそろ着替えるべきだよね。だけど、僕がアラン様を守らなければならない? 当然、武力での話じゃないよな。うーむ……あれ?
妖精達が上空へと上がっていく。ということは、妖精達が嫌う何かがやってくるのか。
「アラン様、妖精さん達が、退避行動をしています」
「やはりな、ヴァン、頼む」
えーっ? 意味がわからないんだけど。
フロリスちゃんを避難させる方がいいのかな。でも、メイドの二人も、畑に出て来たから大丈夫か。まだ昼食時だから、中庭は安全なはずだ。
しばらくすると、中庭を通って、数人の男性がやってきた。二十歳前後かな。身なりからして貴族だ。腰に立派な剣をさげている。その後ろから、黒服も数人ついて来ているようだ。
「こんな所にいたのか。話し合いに参加していなかったから、身体でも悪くしたのかと心配したぞ」
僕は、直感した。この人達の中に、アラン様にあの鉱物性の毒を仕込んだ犯人がいる。妖精達が逃げるということは、その毒を持っているのか?
僕は、薬師の目を使った。だがさすがに、使われていない毒の有無の見極めは無理だな。何かのときにすぐに対処できるように、技能は発動しておこうか。
アラン様は、彼らに、礼儀正しく頭を下げている。
「お久しぶりです。護衛として屋敷を離れていました。ご心配をおかけしました」
「そうか、それならいいが。アラン、おまえも序列に加えられたぞ」
「えっ? そうなのですか? 俺はまだジョブの印も現れていない未成年ですが」
アラン様は、心底驚いたような顔をしている。うーん、それは逆効果だと思うんだけどな。
「わかっていたくせに、しらじらしい」
後ろにいた人が、ぽつりと呟いた。やはり、そうなるよね。うん? 呟いた人も、旦那様の子なのだろうか。なんだか、少し異質な感じがする。
見た目は普通の立派な剣士風だ。だけど、なんだかよくわからない違和感、ちょっと心がザラつくというか……嫌な印象を受けた。
「兄様達は、俺に何かご用でしたか?」
アラン様がそう問いかけても、彼らは互いに目配せをしているだけだった。無視しているというより、何か……あれ? 後ろにいた黒服達が居ない。
彼らの後方に目を移すと、かなり離れた場所で姿を見つけた。彼らが何かを話すと、他の黒服達は、中庭から姿を消した。
まさか、こんな昼間の中庭で、剣を抜くつもりじゃないだろうな。アラン様の緊張が伝わってきた。アラン様も、黒服が人払いをしていることに気づいているようだ。
何が始まるんだ?
「アラン、何を緊張している? 明日は誕生日なのだろう? 俺達は、祝いを持ってきてやったんだぞ」
そう言うと、一人が花束を取り出した。
「そうでしたか、ありがとうございます、兄様」
アラン様は、警戒しながらも、花束を受け取った。その花には特に何の毒も含まれていない、普通の花のようだ。
あっ!
その次の瞬間、呟いていた男が、何かの術を使った。一瞬で、周りには大量の黒い影のような何かが現れた。
だけど、誰も気づいていない。ということは、幽霊? いや、昼間なんだけどな。
黒い影は、じわじわと距離を詰めて来た。アラン様を狙うかのように、近寄っていく。
どうしよう? 幽霊なら、輝きの精霊ブリリアント様が祓ってくれないだろうか。でも、こんなことで呼び出してもいいのか……。
『ヴァン、遠慮深い子だね。困ったときはお互い様だ』
頭の中に、声が響いた。えっ? ブリリアント様! どうして?
『ふふ、キミの目を通じて私も見ているよ』
あ、そうか。常にブリリアント様の加護が発動しているんでしたね。ありがとうございます。
『私には、まだまだ返し切れない恩があるからね。だが、さらに、それを重ねることになりそうだ』
さらに? えっと?
『ヴァン、力を貸して欲しい。協力してくれるかい?』
僕にできることなら。
『私の敵のひとつが、その人間の中にいる。引きずり出して欲しい』
えっ? どうやって?
『そうだな、ヴァンが影を消せば、本体が出てくるだろう。キミが私を召喚できるとは思わないだろうからな』
この黒い影は、ブリリアント様の、その敵が使った術なのですか? 幽霊のように見えますが。
『そうだよ。堕ちた精霊が呪霊となって、人間を乗っ取っているのだ。キミ達の周りにいる影は、呪霊が人間からエネルギーを集めるためのものだ。取り憑かれると、吸収され尽くして死に至る』
アラン様が殺される!? 僕は、どうすればいいのですか。
『湖畔で、妖精を治すために使った、私の加護を覚えているかい?』
はい、僕の姿が、精霊を見る技能のある人には、ブリリアント様に見えたそうですが。
『ふふ、そう、それだよ。私の加護を身に纏うイメージをしてごらん。あとは、普通に魔法を放つように、あの影に、私の光をぶつければいい』
わかりました、やってみます。
「アラン、その花は祭事用の花だぞ。意味はわかるか?」
「兄様、これは、俺の成人祝いなのですよね?」
僕は、ゆっくりとアラン様に近寄っていった。黒い影は、アラン様を完全に包囲し、じわじわと近寄っている。僕も、その影の包囲網の中だ。
「誰が、おまえの成人を祝うと言った? うん? なんだ? おまえの友達か?」
彼らの視線が僕に向いた。僕は、やわらかく微笑みを浮かべた。下手なことは言わない方がいいよな。
「はい、彼は、俺の友です。兄貴のような存在ですが」
あはは、こんなときだけど、少し頬が緩んでしまう。僕よりさらに頬が緩んでいる男がいるけど。
「ほう、じゃあ、一緒に旅立たせてやるよ」
彼らは、ニヤニヤと笑っている。アラン様は、警戒して、手を剣に添えた。
「アラン様、この刺客は剣では斬れません。僕にお任せください」
僕がそう言うと、この影を出した男が何か呟いた。すると、影が近寄る速度が上がった。
「精霊使いか? ふん、だからおまえはここに居たのか、アラン。昼間の太陽の下だからと、油断したな」
そうか、精霊使いのスキル持ちなら、この影が見える。ペラペラとしゃべる男は、この状況が見えているらしい。
僕は、精霊ブリリアント様の加護を身に纏いたいとイメージした。身体の中をふわっと何かが流れる感覚のあと、僕の身体は強い輝きを放った。
「な、なんだ!? おまえ?」
その問いかけは無視だ。
僕は、魔力を放つ感覚で、すべての黒い影を狙った。
ピカッと、真っ白な光が放たれた。聖魔法みたいだな。僕には、そんな高度な魔法は使えないけど。
黒い影は、一瞬で真っ白な光に飲み込まれるように、消え去った。すごいな、さすが、精霊ブリリアント様の光だ。
「ヴァン、何か今、光ったような気がしたが」
「はい、周りを取り囲んでいた呪霊の影を浄化しました。アラン様にも見えたのですね」
「見えたというほどではないが、チカッと光ったように感じただけだ。おや? どうされたのですか?」
アラン様は、彼らに目を向けて首を傾げている。
ペラペラとしゃべる男は、僕の姿に驚いているみたいだ。やはり、彼は精霊使いか。そして、この影の術者は、ワナワナと怒りに震えているようだ。
「おまえの支配精霊は、光を使う精霊か!? その姿、支配精霊を自分に憑依させるとは……超級だな」
やはり、ペラペラとよくしゃべる。僕は、否定も肯定もしない。やわらかな笑みを浮かべた。
「潰す! 潰す、潰す、潰す、潰す!!」
マズイ、僕が挑発してしまったのだろうか。術者は、怖い言葉を撒き散らしている。彼が声を発するたびに、影が現れる。だが、僕は、影が現れるとすぐに、すべて消し去った。
剣は抜かないのか。
ここは、屋敷の中庭だ。だから、剣を使えないということか。この状況は、僕には有利だ。剣を抜かれたら、僕はお手上げだ。
「クソ、クソクソクソクソ、クソッ!」
呟きが大きくなり、そして、術者は、ガクリと地面に崩れるように座り込んだ。
すると、彼の身体から、ぬらりと何かが出てきた。幽体離脱か? ゾワゾワと強烈な寒気がする。マズイ、これは……これが……。
「ヒッ、な、なんだよ、何をしている?」
よくしゃべる男が、術者の方を向いて顔をひきつらせている。術者は、うつろな目で僕を見た。そして、その口は、不気味に弧を描いている。
「ヒカリノセイレイ、ダト? ハハハハ。ウマソウナ、エサ、ダ」
黒い呪霊の声が、中庭に響き渡った。




