84、デネブ湖 〜アランと語る
「フラン様、登録スキルが増えていますけど」
「あぁ、それね。追加しておいたわ。その方が、ランクが低くても舐められないからね」
勝手に? 神官様は僕の後見人だからか。精霊師って、あまり言いたくないんだけどな……。でも、隠すのもおかしいか。
「冒険者ランクって、何かのミッションを一つ成功すれば、Fランクになるんですよね?」
「そうだったかしら? Fランクが最低じゃなかった?」
「ランクの記載はないのが最低かと」
「ふぅん、ヴァンはEランクになっているはずだけど?」
「はい、急にすごく上がったんですね」
僕がそう言うと、神官様は片眉をあげた。うーん、この仕草の意味ってたくさんあるのかな? 今は、バカにされているような気がする。
「そんなことより、昼食を食べ損ねたわね」
神官様は、僕のことはサラッとスルーして話題を変えた。フロリスちゃんは、いつもほとんど食事をしていなかったからか、首を傾げている。でも、アラン様は、思いっきり頷いていた。
「フランさん、レストランは満員のようだけど、どうしますか? 屋敷に戻りますか?」
「アラン、戻ってどうするのよ。逃げてきたのよ?」
あっ、出発の時間も早めたんだったな。成人した兄弟が集まっていたんだよね。今日は、何があるんだろう? 神官様は、フロリスちゃんとアラン様を、屋敷から避難させたということなのか。
だけど、その理由を僕が尋ねてはいけないと感じた。貴族の問題なのだから。気になるけど。
それに、アラン様は、成人の儀が終わると屋敷を離れると言っていた。後継争いとか勢力争い、そんな感じなのだろう。
うん? 神官様の視線が突き刺さる。えーっと、僕が何がしなければならないのかな。
「宿の部屋で、食事にしましょう。ヴァン、あなた、何か作りなさいよ」
「ええっ?」
「と言っても、材料がないわね。仕方ない、非常食パーティをするしかないかしら」
「フランちゃん、私、ドレスは持ってきてないの」
「フロリス、そういう意味のパーティではないのよ。お祭りよ。質素な非常食を食べてみるお祭り」
少女は首を傾げている。僕もイマイチ意味がわからない。非常食を食べることが祭りなのだろうか?
僕達は神官様について行き、森の中にある宿に入った。コテージ風の小屋で、中は、テーブルのある部屋と、二つの寝室があるようだ。
神官様は、魔法袋からテーブルに、いろいろな物を出している。どこが非常食なんだろう? 僕の家の食卓よりも豪華なんだけど。
「へぇ、非常食って、なんだか面白いな。フランさん、これは冒険者の食べ物なんですか?」
「ええ、そうよ。ミッションを受注すると、持ち場を離れられないことがあるから、ある程度の非常食は持ち歩いているわ」
また、神官様の視線が突き刺さる。えーっと……給仕をするような感じでもないんだけどな。
「ヴァンも出しなさいよ」
「僕は何も持ってないです」
「は? ボックス山脈に出入りしていて、非常食を持ってないなんて、考えられないんだけど」
「それは全部、マル……友達に頼っていたので」
神官様は、チッと舌打ちをしたように見えた。
「フランちゃん、食事のときにチッてしたら、お行儀が悪いの」
まさかの少女からの指摘に、一瞬、シーンと静かになった。面白すぎる!
「ぶはははっ、フランさん、叱られましたね〜」
アラン様は、ツボにハマったらしく、笑い転げている。そんなに笑うと睨まれるよ?
だけど神官様は、やわらかな表情をしていた。アラン様が爆笑して、フロリスちゃんがキョトンとしている光景に、僕も思わず笑みがこぼれた。
「ヴァン、あなたに笑う権利はないわよ」
「ええっ、なぜですかー?」
「非常食を持ってないからよ」
理由になっていない。理不尽だ。横暴だ。でも、なんだか少し、神官様が可愛らしく見えた。
食事の後、神官様は、僕達にフロリスちゃんを寝かしつけるようにと言って、どこかへ出掛けて行った。おそらく、キャンプ場の方へと向かうのだろう。
「フランちゃんが戻ってくるまで、寝ないもん」
「フロリス様、では、寝室で遊びましょうか。ここにいると、フラン様が戻ってきたときに叱られますから」
「うん、でも、ぷぅちゃんは寝ちゃったの」
天兎は、少女の足元で眠っているようだ。主人のそばにいれば安心できるみたいだな。ずっと、彼女が、天兎を守っているからだろう。
「じゃあ、ぷぅちゃんを抱っこして、ベッドに運んであげてください」
「うん。お風呂は?」
えーっと、僕が風呂に入れるわけにはいかないよな、さすがに。アラン様に助けを求めようと視線を移すと、彼も苦笑いだ。
「フロリス、それは、フランさんが戻ってからだな」
「うん、わかったの」
小さくても、さすがお嬢様だな。でも神官様は、少女の風呂にまで気が回っていない。彼女は、Aランク冒険者だから、屋敷を離れたら、冒険者スイッチが入るのかもしれないな。ちょっとフォローしておこうか。
「フロリス様、こんな森や山に入ると、冒険者の人達は、お風呂には入らないんですよ」
「ええ〜っ、どうして?」
「入浴中は装備を外しますから、突然、魔物が現れたら、大変なことになりますからね」
「魔物がお風呂を覗くの?」
えーっと、困ったな。
「エッチな魔物もいるかもしれませんね」
僕がそう答えると、フロリスちゃんは慌てている。まだ五歳児なのに、しっかり女の子なんだな。
「ぶははは、そりゃ大変だな、フロリス」
アラン様は、慌てる少女を優しい目で眺めている。彼は、やはりいい人だな。
「アラン兄様も、気をつけて!」
「あぁ、気をつける。ぷぷぷ」
真剣に忠告する妹に、真面目に返事をしようとする兄。いいな、僕も、妹に会いたくなってきた。
しばらくすると、フロリスちゃんは、天兎を抱きかかえて眠った。
「寝たな、ヴァン、ちょっと飲まないか?」
「はい、お付き合いします」
アラン様は、部屋を出ようとしたが、それはマズイよね。ここは、コテージの端の部屋だ。大きな窓の外は、森なんだから。
「アラン様、ここで飲みませんか。窓の外には、魔物がうろついていますから」
「窓の外なら、大丈夫じゃないのか?」
「アラン様には、危機感が足りません。こんな窓なんて、簡単に破られますよ。フロリス様のような幼い子は、腹を空かせた魔物に狙われやすいんです!」
あっ、しまった。思わず、対等な口を……。
「申し訳ありません。言い過ぎました」
アラン様は、一瞬ポカンとして、そして真顔になった。マズイ……怒らせたか。
「いや、確かに、俺には危機感が足りない。フランさんにも言われたな。俺は、ろくに屋敷の外に出たことがないから、ピンとこないんだ。ヴァンは大人だな。半年違いだとは思えないくらいだよ」
「いえ、僕は、生まれ育った村に魔物が入り込むことも多いので、自然と身についたんです」
「そうか、俺は、人間の方が恐いと思っていた。俺はあまりにも世間知らずだな」
アラン様は毒殺されそうになったから、だよな。僕は逆に、家族がこんなに恐いだなんて知らなかった。
なんだか、シーンとしてしまった。彼は、何か話をしたいのだろうか。なんだかキッカケを探しているように見える。
「あの、僕でよければ、話くらいなら聞けますけど」
そう声をかけると、アラン様は、ハッとしたような顔で真っ直ぐ僕を見た。うん、何か話したいみたいだ。
「ヴァンは、まるで兄貴のようだな。俺には、同じ母親の兄が居ないから、なんだか新鮮だよ」
「ええっ?」
アラン様は、フッと笑った。
「ヴァン、今朝早くに、ここに逃げてきたのは、今日、ファシルド家の次の序列を決める話し合いがあるからなんだ」
「それで、成人された方々が集まられていたのですね」
彼は、コクリと頷いた。不安そうな表情だ。なんだか、少し幼く見える。
「俺、明後日にジョブの印が現れたら、序列に加えられることになるんだ。変なジョブじゃなければ、だけどな」
「それは名誉なことなのですよね? 僕は、貴族の家のことは知らないのですが」
「名誉、か。まぁ、そうとも言える。今の俺には重責でしかないんだが……。序列に加えられるということは、本家か分家を継ぐという意味なんだ。本家の後継者争いに加えられることになる」
「えっ? まだ、旦那様はお若いのでは?」
「ファシルド家は、武術系のナイトの家だ。主人に何があるかわからないから、後継者は、早めに決められるんだ」
「もしかして、それで、あの毒が……」
「あぁ。あれでわかったんだよ、俺の順位がな」