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80、デネブ湖 〜勘違いしてしまう

 精霊達が消えると、湖はキラキラと輝いていた。こんなに美しい湖だったんだ。


 あっ、神官様は大丈夫だろうか。僕は、神官様の方へと、駆け寄った。彼女は、湖畔に座り込んでいる。ぶどうのエリクサーでは効かないダメージを受けたのだろうか。薬師の目を使ったけど、毒は受けていないようだ。


「フラン様、大丈夫ですか。毒はなさそうですが、両者の術の何かのダメージでしょうか」


 彼女は、無言で首を横に振っている。


 神官様に近寄って、さらに探ってみたけど、僕にはわからない。極級薬師ならわかるのだろうか。僕は、力不足を実感した。彼女は、力が抜けていて、立ち上がれないようだ。


「すみません、僕には原因が見つけられません。薬師超級では使えないですね……どうしよう。少し休めば良いのでしょうか。ソファか何か借りてきます!」


「待って。ヴァンは心配性ね、なんでもないわ」


 そう言うと、神官様は、僕にもたれかかった。座っているのも辛いのか。どうしよう。全然、わからない。


「ソワソワしないで、少しジッとしていて」


「はい……」


 神官様は、呼吸を整えているのか、スゥハァと深呼吸をしている。僕は、彼女の背中をそっと支えた。


「はぁ、全く、まいったわね」


 彼女は、ポツリと呟いた。消え入りそうな小さな声だ。どうしよう。なぐさめる方がいいのかな。


「フラン様は、力を使いすぎたんですよ。あんなにすごいバリアなんて初めて見ました。僕に張ってくれたバリアもすごくて、吹き飛ばされたけど、全く痛くなかったです」


「……バカね」


「えっ? えーっと……」


 僕は、何かマズイことを言ったのか。あっ、僕が動くと振動が伝わって辛いのかな。さっきの術の反動なのかもしれない。両者の術を同時に防ぐバリアなんて、どれだけ消耗するか想像もつかない。


「ヴァン……」


 彼女は、僕にもたれて、手を胸に当てているようだ。苦しいのかな。どうしよう。


「は、はい、どこが痛いですか?」


「痛くないわよ。いや、痛い、かも」


「えっ、どうしよう。とりあえず、これを食べてください」


 僕が、正方形のゼリー状ポーションを取り出すと、神官様は、口を開けた。僕は彼女の口にポーションをそっと放り込んだ。自分では食べられないくらい辛いのかな。


「ミントのグミみたいね」


「あ、はい。体力はかなり回復するはずなんで、痛みもやわらげばいいんですけど」


「……バカね」


 えーっと、ポーションでは効かないのかな。


 神官様は、少し顔をあげた。いつもとは違う穏やかな表情だ。どうしよう、彼女は少し頬が赤いように見える。発熱しているのだろうか。術を使ったダメージかな。


「ヴァン、本当に婚約者にしてあげてもいいわよ」


「えっ!? えーっと、それは……」


 突然、何? 僕は、頭の中が真っ白になった。


「バカね。冗談よ」


「ええ〜っ!?」


 そう言いつつ、彼女はジッと僕の顔を見ている。その瞳に、僕は吸い込まれそうだ。


 無防備に僕にもたれている彼女の姿は、なんだか、僕に気を許しているのではないかと、勘違いしてしまいそうになる。それに……。


 僕は気がつくと、彼女に顔を近づけていた。彼女の吐息がかかる距離だ。いいのかな、僕の方からキスをしてしまっても。こんなときにズルいかな。


 あと、もう少し。


 彼女は、避けようとはしない。いいのかな? 僕は……。


「ヴァン?」


「はい」


 ダメだと言われても、もう遅い。僕は……。


「見られているわよ?」


「えっ!?」


 ハッとしてまわりを見回すと、たくさんの人が遠巻きに集まっていた。うわぁ〜っ! 恥ずかしい。僕は、顔が熱くなった。


「……バカね」


 なぜかパチンと、おでこに指パッチンされてしまった。


「痛っ!」


 彼女は、ふふっと笑っている。なんだか僕は幸せな気分になった。だけど、これは何なのだろう? 少しモヤモヤする。


 彼女は、何事もなかったかのように立ち上がった。ええっ? 普通に立てるじゃないか。




「フランさん、大丈夫ですか?」


 アラン様がフロリスちゃんを抱きかかえて、心配そうに神官様に声をかけた。


「ええ、ちょっとキツかったわね。死ぬかと思ったわ。精霊獣の方の反射を喰らったのよ。ヴァンのエリクサーがなかったら、危なかったわ」


「そうでしたか。無事でよかった。ヴァンは、大丈夫そうだな」


「はい、大丈夫です」


 たくさんの人が集まっているけど、誰も僕達に声をかけてこない。遠巻きにヒソヒソと話している。う〜、さっき、僕が神官様にキスしようとしていたことがバレているのか。でも、アラン様は気づいていないみたいだけど。




 黒服を着たレストランの支配人がやってきた。


「フランさん、ヴァンさん、おかげさまで助かりました。ありがとうございます」


「私は、たいしたことはやっていないわ。バカ講師が引き起こした騒動を収めたのは、ヴァンよ」


「お二人の力が合わさってのことなのですね。フランさんが強靭なバリアを張ってくださったことで、レストランは無事でしたから。しかし、ヴァンさんのその力は……私は、精霊師の術を初めて見たものですから、驚いてしまいました」


 僕は、何もしていないんだけど。


「僕も、まだ、このスキルはよくわかっていませんが……えーっと、精霊の姿が見えたのですか」


「私は、神官の家の生まれですから、精霊は見えますし、術を使えば、声も聞こえますよ。ただ、あんなにも圧倒的な力を持つ精霊達は、初めて見ました。精霊獣が倒されたときには、鳥肌が立ちました」


「水の精霊さんは、怒っていましたからね」


 でも、ただの属性精霊なんだよね? 精霊獣との相性の問題だろうな。


「確かに怒っていたようですが、精霊獣のことを下僕呼ばわりしていましたよね。ボックス山脈の水竜でさえ、完全な格下でした。これには、驚きしかありません」


「あのドラゴンは、水竜なんですね」


「はい、いやはや、ほんと、驚きました。精霊師とはいっても下級だから、たいしたことはできないのだろうと思っていた、私の認識が間違いだった。やはり上位職は、とんでもないスキルです」


 興奮気味な弾丸トークだ。僕が精霊を操っていたわけじゃないのにな。



「ヴァン、髪にお花をつけた綺麗な女の人と、仲良しなの?」


 突然フロリスちゃんが、神官様の顔をチラチラ見ながら、そんなことを言い出した。ちょっと待った。誰のことを言っているんだ? 神官様が怖い顔をしているじゃないか。


「フロリス、それって、いつの話?」


「さっき、ヴァンが光ってたときだよ。おっきな綺麗な女の人と楽しそうに話してたもん」


 えっ? 少女にも精霊が見えるの? 神官様は、怖い顔のままなんだけど。


「ヴァン、あれは輝きの精霊よね?」


「はい、輝きの精霊ブリリアント様です」


「フロリスには光じゃなくて、姿として見えたのね。まだ、ジョブの印も現れていないのに……。フロリス、他の精霊は見えた? あと六人いたんだけど」


 神官様も、すべて見えるのか。そっか、当たり前だな。


「綺麗な女の人しか居なかったよ? でねー、ヴァンが、湖に青い光をピカ〜ってしたら、精霊獣から血が吹き出たの。びっくりしちゃった」


 えっ? 僕は何もしてませんよ?


「フロリス、それは、ヴァンが水の精霊を使ったのよ。ヴァン自身は、魔力も低い無害な少年だから」


「ふぅん、そっか」


 ちょっと、神官様……。でも、そう聞いて、フロリスちゃんには笑顔が戻った。僕は、恐れられていたのだろうか。


「それに、輝きの精霊は、男性よ。頭につけていたのは、妖精の花のはず。彼は、夜や雨の日には力が落ちるから、エネルギー庫として、妖精の花を身につけているの」


 へぇ、そうなんだ。さすが神官様だな、精霊のことも詳しいんだ。


「ええ〜? 女の人だったもん。だよねー?」


 少女は、腕の中で震えている天兎に話しかけた。まだ、落ち着かないのかな。


「フロリス様、確かに輝きの精霊は、中性的な美しい顔ですが、声を聞けば男性だとわかりますよ」


「声は聞こえなかったもん。レストランに居たんだもん」


 少女は、ぷくぅっと頬を膨らませている。そんな少女の頭を、彼女は愛おしそうに撫でた。神官様は、こんな顔もするんだな。




「じゃあ、私は、バカ講師に説教をしてくるわ。ヴァンは、湖畔に転がっている学生達を確認して。白魔導士が回復を済ませているはずだけど、妙な気が漂っているわ」


「妙な気、ですか?」


「ええ、精霊魔法を失敗したんでしょ? 反射をもろに受けていると、上級程度の白魔導士には異変を見つけられないわ」


「わかりました。確認してみます」



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