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8、リースリング村 〜生育魔法がうまく使えない

「ヴァン、おはよう。昨夜はありがとうね」


「えっ、あ、いえ」


 僕が畑で、ぶどうの木に生育魔法をかけていると、村長様の家の人に声をかけられた。集中力が途切れてしまって、あーあ、また失敗した。この畑一面のぶどうの木が、一気に育ちすぎてしまったんだ。


 まだ間引き作業もしていないから、こりゃダメだ。安いテーブルワイン用にしか使えない。爺ちゃんに叱られるかな。


 はぁ……魔法を使ってるときに、声なんてかけないでよね。



 おとといの神矢の【富】がワインだったことから、造り酒屋に各地から大量の注文が入っているそうだ。そのため、通常なら村長様の畑以外は、年に二回収穫するところを、今年は三回収穫することに決まったんだ。


 村長様の畑は、特殊なワインを作るためのぶどうを栽培している。冬の寒さを利用するアイスワインや、ちょっと変わった菌を利用する貴腐ワインのためのぶどうだ。


 だから、他の畑と違って村長様の畑は、年に一度、晩夏から初冬にかけて収穫される。とっても広い畑だから、去年は僕も収穫の手伝いをしたんだ。


 貴腐ワインにするためのぶどうは、干しぶどうみたいになってしまっていて、魔法では収穫できないんだ。魔法に弱いから、手摘みしなきゃいけないんだって。だから、その時期は出稼ぎに行っている人も戻ってきて、収穫を手伝うんだ。



 もうすぐ雨季に入るから、収穫ができなくなる。水分を多く吸収すると、ぶどうの実の品質は著しく低下するからだ。


 そうなる前にと村長様が、昨日冒険者ギルドに緊急依頼を出して、魔導士を大量に派遣してもらうことにしたらしい。今朝からあちこちの畑で一斉に、生育と収穫の作業をしているんだ。


 生育魔法はちょっと特殊だから、扱えない魔導士が多い。だから、これは農家の仕事なんだ。僕は得意なはずなんだけど、今日は魔法の調整がうまくいかない。右手の印のせいなんだろうか。


 魔法を使った急激すぎる生育は、土壌に負担がかかるし、果実にも悪影響だ。だから、ゆっくり魔力を注いで、ぶどうのご機嫌をうかがいながら育てなきゃいけない。


 あーあ、やっぱり爺ちゃんに叱られるよね。畑、三つ失敗したもんな〜。


 どうしようかと考え込んでいる僕の様子を、村長様の家の人は、ジッと見ている。何か用事でもあるのかな。


 この女性って、謎なんだよね。村長様との関係がよくわからない。預かっている人らしいんだけど、もう一年以上ずっと、村長様の家に居るんだ。



「ヴァン、ちょっとお願いがあるんだけど、いいかしら?」


「えっ? あ、はい。僕にできることなら」


「よかった。じゃあ、お昼ごはんを用意しておくから、いらしてね」


「は、はい」


 僕が返事をすると、村長様の家の人は、ほっとしたような笑顔を浮かべて手を振った。僕は、軽く会釈をしておいた。


 ん? いらしてねって……?


 えーっ!? 村長様の家に招待されたってことだ!


 どうしよう。作業着ではさすがに失礼だよね。僕は上を見上げた。やっぱり、お日様が高い。もう昼だ。


 あっ、静かだと思ったら、妖精さん達は、空高くで集まっている。何をしているんだろう? ヒソヒソ話? 魔法で生育してるから怒ってる? 知らない魔導士がたくさんいるから嫌なのかな?


 だけど、今はそんなことを考えている場合じゃない。


 僕は、慌てて家に戻った。




「おや、ヴァンちゃん、もうお腹が空いたのかい? 今日は魔力を大量に消費しているからかねぇ。すぐに用意するから、手を洗って待っていなさい」


「婆ちゃん、違うんだ。大変なんだ」


「そんなに慌てていないで、まずは手を洗いなさい。泥だらけじゃないか」


「違うんだってば。村長様の家の不思議な人に、お昼ごはんを用意しておくから来てくれって言われたんだ」


「おや、まぁ。アリアさんかい?」


「名前は知らないけど、母さんより少し若くて上品な謎の女性だよ」


「それがアリアさんだよ。村長様の家に行くなら、その格好では失礼だねぇ」


「だから、急いで戻ってきたんだ」


 僕が焦っているのに、婆ちゃんはマイペースだ。どんな服がいいか教えてくれないのかな。


 婆ちゃんは、そんな僕の心を見透かしたような目をしている。笑ってる? 口もとが緩んでいるように見えるんだけど。


「で、婆ちゃん、僕、どんな服に着替えればいいの?」


「ヴァンちゃん、そんなことは、自分で考えなさい」


「だって、村長様の家に一人で行ったことないから、わからないよ。婆ちゃんも一緒に行く?」


 すると、婆ちゃんは、ケラケラと笑った。何が面白いんだろう? あれ? ため息?


「ヴァンちゃん、あんたはもう子供じゃないんだよ? 自分のことは、自分の頭で考えなさい。昨日、十三歳になったのを忘れたのかい? 十三歳といえば、立派な大人だよ」


「えーっ、そんなぁ」


 ひどいよ、婆ちゃん。でも……言われてみれば、その通りか。だけど、そんな急に、大人になんてなれないよ。


「早くしなさい。お待たせするのは失礼だよ」


「わかったよ」


 とりあえず手を洗い、作業着を脱いだ。うーん、わからない。でも、大人っぽい方がいいのかな。


 僕は、白いシャツと黒いズボン、そして黒い靴を身につけた。なんだか商業ギルドの職員さんみたいだけど、失礼な服装じゃないよね。


「婆ちゃん、これでいい?」


「あぁ、いってらっしゃい。失礼のないようにね」


「わかった〜。行ってきます」


 なんだろう? また、婆ちゃんはケラケラと笑ってる。うーん、笑いたいお年頃なのかな。




 あぜ道を小走りで、村長様の家に向かっていると、農作業をしているたくさんの人達の視線が突き刺さる。


 だよね。みんな忙しいのに、僕は畑に相応しくない格好をして走ってるんだから。


「こらっ! ヴァン、どこへ行くんじゃ!?」


 うわっ、爺ちゃんが怒ってる。もう、生育魔法の失敗に気づいたのかな。


「爺ちゃん、ごめんなさい。畑三つ失敗した」


「なんじゃと? うーむ、まぁ、今回は魔導士に収穫を依頼しているから、どうせテーブルワイン用にしかできん。それはええが……畑を放り出す方が問題じゃな」


 まさか、爺ちゃんは、僕が逃亡してると思ってる?


「違うんだ、爺ちゃん。村長様の家の不思議な人に、お昼ごはんを用意するから来てって言われたんだ」


 すると、爺ちゃんは、あちゃ〜っと額に手を当てた。


「勘付かれたか。ヴァン、無茶なお願いをされたら断っていいからの。やりたくないことは拒否するのじゃ。悪い大人に騙されてはいかん」


 あの人、悪い大人なの?


「うん、爺ちゃん、わかった」


「ワシも、ひと段落したら……うぬぬ、魔導士の契約があるから動けんな。とにかく、騙されないように気をつけるのじゃ」


「わかったよ〜」





 僕が村長様の家にたどり着いたとき、村長様は家の前に出て、誰かを待っているようだった。


「おや、ヴァン、どうした? 畑で問題でもあったか?」


 村長様まで、僕が生育魔法を失敗したことを知っているの? あっ、さっき僕をジッと見ていたあの女性から聞いたのかもしれない。


「村長様、こんにちは。いえ、そうではなくて、あの、村長様が預かっておられる女性に、お昼に来るようにと言われたんです」


「アリアが? うーむ……ヴァンのような子供を巻き込むのはなぁ……。あっ、昨日、成人したんだったな。変な意味で言ったわけではないのだ」


 なんだか、村長様は歯切れが悪い。


「まぁ、入りなさい。アリアがシチューを作っていたから、振る舞うつもりだろう。彼女のシチューは絶品だぞ」


「はい、お邪魔します」


 やはり、爺ちゃんが言っていたように、何か無理なお願いをされるのかな。




「ヴァン、いらっしゃい。まぁっ、そんな姿は初めて見たわ。随分と大人っぽくて素敵ね」


「ありがとうございます」


「こちらへどうぞ」


 家の中に入ると、アリアさんが待ち構えていたようだ。村長様は、まだ家の外にいる。来客があるのかな。


 大きな扉を開けて、大きなテーブルのある部屋に通された。爺ちゃんと一緒に来たことのある部屋だ。テーブルには、二十人くらいの席があるんだ。


 アリアさんは、窓際の六人掛けのテーブルに、僕を案内してくれた。二人分の食器がセットされている。


「お腹が空いているわよね。まずはお食事にしましょう。シチューをたくさん作ったのよ」


 僕が席に座ると、メイドさんが次々とやってきた。村長様の家ってほんと、使用人が多いよね。


「さぁ、一緒にいただきましょう。大人っぽいヴァンと二人でお食事だなんて、嬉しいわ」


 どう反応すればいいかわからない。僕は適当に、愛想笑いを浮かべておいた。



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