81、デネブ湖 〜精霊ブリリアントの加護のチカラ
湖畔では、白魔導士らしき人達が、精霊学校の学生達の治療をしていた。
僕が近寄ると、学生達の妙な緊張感が伝わってきた。えーっと、何? もしかして僕を怖がってる? あっ、そうか。この人達は、精霊が見えるんだ。
「怪我の具合は、どうですか?」
僕がそう尋ねると、白魔導士らしき人達は、怪訝な顔をしている。まぁ、そうなるよね。精霊が見えないなら、僕のまわりに精霊がいたことに気づくわけがない。
それに、こんなに少ない人数で、大人数の治療にあたっているんだ。湖の様子などに、構っていられなかったのかもしれない。
レストランの支配人は、キャンプ場の利用者の半数以上が白魔導士だと言っていたと思うけど……戦闘中に湖に近寄ることができるのは、きっと一部の上位の白魔導士だけなのだろう。
「僕は、薬師のスキルを持ってます。何かお役に立てるかなと思いまして」
「薬師なんかに用はないよ。呪術士のスキルはないの?」
な、なんだか、すごく上から目線だな。僕が子供だからかな。立ち去れということか。
「あんたら、よくそんな口を……その子は、先生を上回る、極級の精霊使いだぞ」
えっ? 極級? そんな噂になっているのか。
精霊学校の学生達が、怯えた顔でそう言っている。僕のまわりにいた精霊を見てそう思ったんだな。でも、白魔導士らしき人達は、信じていないようだ。
「貴方は、変な呪いを受けておかしくなってるんですよ。この少年の年齢で、極級に到達することなど、ありえない」
白魔導士らしき人達は、冷静だな。確かに、ジョブの印を得て、まだ半年だもんな。しかし、この嫌な感じは……魔術系の貴族かもしれない。
「はい、僕は、精霊使いではありません。薬師といっても超級ですから、たいしたことはできないかもしれませんけど」
僕がそう言うと、白魔導士らしき人達は、目を見開いた。超級の薬師なら、あしらわれることもなく、普通に扱ってくれそうだ。白魔導士は薬師を敵視しているのかな? 役割の大半は、かぶっているもんね。
「その歳で、超級薬師なのか?」
「まだ、十五歳くらいだろ?」
いや、僕は、十三歳なんだけどな。これは言わない方がいいよね。
「半年ほど前に、神矢で得たスキルですよ」
「ふぅん」
面白くなさそうだな。まぁ、そりゃそうだよね。白魔導士として修行しているんだろうし。
「状況を教えてください」
「少年、超級薬師なら、わかるんじゃないのかい?」
あー、嫌な感じだな。絶対に貴族だ。
「せっかくのお申し出に、その言い方はどうかと思いますわよ? こんな場所では、身分なんて関係ないのではなくて?」
倒れている学生のそばにいた女性が、そう言ってくれた。その女性には、他の白魔導士達は、何も言えないみたいだな。
「状況を教えてくださいませんか」
僕が再びそう尋ねると、一人が口を開いた。
「ここにいるのは、精霊学校の学生だ。あっちに引率の講師がいる。コイツらは、湖のヌシを怒らせて、やられたんだ」
「だが、傷は治したのに、何人かが動けない。死んだわけではないのに、死人のように冷たいんだ」
「だから、湖のヌシの呪いだろ。湖の上に浮かぶ妖精をもてあそんだから、呪いを受けたんだ」
白魔導士らしき人達が、そう言うと、精霊学校の学生が口を開いた。
「確かに、大規模な捕獲魔法の練習はしていたけど、湖にいるヌシは、精霊獣だ。呪いなんてものとは無縁の存在だ」
「治癒魔法と解毒魔法で消えないものは、呪詛しかありえない。精霊も死霊も似たようなものだろ」
「なんだと!!」
うわぁ、険悪な雰囲気だな。
「あなた達、おやめなさい!」
彼女がそう言うと、白魔導士らしき人は、頭を下げて、口を閉ざした。上下関係にあるのだろうか。
「薬師さん、なぜか弱っていく人が何人かいるのです。もう治療は終わっているのですが」
「ちょっと、診せてもらいますね」
僕がそう言うと、彼女は頷いた。
「こちらですわ」
他の白魔導士らしき人達からは、冷たい敵意とも思える視線が突き刺さる。僕は……うん、耐性ができてきたかもしれない。ポーカーフェイスを使わなくても、冷静に笑顔を向けることができる。
僕が近寄ると、精霊学校の学生は、数歩ずつ後退していく。薬師だと言っているのに、そんなに怖れないでほしい。
でも、僕が逆の立場なら……近寄りたくないよね。精霊使いではないなら、何なんだ? 彼らは、そんな、つかみようのない恐怖心を抱いているようだ。
「この人が一番、ひどいようですわ」
彼女は、僕に診せる順番を整理してくれているようだ。手慣れているんだな。
「診てみます」
僕は、薬師の目を使った。だけど何の異常もないようだ。やはり超級では無理か……。
うん? 倒れた人の胸には、何かがくっついている。僕は、それをよく見ようと集中した。潰れた妖精?
妖精っぽい何かが、どんどん黒くなっていっている。妖精が死んだのかな? あっ……これって、まさか、水の精霊さんが言っていた闇を彷徨う亡霊に変わろうとしているのか。
僕は、思わず、黒くなっている妖精っぽい何かに触れた。まさか、精霊獣が妖精を殺すわけはない。学生の術の失敗で死んでしまうのか。かわいそうに……。
すると、僕の身体が突然、光り始めた。強い輝きだ。ええっ? 何が起こったんだ?
『ヴァン、優しい子だね。キミには常に私の加護が発動している。だから、それを使うといい。妖精くらいなら、キミがまとう輝きで十分だ』
えっ? ブリリアント様? そうか、この光は、ブリリアント様の加護なんだ。僕が触れている指先から、黒くなっていた妖精にエネルギーが流れていく。
あっ、色が戻った。パチリと目を開けたのは、水辺の昆虫の妖精だろうか。潰れていた身体も、いつの間にか修復されている。
妖精さんが、ぴょんと学生の身体から離れた。
「あれ? ブリちゃんだ」
そう言うと、不思議な形の妖精さんは、ぴょんと湖の方へと大ジャンプをしている。湖の中で生息している妖精のようだ。岸に上がってしまったから、干からびたのだろうか。
僕は、ブリリアント様ではないのにな。あっ、そうか、ブリリアント様の加護のエネルギーだからだね。
「あと、調子の悪い人は?」
案内をしてくれている女性は、僕の言葉が聞こえないのか、ボーッとしている。まぁ、いいか。目を凝らせば、潰れた妖精を探せる。
僕が移動すると、みんなが避けていく。ちょっと光っているかもしれないけど、そんなに慌てて逃げなくてもいいじゃないか。
逃げない人が、調子の悪い人だな。
僕は、次々と潰れた妖精を復活させていった。みんな、ブリちゃん、ブリちゃんって言うんだよね。ブリリアント様が、それだけ、妖精達に知られているってことだろう。
「ブリちゃん、人間が拘束魔法を使ったの」
「ひどいよね、人間にへばりつく拘束魔法とか、ありえないんだけど」
「妖精さん、それは、術の失敗みたいだよ。そうか、妙な反射が起こったんだな」
「ブリちゃん、なんだか、小さくなってる?」
「違うよ、ブリちゃんの子分かもしれない」
あはは、子分扱いか。この種族の妖精は初めて見たけど、羽がないようだ。水の中では、羽は邪魔だからかな。
だいたい終わったかな、と思うと同時に僕をまとっていた光が消えた。ブリリアント様も状況を見ていてくれたのかな。
光が消えると、妖精達は、湖の底へと消えていった。無事に戻れてよかったよ。
「皆さん、体調はいかがですか?」
あれ? なんだか、学生達が固まっている。えーっと、怖かったのだろうか? でも、その目は恐怖心ではなく、なんだか興奮したような、アブナイ感じなんだけど。
「やはり! 近くで見てわかりました! 精霊ブリリアント様なのですね!」
「人間に化けていらっしゃるのですか!」
「いや、ちょっと待て。精霊獣を倒したのは、精霊ブリリアント様じゃなかったか。この彼もいたよな」
「あのとき、俺には精霊ブリリアント様が、二人いらっしゃるように見えた。貴方は、ブリリアント様の子なのですね!」
この人達、妄想がひどいな。でも、みんなすっかり元気になっているから、まぁ、いいか。
「僕は、精霊ブリリアント様の加護を受ける者、普通の人間ですよ」
「えっ? じゃあ、今の姿は?」
「精霊ブリリアント様の加護を使ったんです。学生さん達の拘束魔法の失敗で、貴方達の身体に拘束されて干上がっていた妖精さん達を、剥がしました。その光が、そう見えたのでしょう」
「名持ち精霊の加護を持つということは……精霊師?」
僕は、やわらかく微笑んだ。