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82、デネブ湖 〜ベーレン家とアウスレーゼ家

 精霊学校の学生だけでなく、白魔導士らしき人達まで、シーンと静まり返っている。その様子から、精霊師というスキルが、とてもレアなものなのだと改めて実感した。


 僕も、精霊使いと精霊師の違いは知らなかった。だけど今、実際に精霊ブリリアント様の加護を使って、死にかけの妖精を回復させることができた。こんな力があるなんて、信じられない気分だ。


 精霊ブリリアント様の輝きをまとっていると、僕の姿は、ブリリアント様に見えるらしい。そもそも精霊には、実体はない。だからブリリアント様の輝きをまとうことで、そう見えたのかな。


 学生達は、精霊使いとしての能力に、バラツキがあるみたいだ。さっき、妄想のように口々に話していた言葉も、人によって違ったもんな。




「薬師さんは、精霊師のスキルをお持ちなのですね。湖上の精霊獣を鎮めたのは、貴方の力でしたか」


 上品な女性が、やわらかな笑顔でそう言った。彼女には、他の白魔導士らしき人達が逆らえないようだけど、有力貴族なのだろうか。


「はい、精霊師のスキルは、得たばかりで、まだよくわからないのですが。僕の力というよりは、精霊ブリリアント様が属性精霊に命じられたような感じです。僕は何もしていません」


「精霊に信頼されている貴方がこの場にいなければ、精霊獣達によって、この美しい場所は消えてしまったことでしょう。それに学生達の回復は、間違いなく貴方の力ですものね」


「いえ、そんな、たいしたことは……。それより、お姉さんの方が……あ、お姉さんは失礼でしたか。えっと……」


「あら、申し遅れました。私は、このデネブ湖の少し北の森の教会で神官をしているセーラと申します」


 上品な女性は教会の神官か。神官だと名乗れるということは、神官三家のひとつ、ベーレン家の人だ。やはり、ベーレン家の神官様って、やわらかな雰囲気の人が多いんだな。


「セーラ様は教会の神官様なのですね。僕は、ヴァンといいます。薬師は、スキルですけど」


「このような場では、白魔導士のセーラで構いませんわ。そうでしたわね。神矢から得たとおっしゃっていましたね。ということは、ジョブは精霊使いなのかしら」


「いえ、僕のジョブは、ソムリエです。ぶどうの妖精は見えるので、精霊使いとは、技能がかぶる部分はありますけど」


 僕がソムリエだと言うと、何人かの視線が突き刺さった。いろいろなタイプの好奇の目だな。でも、嫌な視線ばかりだ。どの人が貴族なのかがわかる。


 その視線を、彼女は敏感に察知したようだ。


「ソムリエなら、大変ですわね。早く次の富の神矢が射られたら良いのですけど。高価なワインは、転売目的で大商人が買い集めているようですし、一部の貴族は、そんな商人に騙されまいとして、ソムリエを買っているとも聞きます」


「えっ? ソムリエを買うのですか。あー、商業ギルドの派遣ですね」


「いえ、商業ギルドを介さない、人身売買ですわ。富の神矢が絵画だったときにも、贋作をつくる目的で、画家の人身売買が行われ、問題となりました。教会に逃げ込む方も少なくなかったのですよ」


「そう、なんですね」


「ヴァンさんも、気をつけなさい。若い人ほど、つけ入ろうとする悪い大人が寄ってくるものです」


「はい、気をつけます。ありがとうございます」


 神矢の富は、ワインの前は絵画だったのだろうか? 僕は、そのあたりの事情は何も知らない。


 教会の神官様なら、直接、そんな相談を受けていたのだろう。彼女は、二十代前半に見えるから、そんなに昔のことではないだろう。


 神矢が射られる周期は知られていない。神の気まぐれだろうと言われている。神矢ハンターなら、その時期がわかるのだろうか。




「あら、楽しそうね、ヴァン」


 突然、後ろから頭を小突かれた。振り返ると、不機嫌そうな神官様がいる。えーっと、なぜか怒っているのか、その表情は、ちょっと怖い作り笑顔だ。


「フラン様、えーっと、はい、おっしゃっていたように、学生さん達は、彼らの術の失敗による妙な反射を受けていました」


 僕がそう返事をすると、彼女は片眉をあげた。僕には、この意味がわからない。


「そう、妙な気は消えているものね。でも、別の妙な気が湧いてきたのではないかしら?」


 彼女が何を言っているのか、全くわからない。僕は、首を傾げた。


 妖精達はもう復活して、湖の中だ。あっ、まさか、いや、ありえないとは思うけど、僕が別の神官様と話していたから、やきもち? まさかね。



「フランさん、お久しぶりね。ヴァンさんとは知り合いなのね」


「セーラさん、お久しぶりです。ええ、ヴァンは私の婚約者ですから」


 ええっ!? ちょ……。


「まぁっ! そうでしたの。フランさんのような方の口から、そのような言葉が聞ける日が来るだなんて驚きですわ。ふふっ、成人の儀式で見つけた子に、婚約者のふりをさせているのかしら」


 バレてるじゃないか。


「成人の儀式で見つけた子だけど、婚約者なのは事実よ。家にも、そう言ってあるわ。セーラさん、人のモノを盗ろうとする癖は、神官としての適性に欠ける、品のない行為だと思いますよ」


 ええっ!?


「ふふっ、フランさんは、どうしてしまわれたのかしら? まるで、私が何かを盗ったかのように聞こえますわよ」


 上品なセーラ様が、何かを盗るようには見えない。神官様は、何を言っているのだろう?


「盗ったじゃない、私の婚約者を」


「誰のことをおっしゃっているのかしら? 私には夫がたくさん居るから、わからないわ。それに、仮にそうだとしても、それは、彼が私を選んだということでしょう? ふふっ」


 そ、そうか。神官家も、貴族と同じく、一夫多妻制だし、一妻多夫制なんだ。


 なぜか僕は、少し心が痛んだ。神官様には、婚約者がいたんだ。でも、ファシルド家の旦那様に嫁ぐ予定だったんじゃなかったっけ? あ、神官のジョブが現れた後は、アウスレーゼ家に戻ったから、その後の話?


 二人の間には、バチバチと火花が飛び散っているかのように見える。一触即発の雰囲気だ。アウスレーゼ家とベーレン家って、家同士も仲が良いとはいえないだろうしな。


 どうしよう。


 僕だけじゃなく、白魔導士らしき人達も戸惑っているようだ。精霊学校の学生達は、面白そうに見ている。


 はぁ、神官三家のことは全くわからないけど、こんな場所でバチバチしていて、いいのかな? 品がどうのと言うなら、これって、品のない行為じゃないの?



「フラン様、そろそろ戻りましょう。ぷぅちゃんの餌を集めないと、フロリス様がまたプクゥッと拗ねてしまわれます」


 僕がそう言うと、神官様は僕を見て、片眉をあげた。


「そうね。こんな話を聞かれてしまうなんて、はしたないわ。皆さん、聞かなかったことにしてくださいね」


 神官様がまわりに向けた笑顔は、とても冷たい。威圧感が半端ない。すると、セーラ様がやわらかな笑みを浮かべて、口を開いた。


「あら、フランさんは甘いのね。ふふっ」


 その瞬間、神官様は僕に何かの術をかけた。結界? 


 直後、セーラ様は淡い光を放った。白魔導士らしき人達や、精霊学校の学生達はその光に覆われている。その光は僕には届かない。やはり神官様は、僕に何かのバリアを張ったんだ。


「ヴァン、行くわよ」


「まぁっ、今日のフランさんは面白いわね。確かに利用価値は高いものね。ヴァンさん、また会いましょう」


 セーラ様が不敵な笑みを浮かべている。僕は、神官様に腕を引っ張られながらも、彼女に軽く会釈をした。


 セーラ様が放った光が消えると、彼らは、僕がソムリエなんだという話をしている。そして、神官様の方を指差して、フランちゃんだと叫ぶ人もいる。今、彼女に気づいたのか?


 なんだかまるで、時間が数分間、さかのぼってしまったかのようだ。




「フラン様、あの、セーラ様が使った術は、時間を遡ったのですか?」


「記憶を消したのよ。ベーレン家が使う救済魔法を悪用しているのよ」


「救済魔法?」


「ええ、辛い現実の記憶を消すことで、前を向いて生きられるようになる、というのがベーレン家の主張よ。私には理解できないわ。単なるその場しのぎよ。乗り越える強さを身につけさせなければ、意味がないわ」


 なんだか、彼女は神官のようなことを言っている。あ、いや、神官様なんだけど。


 だからフロリスちゃんのことも、真剣に寄り添っているのか。セーラ様なら、少女の記憶を消すのかもしれない。


「フラン様って、意外にいい人ですね」


「生意気ね!」


 ゴチンと殴られた。

 でも、なぜか痛いとは感じなかった。



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