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86、商業の街スピカ 〜生育魔法を教える

 いま僕達は、昨日と同じレストランにいる。同じ個室で、朝食を食べ終えたところだ。


 さっき立ち聞きしてしまったことは、結局、尋ねる勇気がなくてそのままになっている。神官様もアラン様も、僕が話を聞いていたことには気づいていないらしい。


 レストランの外では、妖精達が騒がしい。精霊獣が暴れた湖岸を元に戻そうと、頑張っているみたいだ。



「ヴァン、ぷぅちゃんのごはんは?」


 フロリスちゃんは、天兎を膝に乗せてソワソワしている。自分が食事を食べた後に、天兎に餌を与えることにしてあるからか。天兎はお腹が空いたと言っているから、言葉はわからなくても伝わっているのかもしれない。


「そうですね。湖畔に行ってみましょうか」


「うん!」


「ちょっとヴァン、湖畔に広がる草原は、昨日の精霊獣との争いで荒れているわよ。天兎が食べられるような草はないわ」


「フラン様、妖精さん達が、今もずっと騒がしいんです。おそらく、一部は復活していると思います」


 僕がそう反論すると、神官様は片眉をあげた。うーん、これは気分を害したってことだろうか。


「フランさん、キャンプ場の客が減っているから、二人にするのは危険です。俺達も行きましょう」


 すると、神官様はまた片眉をあげている。これは何だろう? 怒った?


「そうね、散歩もいいかもね」


 あれ? おだやかな声で同意している。彼女の片眉の動きは、謎すぎる。いやいや、どうして僕は、神官様の眉の動きを気にしているんだ? 




 レストランを出て湖畔へ向かうと、その景色はすっかり元どおりに見える。壊れた建物も魔法で建て直したんだろうな。


 神官様は意外そうな顔で、あちこち確認しているようだ。あれ? 昨夜、彼女が出かけていたのは、この修復のためじゃなかったのかな。


 妖精達の声に耳を傾けると、今は左側を作業中のようだ。右側は完了か。だけど、少女は昨日と同じ左側へと向かっている。


「フロリス様、右側の方がいいです」


「でも、ぷぅちゃんは、あっちの草を気に入っていたの」


「妖精さん達があっちに集まっています。たぶん、まだ作業中なんですよ。右側は終わったみたいです」


「ふぅん、じゃあ、右に行くの」


 僕達の少し後ろをついてくる神官様は、また片眉をあげた。これは、どういう意味なのかな。いやいや、もう気にしないようにしよう。


「ヴァン、何よ? 人の顔をチラチラ見て」


「えっ、あ、いえ、なんでもありません」


 うっかり目が合うと、なぜか叱られる。なんだか、こういう動物いるよね。目が合うとキャンキャン吠えてくる……あはは。


「ヴァン、見てみて〜。ぷぅちゃんが嬉しいって言ってるよ。ここの草を持って帰りたいの」


「ふふ、すごい勢いで食べてますね。はい、かしこまりました。少し草を抜いておきますね」


 天兎は空腹だったから、がっついているだけのようだけど、フロリスちゃんは、こちら側の草を天兎が気に入ったと感じたようだ。


 僕は、一部分の草を、農家の技能を使って引き抜いた。これを、屋敷の畑に植え直そう。とりあえず、魔法袋かな? そう考えた瞬間、引き抜いた草が消えた。


 振り返ると、神官様が魔法袋に触れている。彼女が収納してくれたのか。


「フラン様、ありがとうございます」


「構わないわ。これだけだと一日分にしかならないわよ?」


 もっと引き抜けということかな。


「はい、それをフロリス様の部屋の横の畑に植え直そうと思ってます。ぷぅちゃんが、根こそぎ食べなければ、これで大丈夫です。生育魔法をかけておきますから」


「ぷぅちゃんは、根っこは食べないの」


「そう、それならいいわ」


 あぁ、また、神官様は片眉を……。


 気にしないようにしようとすると、逆に気になる。僕は、彼女がどう感じたのかが、いちいち気になってしまうのかな。



「あっ、ヴァン、お花が育つ魔法を教えてほしいの」


 天兎がいつまでも食べているからか、フロリスちゃんはそんなことを言い出した。そういえば、アラン様の誕生日に花を届けるんだったな。彼の誕生日は明日だ。


「わかりました。では、この草を育ててみましょう」


「うん」


 僕は、基本的な生育魔法を少女に教えた。やはり、フロリスちゃんは頭がいい。一度ですぐに覚えて実践し始めた。そして、ほんの数回で成功させた。


「わっ、できた? 私、できた?」


 天兎が食べた部分から、スルスルと10センチほど草が伸びている。20センチほどの背丈の草だから、半分くらいか。


「すごいですね。完璧ですよ。あっ、ぷぅちゃんが見ていますね」


 天兎は、自分の主人が餌をを成長させたことに驚いているようだ。草と少女を交互に見ている。


「ぷぅちゃん、これ、食べていいよ」


 少女がそう言うと、天兎は恐る恐る近寄ってきた。言葉は理解できないはずなのに、わかっているのか。少女が頷くと、パクリと草を口に入れた。そして、そのまま、ゆっくり食べ始めた。


 草には、まだちょっと魔力が残っているようだ。天兎としては、味は良くないらしい。でも、自分の主人が自分のために育てたことを理解しているようだ。


 これなら、生育魔法を使って育てた草でも、奴は食べられるね。畑に植え直せば、餌の問題は解決だな。フロリスちゃんが、生育魔法を練習すれば、僕がいなくても維持できる。


「フロリス様、魔法を使った直後の草には、まだ魔力が残っています。少し時間を空けてから与える方が、ぷぅちゃんは美味しく感じると思います」


「へぇ、そうなの。うん、わかったの」



 神官様はアラン様と、こちらの様子を見ながら、何か話をしているみたいだ。アラン様の表情から笑顔は消えている。これからのことを話しているのか。



 忘れそうになっていたけど、僕の契約期間は、あと数日だ。


 フロリスちゃんも、天兎がいれば、もう大丈夫だろう。アラン様は、明日の成人の儀の後は、家を離れるつもりだと言っていた。きっとその方が、屋敷にいるよりは安全に暮らせるのだろう。


 初めての仕事場としては、ファシルド家はハードだったな。次は、名のない小さな家に行こうかな。


 いや、魔導学校の新学期が始まるから、リースリング村に戻ろうかな。爺ちゃんや婆ちゃんは、元気にしているだろうか。あっ、そうだ。いろいろな薬をたくさん作って、村のみんなに配ろう。ガメイの荒野も見に行かなきゃね。


 あと、数日かぁ。少し名残惜しい気もするけど、契約終了後は、自由の身だ。あっ、マルクと、ハンターの講習を受けに行く約束もあったよな。う〜、待ち遠しい。



「ヴァン、ちょっと、ヴァン!」


 神官様の声が聞こえた。振り返ると、三人が離れた場所にいる。あれ? 目の前にいたはずのフロリスちゃんまで?


「湖を見ながら、何をボーっとしてるの? 早めの昼食を食べて、屋敷に戻るわよ」


「あ、はい、すみません」


 僕は、慌てて駆け寄った。まだ数日は契約期間内だ。気を抜いてはいけないよな。


 そして、レストランで軽食を食べた後、神官様の転移魔法で、ファシルド家に戻った。





 屋敷に戻ると、神官様は中庭を通って、フロリスちゃんの部屋へと向かっていった。そのとき、神官様は、門番や他の黒服に聞こえるように大きな声で、僕達に命令した。


「ヴァン、着替える前に、草を何とかしなさい。アランも手伝って」


「フランさん、俺は自室に戻りたいんですけど」


「アランが手伝わないなら、私に畑仕事をしろと言うの?」


「い、いや……」


 むちゃくちゃだ、横暴だ。だけど、きっと彼女のこの行動には、意味があるはずだ。アラン様は、苦笑いしながら、頷いた。


 屋敷の中ではなく、中庭を通っていくのは、その方が早いからだとも言えるけど、神官様は、屋敷に入りたくないように感じた。


 中庭を歩いていると、さっきの神官様の言葉が、まるで伝言ゲームのように、黒服や門番の間を伝わっていく様子がわかった。少し慣れると、彼らの行動はわかりやすい。噂話のネタになりそうなことは、広がるスピードも速いようだ。



 畑にたどり着くと、神官様は魔法袋から湖畔の草を地面に出した。僕は、農家の技能を使って、畑に植え直した。


「フランさん、ヴァンが一瞬で植えたじゃないですか」


「アラン、貴方は、もう少しここに居なさい。ここではヴァンの方が、私よりも貴方を守れる」


 やはり、何かあるんだ。えっ、僕が守る?


「わかりました。水やりでもしておきます」


 神官様は頷き、中庭を戻って行った。アラン様は、険しい顔をしている。


「アラン兄様、私も水やりをするの」


 フロリスちゃんが声をかけると、彼は優しい笑みを浮かべた。



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